生まれてきた理由
誰でも一度は抱く疑問!子供のころは親が産んでくれたから・と思って納得していても、思春期になって自分の存在というものを真剣に考えられるようになると、もうすこし理由について考えるようなる!
しかし、多くの人々は他の生物が子孫を増やすように、人間も結婚して家族が増えるのが通常の営みの一部だとして、その疑問を処理してしまう!
平和で何事もなければ・おそらくそれ以上追求される問題ではないのだが、人生は順風漫歩ばかりでなく、山あり谷ありで壁にぶつかることが多々ある。
そんな時必ず頭をもたげてくるのが、この疑問である。他の動物のように理性を持たなければ、本能の作用とかたずけられても、理性がある以上、他に理由があるのではないかと思うのは当然のことだ。それこそが人間の人間たる証しでもある。子孫を残すという生物学的理由もまた一つの真理の側面であるが、ここでは心霊学の立場から別の側面である生まれてきた理由を述べて疑問に答えたい。
その答えを明確にするためには、二つの大きな前提が必要である。一つは我々の生命というものの永遠性であり、もう一つはこの世そのものである地球の存在理由である。逆にいえばこの二つの前提が理解出来れば、生まれてきた理由は自然と分かってしまう。したがって、現在のアカデミックな学問を修めてきた方々には直ちには納得してもらえないだろうが、そのあたりから説明することにする。
生物学的には、誕生から死までが一つのサイクルで、親は子孫である子に遺伝子を伝えて死んでいく。生物学は肉体に関する学問で、心とか精神とかもまた脳が生み出したとしているので肉体が死ねば、脳が死ねば、そこでその肉体に関してはすべて終了してしまうことになっている。したがって、生命が永遠だなどとは決して信じてはもらえないことだろう。しかし、心霊学では肉体と生命とは別だとしている。母親の胎内で受精が行われたとき、生命が誕生するのではなく、生命は別のところからやってきて胎児に宿るとする。出産し、成長し、やがて死を迎えると生命は肉体を離れる。生命が宿っているから活動できるのだ。生命が離れた肉体はただの物体として腐敗していくしかない。
では肉体を離れた生命はどこへいくのだろうか。それは、胎児に宿る以前にいた世界だ。そここそが我々の本来の住処なのだ。我々はそこから来て、そこへ帰っていく。この三次元時空間よりも波動のバイブレーションが高い世界。死後の世界という人もいれば幽界、霊界と呼ぶ人もいる。私は単純にあの世と言っている。確かに死後の世界には違いないが、陰鬱な死者の世界ではない。この世より遥かにバイブレーションが高く光に満ちた美しい世界なのだ。この世での一生を終えた生命体は、肉体に受けた傷や病気などのリハビリを済ませると、この世での行いによって得た霊格に会った世界で生活を始める。あの世はバイブレーションの異なった世界が幾重にも重なり合っていて、生前の行いによって低い世界から目の眩むような高い世界までが連なっている。自分と同じ波動を持つ人々と暮らすことがその人にとって最も幸せな生活であることはいうまでもない。
その答えを明確にするためには、二つの大きな前提が必要である。一つは我々の生命というものの永遠性であり、もう一つはこの世そのものである地球の存在理由である。逆にいえばこの二つの前提が理解出来れば、生まれてきた理由は自然と分かってしまう。したがって、現在のアカデミックな学問を修めてきた方々には直ちには納得してもらえないだろうが、そのあたりから説明することにする。
生物学的には、誕生から死までが一つのサイクルで、親は子孫である子に遺伝子を伝えて死んでいく。生物学は肉体に関する学問で、心とか精神とかもまた脳が生み出したとしているので肉体が死ねば、脳が死ねば、そこでその肉体に関してはすべて終了してしまうことになっている。したがって、生命が永遠だなどとは決して信じてはもらえないことだろう。しかし、心霊学では肉体と生命とは別だとしている。母親の胎内で受精が行われたとき、生命が誕生するのではなく、生命は別のところからやってきて胎児に宿るとする。出産し、成長し、やがて死を迎えると生命は肉体を離れる。生命が宿っているから活動できるのだ。生命が離れた肉体はただの物体として腐敗していくしかない。
では肉体を離れた生命はどこへいくのだろうか。それは、胎児に宿る以前にいた世界だ。そここそが我々の本来の住処なのだ。我々はそこから来て、そこへ帰っていく。この三次元時空間よりも波動のバイブレーションが高い世界。死後の世界という人もいれば幽界、霊界と呼ぶ人もいる。私は単純にあの世と言っている。確かに死後の世界には違いないが、陰鬱な死者の世界ではない。この世より遥かにバイブレーションが高く光に満ちた美しい世界なのだ。この世での一生を終えた生命体は、肉体に受けた傷や病気などのリハビリを済ませると、この世での行いによって得た霊格に会った世界で生活を始める。あの世はバイブレーションの異なった世界が幾重にも重なり合っていて、生前の行いによって低い世界から目の眩むような高い世界までが連なっている。自分と同じ波動を持つ人々と暮らすことがその人にとって最も幸せな生活であることはいうまでもない。
あの世がどのような世界であるのかは、また項を改めて書くが、ではなぜそのような素晴らしい世界からこの世に生まれてきたのだろうか?それこそが、あなたが生まれてきた本当の理由なのだ。そしてこの世の仕組みとを合わせて考えてみたとき、あなたは自分の生まれてきた理由に納得するの違いない。
あの世は素晴らしくて、この世は暮らしにくい。あの世は何事も瞬時に思い通りになるのに、この世は苦労して努力してもなかなか思い通りにはならない。あの世とこの世の違いは単に波動の違いなのだけれど、波動が遅いとズレが生まれる。これが一種の時間感覚で、この世では何事も思いを達成するのに時間がかかります。この思いは行動となり、それは努力という形になります。この世では、何かを達成しようとすると、まず思いが起きて、それを言葉なり行動なりにうつし達成するまで頑張るということをします。そこで初めて最初に思ったことが成就されるということになる。この一連の動きがいいのです。善悪は別にしても、この時間をかけて努力するということがいいのです。これがあなたを成長させる。このためにこの世という時間をかけないと何事も無し得ない世界の存在価値があり、あの世に楽をしてずっといたのでは出来ない、努力というものを体験するためにこの世に生まれてくる。
この世もあの世の一部ですから、思いは思い続ければ必ず叶うのですが、この世では時間をかけて汗をかいて努力する必要がある。それが大きければ大きいほど達成感も大きくて喜びもひとしおということになる。悲しみ、苦しみは大きいほど、それを乗り越えたときの喜びも大きいものです。苦難があなたを成長させるのです。あなたは更に成長したいがために、この苦労のしがいのあるこの世に自ら願って生まれてきたのです。人生の中で出会う数々の苦労はあなたのためになるのです。決して逃げず立ち向かいましょう。必ず乗り越えることが出来ます。そのとき、あなたの生まれてきた目的は達成され、もう一段高い階段の上に立っていることになるのです❣