007 カジノロワイヤル
映画は最近のものだがノベルで一番最初の物語。
もともとイギリス諜報機関にいたmi6のイアンフレミングは
自分の素性を公表してからこの小説をかいてるんだが
ほんとだか嘘だかわからないはなしだよなあ。
ボンドガールが死ぬほど可愛くて。
可愛すぎて死んでしまった。
もともとイギリス諜報機関にいたmi6のイアンフレミングは
自分の素性を公表してからこの小説をかいてるんだが
ほんとだか嘘だかわからないはなしだよなあ。
ボンドガールが死ぬほど可愛くて。
可愛すぎて死んでしまった。
フロスト×ニクソン
司法やメディアが捕らえられなかった一瞬を
フロストは捕らえた。
それはニクソンの顔だ。
クローズアップは全てを物語る。
ニクソンのふくれた顔、敗北感。
だが
このインタビューのほとんどは忘れられるだけではなく。
存在すらしなくなる。
フロストは捕らえた。
それはニクソンの顔だ。
クローズアップは全てを物語る。
ニクソンのふくれた顔、敗北感。
だが
このインタビューのほとんどは忘れられるだけではなく。
存在すらしなくなる。
ウォール街
恋愛をするものは馬鹿だ。
恋愛は人間のでっちあげた御伽噺だ。
強い敵はかわす。
五分なら戦う。
弱いものは徹底的につぶす。
ものを右から左に動かすだけでものをもうけるのでなく。
自分の手でつくったらどうだ?
恋愛は人間のでっちあげた御伽噺だ。
強い敵はかわす。
五分なら戦う。
弱いものは徹底的につぶす。
ものを右から左に動かすだけでものをもうけるのでなく。
自分の手でつくったらどうだ?
アカデミックナーバスな奇人3
私が江南についたころ
一通り夜は終わっていた。
夜明けを待って
食堂を探すが
さすが江南。
ドレスコードは無いだろうが
入るのを自粛してしまいそうな店ばかり。
焼肉屋さんに一人で入る勇気はあるが
お金が無い。
かといってここまできてマクドナルドを食べてしまうような
無粋なことはしたくない。
食堂が減ったのかな。
うろうろし続けて
やっと路地裏で名前の書いてない食堂を発見した。
60過ぎと思われる爺が一人。
キムチチゲと白いご飯が食べたい。
そう伝えると
今店を任されててて
もやしご飯しか作れないという。
もやしご飯とキムチチゲは両方共5000ウォン。
ここに来てまで食べたいものが食べれないのなら
韓国に来た意味の半分は無い。
店を出ると伝えると
なんとかキムチチゲを作ってみると言い出した。
ならそうしてもらおうか。
面白い展開だ。
冷静に考えて見る。
良くて食中毒。
悪くて死?
メリットこそ無いが
このゲームに勝てば莫大な経験値を得ることができる。
それは生きていく上で一番価値のあることだ。
豆腐とキムチを鍋に入れて煮る。
これだけのことに爺は30分かかった。
私がニューヨーカーなら
マザファッカ!
捨て台詞を吐いて店を出るのだが
今腕にしている時計の意味など無い。
爺との会話を楽しむことにした。
子供いるんですか?
わからない
今いくつっすか?
よくわかんない
死を覚悟した。
自分がこれから口にするものは
きっととんでもないものだ。
この爺がよくわからないままに
トリカブトをいれようものなら
3時間後にソウル市内で
私は異常な発汗を伴い
死ぬ。
そして体からトリカブトは検出されず
突然死。
出されたキムチチゲに似た毒々。
これはイニシエーションだ。
要するに成人になるための儀式のことである。
それはあるアフリカの部族ではバンジージャンプだったり、
アボリジニーでは3日間ほど砂漠に放り出される。
ひどい儀式ではただ単純にボコボコにされたり。
死に直面して、
というよりも一度死んで復活するということが成人になった証とされている。
もちろん試練に耐えれず実際に死んでしまう人もいるんだが。
このキムチチゲは私にとってのそれなのだろうか?
てか
キムチチゲの作り方も知らずに店番すんな。
質問したら
わからないで返すな。
いただきます。
空腹のせいか
今まで食べたどのキムチチゲよりもおいしくて
一瞬で食べ終わってしまった。
食欲が満たされたあと私はあえて質問をした。
女を買うにはどうしたらいいだろうか?
すると先程まで
わからないとか
よくわからない
しかしゃべらなかった爺が
シチリアンマフィアの目になった。
200,000ウォンを用意すれば俺がなんとかする。
あるいは1970年代、貧困層の白人を囲っていた黒人ピンプのそれだ。
日本円しかないんだ。
私は嘘をついた。
それなら20,000円をくれれば俺がなんとかする。
やはりこの爺はちゃらんぽらんだ
20,000を換金したら260,000ウォンくらいで
私が所持してうるお金は50,000ウォンくらい。
60,000ウォンの差額に気づかず
私に交渉を持ちかけている爺。
今の気持ち、
ケンシロウの言葉を借りるなら
お前はすでに死んでいる。
というか
出会った最初から死んでいる。
やはりやめておきますよ
キムチチゲ美味しかったです。
私は5,000ウォンを渡し店をでた。
ちなみにスユまではどう行けばいいんでしょうか?
流石に道くらいは教えてくれるだろう。
爺が答えた
よくわからない。
あばよ商売ベタのマーロン・ブランド!
あんたのキムチチゲの味だけは忘れないよ!
マザファッカー!!!
一通り夜は終わっていた。
夜明けを待って
食堂を探すが
さすが江南。
ドレスコードは無いだろうが
入るのを自粛してしまいそうな店ばかり。
焼肉屋さんに一人で入る勇気はあるが
お金が無い。
かといってここまできてマクドナルドを食べてしまうような
無粋なことはしたくない。
食堂が減ったのかな。
うろうろし続けて
やっと路地裏で名前の書いてない食堂を発見した。
60過ぎと思われる爺が一人。
キムチチゲと白いご飯が食べたい。
そう伝えると
今店を任されててて
もやしご飯しか作れないという。
もやしご飯とキムチチゲは両方共5000ウォン。
ここに来てまで食べたいものが食べれないのなら
韓国に来た意味の半分は無い。
店を出ると伝えると
なんとかキムチチゲを作ってみると言い出した。
ならそうしてもらおうか。
面白い展開だ。
冷静に考えて見る。
良くて食中毒。
悪くて死?
メリットこそ無いが
このゲームに勝てば莫大な経験値を得ることができる。
それは生きていく上で一番価値のあることだ。
豆腐とキムチを鍋に入れて煮る。
これだけのことに爺は30分かかった。
私がニューヨーカーなら
マザファッカ!
捨て台詞を吐いて店を出るのだが
今腕にしている時計の意味など無い。
爺との会話を楽しむことにした。
子供いるんですか?
わからない
今いくつっすか?
よくわかんない
死を覚悟した。
自分がこれから口にするものは
きっととんでもないものだ。
この爺がよくわからないままに
トリカブトをいれようものなら
3時間後にソウル市内で
私は異常な発汗を伴い
死ぬ。
そして体からトリカブトは検出されず
突然死。
出されたキムチチゲに似た毒々。
これはイニシエーションだ。
要するに成人になるための儀式のことである。
それはあるアフリカの部族ではバンジージャンプだったり、
アボリジニーでは3日間ほど砂漠に放り出される。
ひどい儀式ではただ単純にボコボコにされたり。
死に直面して、
というよりも一度死んで復活するということが成人になった証とされている。
もちろん試練に耐えれず実際に死んでしまう人もいるんだが。
このキムチチゲは私にとってのそれなのだろうか?
てか
キムチチゲの作り方も知らずに店番すんな。
質問したら
わからないで返すな。
いただきます。
空腹のせいか
今まで食べたどのキムチチゲよりもおいしくて
一瞬で食べ終わってしまった。
食欲が満たされたあと私はあえて質問をした。
女を買うにはどうしたらいいだろうか?
すると先程まで
わからないとか
よくわからない
しかしゃべらなかった爺が
シチリアンマフィアの目になった。
200,000ウォンを用意すれば俺がなんとかする。
あるいは1970年代、貧困層の白人を囲っていた黒人ピンプのそれだ。
日本円しかないんだ。
私は嘘をついた。
それなら20,000円をくれれば俺がなんとかする。
やはりこの爺はちゃらんぽらんだ
20,000を換金したら260,000ウォンくらいで
私が所持してうるお金は50,000ウォンくらい。
60,000ウォンの差額に気づかず
私に交渉を持ちかけている爺。
今の気持ち、
ケンシロウの言葉を借りるなら
お前はすでに死んでいる。
というか
出会った最初から死んでいる。
やはりやめておきますよ
キムチチゲ美味しかったです。
私は5,000ウォンを渡し店をでた。
ちなみにスユまではどう行けばいいんでしょうか?
流石に道くらいは教えてくれるだろう。
爺が答えた
よくわからない。
あばよ商売ベタのマーロン・ブランド!
あんたのキムチチゲの味だけは忘れないよ!
マザファッカー!!!
死んでないよ。
ちょうど海外にいってまして
バタバタしてましたが
私も参加してるアルバム
リリースされてるす
フランケンとあうと
いつもディープな話になります。
たいてい
ここでは言えない話になります。
でも
その一端を吐露した曲がはいってます。
この曲が好きな人は
私たちと仲良く慣れることでしょう。
チェック。す。
バタバタしてましたが
私も参加してるアルバム
リリースされてるす
フランケンとあうと
いつもディープな話になります。
たいてい
ここでは言えない話になります。
でも
その一端を吐露した曲がはいってます。
この曲が好きな人は
私たちと仲良く慣れることでしょう。
チェック。す。
アカデミックナーバスな奇人2
IPHONE片手に公衆電話をさがす。
これがなかなか見つからない。
韓国だからではない。
きっと渋谷で公衆電話を探すのも
現代では困難だ。
新村(シンチョン)のマックで知人と待ち合わせすることになった。
私の孤独を楽しむ旅はこの時点で終了か。
そもそも楽しんでいる時点で孤独では無いか。
圧倒的な孤独とは物乞いみたいなもので、
いつ与えてもらえるかも分からない希望を
ひたすら待ち続ける言葉にならない祈りだ。
その場から動くことも出来ずに、じっと待ち続けることしか出来ない孤独。
その観点からいえば、やはり私の今回の旅は不謹慎か。
結局、探求という欲に駆られて旅にでた。
現時点で共通点と言えば
韓国のパスポートと
私の錆び付いたハングルぐらいだ。
切符を買い、地下鉄に乗り、目的地を何度も何度も確認する。
そんな当たり前のことが楽しい。
そしてこんな当たり前のことが私の生活からスッポリと抜け落ちていることに気づく。
車内で魅せつけるラブラブの若いカップルに出くわした。
ニューエラキャップをかぶり男のTシャツのロゴには大きく「SEX」と印刷されている。
数年前では絶対見れなかった光景。
1960年代後半のアメリカのヒッピーカルチャーみたいな、
会社に就職して、
結婚して、
子供を育てて、
それを繰り返すことに疑問を感じた若者達は、
その反動から、
髪を伸ばし、
ロックンロールを聞いて、
LSDでぶっとんで、
フリーセックス・フリーフードを掲げて、
家族を捨てて、
世の中を捨てたニュージェネレーションだった。
それはアメリカ西海岸から全世界を、
もちろん日本をも巻き込んだムーヴメントになって、
その「自由」の思想に多くの若者が酔いしれたが、
結局それは思想というよりもファッションで終わってしまって、
極端に快楽だけを追求した野蛮人という形で、
後のブルジョアのヤッピーの波に追いやられてどっかにいってしまったんだけど。
彼らは今を精一杯謳歌しているニューレネレーションなのだ。
私はこの国のニュージェネレーションをみていいなぁと思う反面、父親みたいな気持ちになった。
足を付き出して座る二人を黙ってみていた。
新村は東京の渋谷みたいな街で多くの人で賑わう。
さっきのようなカップルで賑わう土曜の新村。
私は嫉妬や妬みの混じった視線で街をみていた。
それはどうしてだろうと思った。
以前は心にゆとりをもって街を歩いていたと思う。
多分理由は分かっている。
それは優越感がなくなったからだ。
私が幼少期韓国に住んでいるころ、母が日本から炊飯器や掃除機を持ってきたら
村じゅうの人が集まって珍しそうにみていた。
小学生の頃ゲームボーイをもって村にいくと
子供たちの列が出来て日本から来た私は崇拝された
フニ様~ゲームボーイを触らせてもらってもいいでしょうか?
触るだけだぞ
はは~
みたいな
中学の頃はエックスジャパンのCDを持っていったら
若者たちはエックスジャパンを完全にしっていて
当時韓国政府は日本の音楽CDを売ってはいけないみたいな法律(5年くらい前に
やっとこの法律なくなったとおもうけど)があるにも関わらず
ブート盤のテープを闇でしいれてガンガンきいてい
日本で売っているCDを持っていったら「エックス!エックス!」
って発狂していた。
それが手伝って
私は韓国の人間に対して
優越感を無意識に持つようになっていたとおもう。
でも
そんなものはもう全く通じなくなった。
インターネットの導入により、恐ろしいスピードで経済成長した韓国、
ファッションもエンターテイメント産業もものすごい勢いで日本に輸入をしている
この国にとってにとって
最早、私は特別な人間ではなくなってしまったのだ。
優越感は劣等感にフリップして、
その劣等感という弾薬をいくつもいくつも集めて
私は目に見えないマシンガンで、
新村で賑わう人々を撃ち続けた。
息の続く限り、
一通りの人間を撃ち殺しても
静寂なんて訪れはしない
街は何も変わらずに
騒々しい
そして
また私はあることに気づく
私は日本で生まれた朝鮮半島にルーツを持つもので
そのことを肯定できたのは幼い当時、私が韓国に感じた
「コイツらよりも、俺はスゴイ!」という
彼らを踏みつける優越感で成り立っていた。
弱者がさらに弱者から搾取をする。
典型的な差別構造に私も加担をしていた。
私はユダヤ人を虐殺したヒットラーとなんら変わらなかった。
マックで友人と待ち合わせ再会をよろこんだが、
頭の中はそのことでいっぱいで、
23時頃友人と別れると私は南へと歩き出した。
とにかく頭を使い過ぎていたので体を動かしたくて
江南(カンナム:東京でいう六本木みたいなところで新村からは33キロくらいはあったかな)
を目指してひたすら歩き続けた。
考えれば考えるほど共通点が見えない。
せめて自分の足だけでも朝鮮半島を感じていたかったんだと思う。
これがなかなか見つからない。
韓国だからではない。
きっと渋谷で公衆電話を探すのも
現代では困難だ。
新村(シンチョン)のマックで知人と待ち合わせすることになった。
私の孤独を楽しむ旅はこの時点で終了か。
そもそも楽しんでいる時点で孤独では無いか。
圧倒的な孤独とは物乞いみたいなもので、
いつ与えてもらえるかも分からない希望を
ひたすら待ち続ける言葉にならない祈りだ。
その場から動くことも出来ずに、じっと待ち続けることしか出来ない孤独。
その観点からいえば、やはり私の今回の旅は不謹慎か。
結局、探求という欲に駆られて旅にでた。
現時点で共通点と言えば
韓国のパスポートと
私の錆び付いたハングルぐらいだ。
切符を買い、地下鉄に乗り、目的地を何度も何度も確認する。
そんな当たり前のことが楽しい。
そしてこんな当たり前のことが私の生活からスッポリと抜け落ちていることに気づく。
車内で魅せつけるラブラブの若いカップルに出くわした。
ニューエラキャップをかぶり男のTシャツのロゴには大きく「SEX」と印刷されている。
数年前では絶対見れなかった光景。
1960年代後半のアメリカのヒッピーカルチャーみたいな、
会社に就職して、
結婚して、
子供を育てて、
それを繰り返すことに疑問を感じた若者達は、
その反動から、
髪を伸ばし、
ロックンロールを聞いて、
LSDでぶっとんで、
フリーセックス・フリーフードを掲げて、
家族を捨てて、
世の中を捨てたニュージェネレーションだった。
それはアメリカ西海岸から全世界を、
もちろん日本をも巻き込んだムーヴメントになって、
その「自由」の思想に多くの若者が酔いしれたが、
結局それは思想というよりもファッションで終わってしまって、
極端に快楽だけを追求した野蛮人という形で、
後のブルジョアのヤッピーの波に追いやられてどっかにいってしまったんだけど。
彼らは今を精一杯謳歌しているニューレネレーションなのだ。
私はこの国のニュージェネレーションをみていいなぁと思う反面、父親みたいな気持ちになった。
足を付き出して座る二人を黙ってみていた。
新村は東京の渋谷みたいな街で多くの人で賑わう。
さっきのようなカップルで賑わう土曜の新村。
私は嫉妬や妬みの混じった視線で街をみていた。
それはどうしてだろうと思った。
以前は心にゆとりをもって街を歩いていたと思う。
多分理由は分かっている。
それは優越感がなくなったからだ。
私が幼少期韓国に住んでいるころ、母が日本から炊飯器や掃除機を持ってきたら
村じゅうの人が集まって珍しそうにみていた。
小学生の頃ゲームボーイをもって村にいくと
子供たちの列が出来て日本から来た私は崇拝された
フニ様~ゲームボーイを触らせてもらってもいいでしょうか?
触るだけだぞ
はは~
みたいな
中学の頃はエックスジャパンのCDを持っていったら
若者たちはエックスジャパンを完全にしっていて
当時韓国政府は日本の音楽CDを売ってはいけないみたいな法律(5年くらい前に
やっとこの法律なくなったとおもうけど)があるにも関わらず
ブート盤のテープを闇でしいれてガンガンきいてい
日本で売っているCDを持っていったら「エックス!エックス!」
って発狂していた。
それが手伝って
私は韓国の人間に対して
優越感を無意識に持つようになっていたとおもう。
でも
そんなものはもう全く通じなくなった。
インターネットの導入により、恐ろしいスピードで経済成長した韓国、
ファッションもエンターテイメント産業もものすごい勢いで日本に輸入をしている
この国にとってにとって
最早、私は特別な人間ではなくなってしまったのだ。
優越感は劣等感にフリップして、
その劣等感という弾薬をいくつもいくつも集めて
私は目に見えないマシンガンで、
新村で賑わう人々を撃ち続けた。
息の続く限り、
一通りの人間を撃ち殺しても
静寂なんて訪れはしない
街は何も変わらずに
騒々しい
そして
また私はあることに気づく
私は日本で生まれた朝鮮半島にルーツを持つもので
そのことを肯定できたのは幼い当時、私が韓国に感じた
「コイツらよりも、俺はスゴイ!」という
彼らを踏みつける優越感で成り立っていた。
弱者がさらに弱者から搾取をする。
典型的な差別構造に私も加担をしていた。
私はユダヤ人を虐殺したヒットラーとなんら変わらなかった。
マックで友人と待ち合わせ再会をよろこんだが、
頭の中はそのことでいっぱいで、
23時頃友人と別れると私は南へと歩き出した。
とにかく頭を使い過ぎていたので体を動かしたくて
江南(カンナム:東京でいう六本木みたいなところで新村からは33キロくらいはあったかな)
を目指してひたすら歩き続けた。
考えれば考えるほど共通点が見えない。
せめて自分の足だけでも朝鮮半島を感じていたかったんだと思う。
アカデミックナーバスな奇人
ある時私は、ふと気づいてしまった。
私はこの世界のあちらこちらに、
自分自身との共通点を探し始めていることを。
一度気にかかると、その考えはインフルエンザのウィルスのように私の体を駆け巡り
少しづつ自我という細胞を侵していった。
ついには以前簡単に主張し得た「自分」というものの説明が
全く出来ない状態にあったのである。
私は誰だ。
自転車の乗り方を他人に説明するのは困難だが、自分ではハッキリと分かっている。
しかし、そんな当たり前なこともいざ真剣に考え始めると、どのように乗ったらいいのか、
またどこへ向かえばいいのか。
ただただ分からない。
夜中にちょっとコンビニでかけるような格好のまま8月、私はソウルに出かけた。
金甫空港の入管で
「入国目的は?」とハングルで聞かれて
「sightseeing」と英語で応じる私は
一体何者か。
3年前よりもソウルの街は自分勝手だ。何かを隠すように綺麗な建物が並ぶ。
その街の下心が悪臭となって下水から吹きあげてくる。
交通機関の全てがカード化し、携帯人間化したこの都会は酷い街になった。
ちょっとコンビニにいくつもりでソウルに来た私は、実は現金5万ウォン(日本円で5,000円にも満たない)
ほどしかもっていなかった。
理由は空港のATMでお金を下ろそうとおもっていて、すっかりわすれてしまったのだ。
カードを持たない私はこの社会の中で徹底的に阻害された。
そして5万ウォンで10日以上をやりくりしなければならないサバイバルゲームが始まった。
そして改めてあることを考え始めた。
この世界と私の共通点とは一体なんなのか・・・・
私はこの世界のあちらこちらに、
自分自身との共通点を探し始めていることを。
一度気にかかると、その考えはインフルエンザのウィルスのように私の体を駆け巡り
少しづつ自我という細胞を侵していった。
ついには以前簡単に主張し得た「自分」というものの説明が
全く出来ない状態にあったのである。
私は誰だ。
自転車の乗り方を他人に説明するのは困難だが、自分ではハッキリと分かっている。
しかし、そんな当たり前なこともいざ真剣に考え始めると、どのように乗ったらいいのか、
またどこへ向かえばいいのか。
ただただ分からない。
夜中にちょっとコンビニでかけるような格好のまま8月、私はソウルに出かけた。
金甫空港の入管で
「入国目的は?」とハングルで聞かれて
「sightseeing」と英語で応じる私は
一体何者か。
3年前よりもソウルの街は自分勝手だ。何かを隠すように綺麗な建物が並ぶ。
その街の下心が悪臭となって下水から吹きあげてくる。
交通機関の全てがカード化し、携帯人間化したこの都会は酷い街になった。
ちょっとコンビニにいくつもりでソウルに来た私は、実は現金5万ウォン(日本円で5,000円にも満たない)
ほどしかもっていなかった。
理由は空港のATMでお金を下ろそうとおもっていて、すっかりわすれてしまったのだ。
カードを持たない私はこの社会の中で徹底的に阻害された。
そして5万ウォンで10日以上をやりくりしなければならないサバイバルゲームが始まった。
そして改めてあることを考え始めた。
この世界と私の共通点とは一体なんなのか・・・・





