今、新型コロナウィルス感染症で、世界中がパニックに陥っています。

友達に会えない、飲み会に行けない。

そんなレベルとちゃうやろ!!クソが!!

 

そういえば、久しぶりにお調子者のY田氏からメールが来ました。

ストレス発散のため、回転寿司のレーンにミニカーを走らせているようです。

今度はプラレールにしようかな!!と、楽しそうでした。

 

パニックを避けるために、正しい現状分析と、それに基づいた情報発信は、とてもありがたく思います。

しかし、ニッポンの現状は、パニックを避けるため、事実にともなわないものを、それなりの立場におられる方が、平気で発信しています。

オレみたいなへそ曲がりなら、そんなもの疑ってかかりますが、善良な市民は、真面目に信じてしまうことでしょう。

ニッポンでのコロナウィルスでの死亡者が少ないと自慢しているニッポンすげぇーのみなさま、肺炎で亡くなった方が検査されていないため、カウントされていないことについては、どうお考えですか?

パニックによって他者を傷つけることは容認できませんが、パニック自体は容認します。

その気持ちは危機管理に繋がるものですし、押し殺すと伝わりませんから。

 

そんなもんにビビらすに前に進め!!

75年前、戦況が思わしくないのに、嘘をたれながして、たくさんの国民を殺してしまった時の反省はないのでしょうか?

 

 

 

 

 

 

 

 

さて本題の反省です。

東日本大震災の後、小学生低学年だった次男が、家の外に出るのを、とても怖がりました。(福島在住。)

当時、「ビビりすぎちゃうの?」と彼に言ってしまいました。

大きな間違いでした。

今になって彼の選択は正しかったんだなと思います。

東電は都合のいい情報しか流してなかったことを考えると、正しかったのは誰でしょう。

力無きもの(情報弱者)の勇気は犬死になるだけです。

当時の自分を、新型コロナウィルス感染症によりる危機を迎えた今、思い出して反省しています。

家族が福島から逃げ出して正解でした。

だって単身生活が楽しいですもん。

すんません、ぼくが一番クソでした。

これには全然反省していません。

何か文句ある?

 

 

 

臆病だと言われることを恥じないことも勇気なんですよね。

 

 

 

 


 

 

うちの人妻も東日本大震災当時のことを後悔していました。

原発が爆発した日、長男に給水の列に並ばせてしまった。

その時、はらはらと雪が降っていたそうです。