ほぼほぼ眠れず、夜中にベッドを起こして西新宿の夜景を見たり、ゲームしたりして朝を迎えた手術後二日目。
この日から、ご飯はかなり食べれるようになりました。
朝は半分ぐらいだったかな。
そうそう。書き忘れてますが、乳腺科のK2先生は、なんだかんだ毎日顔を出してくれてました。
昨日だかは「あ、ホントに青い」と、わざわざ髪の毛見に来てた。(髪の毛青いんです)
診療の方は、形成外科が担当になるので、形成チームの方々が午前中ぐらいかなぁ、回ってきて、傷を見て、ドレーンの具合や廃液の量を見てくださいました。
そして、この日から、まー、かなり元気になりました。
死にそうだったのは昨日まで、みたいな感じで。
ベッドから自分の意思で起きれるという事は本当に嬉しい事だったなぁ。
テレビとかも見ようかなって思ったのがこの日ぐらいだったかな。
点滴の痛み止めがストップになったのもこの日ぐらいだったかな。
点滴にはよく見ると「医療用麻薬」とか書いてあって、うーん、麻薬だったのかーって思った。
ご飯はまだ部屋に持ってきて貰って部屋で食べてたかな。
やっぱり背中切ってるので、長い間座るのがつらくて、
でも寝てるのもつらくてw
食堂に行って、本を読もうと思っては5分ぐらいで音を上げて帰ってくる、みたいな事を繰り返していたような。
後、この日ぐらいに、頭を洗ってもらった気が。たしか。2日目か3日目。
髪の毛洗うってホント大事ね。
人に返るって気がした。さっぱりさっぱり。
後体は毎日拭いて貰ってました。
印象深いのってやっぱり手術翌日までで、後は退院まで徐々に回復って感じで
後から書こうとすると、流石に覚えてませんなぁ。
特に、睡眠以外はトラブルもなく、特記すべき痛みもなく。
睡眠薬をマイスリーから別の長めのに変えてほしいという相談を薬剤師さんにしたぐらいだったかな。
とにかく眠れなかったので、効き目が中期のに変えてもらったのだけれど、
睡眠導入剤を10時に飲む⇒11時半に目が覚めてそれきり眠れない、というのが続いたもんで。
これはもう多分痛いから眠れないんだろう、みたいな諦めになりました。
夜が長いのはそれなりにツライけれど、夜景もきれいだし、いいか、みたいな感じで。
で、日数が経過するとともに、だんだん長く寝れるようになりました。
私が居た大部屋は、形成の部屋だったので、他のブログで見るみたいに、乳がん患者ばっかりってのとは違ってましたが、ちょっと話をするようになったら、何となくですが「場所は違えどガン」の人ばっかりみたいだった。
私の手術の場合(内臓とかは関係ないので)、体から出る廃液が少なくなったらドレーンが抜けて、ドレーンが抜けると退院、という事であった。
そして、非常に順調に廃液は減り、傷口も割といい感じっぽくて、6月26日(手術から2週間後)に無事退院いたしました。
そうそう。病理は退院後って聞いていたのだけれど、退院前日に乳腺科のK2先生が病室のカーテンをチャッと開けて「結果出たよー。浸潤はねー、してた。1.5センチ、ホルモン感応性+、Her2マイナス、K67もマイナス!」って口頭で。「退院したらホルモン療法ねー」って。
カーテンチャッで、口頭。
ええんかそれで。
っていうか、浸潤してるやん。
それってややっていうか、かなりショックなんですけどー。
って思ったけど、まぁ浸潤してたんならしょうがない。
退院の日は友達が迎えに来てくれて、西新宿のお寿司屋さんでお寿司食べて退院を祝ってからタクシーで帰宅。
退院は正直怖かった、っていうか、病院にいると、色々なんでもしてもらえるじゃないですか。
それがなくなるの怖かったけど、まぁ帰ったら帰ったで何とかなるもんではありました。
すっ飛ばし入院生活でスミマセン。
ホントあんまり覚えてない。思い出したらぼちぼち書きますw
にほんブログ村