子育ての基本!親として一番大事だと思いましたので!!シェア
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「子育て四訓」は山口県下に住む教育者のA氏が長年の教育経験を踏まえてまとめたもの。
子育て四訓
1.乳児はしっかり 肌を離すな
2.幼児は肌を離せ 手を離すな
3.少年は手を離せ 目を離すな
4.青年は目を離せ 心を離すな
子供たちの問題行動が、人間愛、親子愛の欠落に起因している部分が多いと痛感させられた。
問題行動の背景に愛情不足や親子の分離不安があり、いわゆる、親や社会に対する“甘え”がある。
しかし、そうした子供たちに「甘えるな!」といってみても、そうせざるを得ない過程を経てきている。
親としても教師としても社会としても、そこに目を向けることが必要であり、「形態はちがっても親子の関係を見直す必要がある」
乳児はしっかり肌を離すな
胎児期には、文字通り母子は臍の緒でつながり、羊水の中で守られている。
出生と同時に赤ちゃんは外界にさらされ不安になる。その心の安定を保つためにも、しっかりと肌と肌を触れ合わせることが大切だ。
サルの子育てで言えば「抱いてちょうだい」の時期である。
人間は生まれて一年間はほとんど受身の状態である。
二足歩行ができるまでは、母親の胸は“子宮”の延長であり、しっかり抱かれることによって、赤ちゃんは「守られている」「かわいがられている」と無意識のうちに感じ、信頼し安心するのである。
それが、愛情や信頼、情緒安定、他人を思いやる心など、人間形成の基盤になる。
乳児期の親子の接触は社会的にも支援・応援していく必要がある。
幼児は肌を離せ
手を離すな 幼児は乳離れをするが、一気に離すのではなく、
常に親がそばにいることで、「心配しなくてもいいよ」という安心感を与えることが大切だ。
サルの子育てで言えば「下ろしてちょうだい」の時期だ。ちょっと周囲のものに注意や関心があり、自立させるための第一段階だ。
自立に目覚める幼児期は、完全な保護から社会に向いて一歩を踏み出す時期といえる。
最近では、『子供の自立』と称して、実際には、親が子育てを放棄する口実に使われていることが多い。
子供を施設に預けっぱなしにするなど、自分で産んだ子供との絆をきりたがる傾向さえ見受けられる。
『子供への愛着が湧かないうちに預けた方が良い』と零歳児保育を語っていた母親がいた。
昨今、子育ては苦痛なもの、苦しみを伴うものという感覚を植えつけ過ぎ、安易に生きることが奨励されすぎてはいないだろうか。
本当の生きる喜びとは、親子の絆を大切にし、温かい家庭を作り、その延長として健全な社会を形成していく、
そうした家庭の社会的意義について考えたいものである。
少年は手を離せ 目を離すな
少年は、友達との付き合いによって社会性が育つ時期なので、ここではしっかりと手を離し、活動範囲を広げてやらないといけない。ただし、いろんな危険があるので、目を離してはいけない。サルの子育てでいえば、『一人にしてちょうだい』という時期であり、親猿はこの時期、遠くから子猿を見守り、子供が何かで声をあげるとすっ飛んでいく。人間も学ぶべきところが多いのではないだろうか。 この時期、子供が親に反抗したり、非行や問題行動に走ったり、いろんなことで苦しい思いをするかもしれない。しかし、それは成長の過程である。親として逃げず、共に成長することを心がけるべきだ。子供の荒れの背景には、親や友人に『こちらを向いてほしい。』というメッセージであることが多いのである。
青年は目を離せ
心を離すな 青年期にまでなると、完全に自立していくために、自分なりの生きがい、進路を歩んでいくときであるが、気持ちの上では、心を離してはいけないということである。いずれにしても、子育ての最終的な責任は親にあるという基本を忘れてはいけない。
校長通信NO4より引用させて頂きました
http://www.oklab.ed.jp/yanisi/h19/kouchou/newpage4.htm
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「子育て四訓」は山口県下に住む教育者のA氏が長年の教育経験を踏まえてまとめたもの。
子育て四訓
1.乳児はしっかり 肌を離すな
2.幼児は肌を離せ 手を離すな
3.少年は手を離せ 目を離すな
4.青年は目を離せ 心を離すな
子供たちの問題行動が、人間愛、親子愛の欠落に起因している部分が多いと痛感させられた。
問題行動の背景に愛情不足や親子の分離不安があり、いわゆる、親や社会に対する“甘え”がある。
しかし、そうした子供たちに「甘えるな!」といってみても、そうせざるを得ない過程を経てきている。
親としても教師としても社会としても、そこに目を向けることが必要であり、「形態はちがっても親子の関係を見直す必要がある」
乳児はしっかり肌を離すな
胎児期には、文字通り母子は臍の緒でつながり、羊水の中で守られている。
出生と同時に赤ちゃんは外界にさらされ不安になる。その心の安定を保つためにも、しっかりと肌と肌を触れ合わせることが大切だ。
サルの子育てで言えば「抱いてちょうだい」の時期である。
人間は生まれて一年間はほとんど受身の状態である。
二足歩行ができるまでは、母親の胸は“子宮”の延長であり、しっかり抱かれることによって、赤ちゃんは「守られている」「かわいがられている」と無意識のうちに感じ、信頼し安心するのである。
それが、愛情や信頼、情緒安定、他人を思いやる心など、人間形成の基盤になる。
乳児期の親子の接触は社会的にも支援・応援していく必要がある。
幼児は肌を離せ
手を離すな 幼児は乳離れをするが、一気に離すのではなく、
常に親がそばにいることで、「心配しなくてもいいよ」という安心感を与えることが大切だ。
サルの子育てで言えば「下ろしてちょうだい」の時期だ。ちょっと周囲のものに注意や関心があり、自立させるための第一段階だ。
自立に目覚める幼児期は、完全な保護から社会に向いて一歩を踏み出す時期といえる。
最近では、『子供の自立』と称して、実際には、親が子育てを放棄する口実に使われていることが多い。
子供を施設に預けっぱなしにするなど、自分で産んだ子供との絆をきりたがる傾向さえ見受けられる。
『子供への愛着が湧かないうちに預けた方が良い』と零歳児保育を語っていた母親がいた。
昨今、子育ては苦痛なもの、苦しみを伴うものという感覚を植えつけ過ぎ、安易に生きることが奨励されすぎてはいないだろうか。
本当の生きる喜びとは、親子の絆を大切にし、温かい家庭を作り、その延長として健全な社会を形成していく、
そうした家庭の社会的意義について考えたいものである。
少年は手を離せ 目を離すな
少年は、友達との付き合いによって社会性が育つ時期なので、ここではしっかりと手を離し、活動範囲を広げてやらないといけない。ただし、いろんな危険があるので、目を離してはいけない。サルの子育てでいえば、『一人にしてちょうだい』という時期であり、親猿はこの時期、遠くから子猿を見守り、子供が何かで声をあげるとすっ飛んでいく。人間も学ぶべきところが多いのではないだろうか。 この時期、子供が親に反抗したり、非行や問題行動に走ったり、いろんなことで苦しい思いをするかもしれない。しかし、それは成長の過程である。親として逃げず、共に成長することを心がけるべきだ。子供の荒れの背景には、親や友人に『こちらを向いてほしい。』というメッセージであることが多いのである。
青年は目を離せ
心を離すな 青年期にまでなると、完全に自立していくために、自分なりの生きがい、進路を歩んでいくときであるが、気持ちの上では、心を離してはいけないということである。いずれにしても、子育ての最終的な責任は親にあるという基本を忘れてはいけない。
校長通信NO4より引用させて頂きました
http://www.oklab.ed.jp/yanisi/h19/kouchou/newpage4.htm




