能力主義教育、秋葉英則さんの著書で出会った言葉です。
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高度経済成長の中で「できる」「できない」の尺度で子どもたちがふりわけられる能力主義教育。‘能力主義’なる概念は、本来、経済の倫理(近代経済学)であって教育の倫理ではない。
ところが今は、骨の髄まで「能力主義」が、あたかも教育の倫理であるかのように思いこまされ、親たちに「もっと、もっと、早く、早く、人より」と思わせてしまう。そして、教育というのは子どもの未来に責任を持った仕事であるがゆえどうしてもその子を思う心が欲深さを引き出してしまう。
今のままでいいのだろうか。その思いを強くすればするほど、わが子の姿と現実との間にギャップが生まれ、さらに「もっと、もっと、早く、早く、人より」というあせりが生まれる。やればできるはずと。
だが。
子どもは本来好奇心旺盛で、見たがり知りたがりやりたがり。かしこくなりたいと思って明日に向かって生きている。その子どもに大人が「もっと」と輪をかけてしまったら子どもはやり甲斐がない。がんばっているのにがんばれと言われる子どもはシンドイ。
大人だって人から認めてもらいたいと思って生きているはず。
ぐれている子はそんなに心配はいらない。ぐれることがいいことだとは言わないがぐれてる子たちには仲間がいる。その中でいろいろ学んでいく。 いい子たちほど疲れる。
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能力主義教育。こんな中で育ってきたらいくら友達とはいえ一線を引いて付き合うような、そんな相手になってしまうのかな
秋葉英則さんの本を読んでいると深く考えさせられます。
それにしてもだ。
秋葉英則さんが四半世紀前からこのように強く訴えていたにもかかわらず状況は変わっていないし、さらに加熱して今に至ってるって。![]()
恐るべし。資本主義