ファンフェスティバル2012 公式ブログ

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認知症とは何なのか?5月15日・日比谷公園小音楽堂。
おかげさまで無事に終了致しました。
沢山のご来場、ありがとうございました。

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【その3】


12月16日(金)


無い、無い、、、


東京に野外の音楽堂って、
全然無い!


日比谷と代々木は有名だけど、
他にはほとんど無い。


その辺にゴロゴロしているのかと思った。


もちろんのこと、
代々木公園野外ステージ、
そして日比谷公園大音楽堂、
予約は半年以上先まで一杯だった。


これは本当に困った。


もう辞めてしまおうかと思った。


途方に暮れながら、
日比谷公園の園内マップを見ていた。


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これが大音楽堂。


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ん?


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小・・・音楽堂??


小音楽堂って何だ!?


日比谷の野音といえば、
大音楽堂であるが、
実はマイナーな小音楽堂というのが
存在したのである。


主に東京都主催のイベントなどが
行なわれる会場らしい。


12月16日、さっそく電話をしてみると、
5月の平日なら空いている日が5コマあるという
(イベントは5月にしようという話が
以前に決まっていたのだ)。


空いている日は、

5月の最初か真ん中か終わりかという、
極端な間隔であり、
ちょうど暖かくて仏滅を避けて、
梅雨前の15日を選んだ。


梅雨前の15日なら雨は降らないだろう。


うんうん、絶対降らない!


仮予約をすると、
企画書を出さなくては
本予約にならないとのことで、
私は急いで企画書を書き、
その日に出しに行った。


仕事の休憩時間が1時間で、
その1時間で日比谷公園を往復した。


実は、西巣鴨と日比谷は
都営三田線で1本であり、
余裕の往復であった。


これで、一安心、、、


某関係者からは、
「厚労省に近くていいんじゃない」
という意見も出た(笑)。


さておき、、、
予約をした以上、
もう本当に本当に
戻れない旅の始まりなのだ。


年が明けようとしていた。


つづくんだっすヾ(・д・`*)

【その2ー2】


翌12日、早々に熱海を後にして、
私たちは13時からの法人の会議に向かっていた。


新幹線の中で林田さんと
佐藤さんとイベントについて話した。


もう、私はエンストしていたのだが、
それでも頭の中でクラッチを
ガチャガチャしながら、
ノートにいろいろとまとめていた。


その時に決まったのが、
大まかにいうと


「いろいろなエンターテイメントをやろう」


「野外でやろう」


という2点であった。


いや、この2つの壁が
こんなに高いとは、、、


「野外音楽堂ってどこにあったっけ?」

などと流暢に考えている場合ではないことに、
この時は気づいていなかった。


コトは新幹線のような時速で
走り始めていたのである。


つづくんだっすヾ(・д・`*)

【その2ー1】


2011年12月11日(日)


全国実践者ネットワークLinkの
熱海研修である。


前日の寝不足も気にしない。


まだイベント名も決まっていない
実行委員の私と佐藤さんは、
久しぶりに乗る新幹線に興奮していた。


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研修は昼が講義、
夜は花火大会に飲み会であった。


ゆでガエル現象とはこのことで、
法人外の人とこれだけ沢山の話を
どっぷりしたことが無かった私は、
思考回路のギアが
一気に上がったのであった。


急発進過ぎて、
エンスト寸前であったが(笑)。


本題。


その講義や飲み会で、
林田さんが「Fun」というキーワードを
何度か口にした。


仕事でも、何か良いものに出会った時に
「面白い」という表現もよいが、
面白いだと「こっけい」や「嘲笑」などに
誤解される場合もある。


「楽しい」であれば、より良さが伝わる。


「Fun」とは、楽しさも面白さも
兼ね備えた言葉で、
この研修もFunで溢れている。


なーんて話だったんじゃないかな、と。

とにかく、Funという言葉が
やたら耳に残った。


つづくんだっすヾ(・д・`*)

【おことわり】


敬称はすべて「さん」で統一します。
実名は出演者と実行委員、

その他名前をネットなどで

公けにされている方は出させて頂きます。
差し支えのない程度に配慮致します。

森川の視点と記憶で書いていますので、

間違っている点はご指摘下さい。


【その1ー3】


「認知症に対するイメージを
変えることはできないだろうか。
デモとか。」


それに対し林田さんは、


「その後のイメージができているのだろうか」

と話す。


つまりは、デモをやって、その後どうなるのか?


主張が受け入れられた時に
どういうことが起きるのか、
不明確なのではないか、

という話だったような気がする。


その通りだ。

「オキュパイ・ウォール・ストリート」の主張が

通ったところで、

お金が生まれる訳ではないのと同じだ。


デモじゃないのなら、
何なんだ!?



ストライキ?



違う違う。



イベントなんてどうだろうか?



野音みたいな感じで、
通りすがりの人にも、
うちの入居者さんにも、
いろいろな人に楽しんでもらえる
イベントなんてどうだろうか?


これが、
ファンフェスティバルが生まれた瞬間である。


いや、もうちょっと後だ(笑)。



突然、林田さんが電話を掛け始めた。


「あれ、元気ないじゃん」


「呑んでるの?」


誰に掛けているのかと思ったら、
和田行男さんであった。


イベントをするという話を伝え、
その場だったのか、
数日後だったのか、
和田さんが承諾して下さった。



これが、
ファンフェスティバルが生まれた瞬間である。



なんだかな。


ここから、長い旅が始まったのである。


それは、パラレルワールドのような
未知の世界だった。

スペース・ザ・ファイナルフロンティア、、、、


どどーん。

【おことわり】


敬称はすべて「さん」で統一します。
実名は出演者と実行委員、

その他名前をネットなどで

公けにされている方は出させて頂きます。
差し支えのない程度に配慮致します。

森川の視点と記憶で書いていますので、

間違っている点はご指摘下さい。


【その1ー2】


2011年12月10日(土)


皆既月食(全然見えない)。

午後11時、品川駅の空を見上げる。


ファンフェスティバル2012 公式ブログ-月食


















その数時間前のことである。
なんか、お祭りとかもやってた。


ファンフェスティバル2012 公式ブログ-祭り

















さておき、

私は品川駅のとあるお店の前で待っていた。


全国実践者ネットワークLink
熱海研修の前日であり、
Linkの皆様とお食事会があったのだ。


とある事情で、その食事会は
御流れになってしまったものの、
当時Linkの事務局長(現・代表理事)だった
井戸さんは来て下さった。


井戸さん、林田さんに、、、


まだ実行委員になるなんて
夢にも思っていない↓

ぶなの実の佐藤さん鈴木さん
来たのである
(ぶなの実とは東京都北区にある
グループホームです)。


その当時といえば、、、


世界的に流行したものがある。



デモである。



「オキュパイ・ウォール・ストリート」
(ウォールストリートを占拠せよ)


アメリカからのツイッターの呼びかけは、
やがて世界を巻き込むデモ活動になった。


日本でも


「オキュパイ・トウキョウ」


と、カタカナにするとちょっとエッチな、、、


いや、聴きなれない言葉であるが、
そのようなデモがあった。


警視庁の発表では
約500人が都内3ヶ所に集まったそうな。


何のデモか。


きっかけはアメリカの


リーマンショックによる、


若者の雇用悪化などにあり、


政府や企業格差などに


不満を訴えるデモであったとのこと。


ちょうどそんな話が出た時に、
誰かから


「認知症に対するイメージを
変えることはできないだろうか。
デモとか。」


と、そんな話が出たような気がする。


つづくんだっすヾ(・д・`*)