長い闘病生活の末、母が亡くなりました。




生前、父と相談していた葬儀や墓のこと。




通夜や葬儀はせず、直葬にしました。




本当にいいのか尋ねると、




普段から信仰していないのに、お坊さんを呼んでも仕方ない




とのことでした。




その通りなんだろうけど、なんだか罰当たりな気持ちになってしまうのはなぜだろうと不思議な気持ちになりました。




結果、直葬で我が家はよかったです。




親戚付き合いもしておらず、親しい友人も知る限りいませんでした。




ただ、最後に面倒を見てくださった病院の方々は母が亡くなったことをとても悲しんでくれて、母の様子をたくさん話してくれました。良くしてもらったんだなと嬉しく思いました。




母の最後を見とり、化粧を施しました。死んでいるのが嘘のような、今にも起きて話しだしそうな穏やかな微笑みを浮かべていました。




化粧を施す少し前に、葬儀屋さんに電話をしました。一時間かからずきてくださいました。




自宅安置も可能ということでしたが、場所がないから預かってもらおうと当初の予定通り預かってもらいました。




帰ろうねと声をかけていたので、本当に良いのか尋ねると、





骨になって帰ってくればいいということでした。





ただ、これも、結果としてはよかったです。




はっきり言って、見とるだけでとても疲れてしまって、次の日も起き上がらないほど、ぐったりとしていました。通夜、葬儀をしていたら、大変だっただろうな…と切実に思います。





翌日の火葬場の予約は取れなかったので、翌々日のお昼に火葬することになりました。





火葬場に着くと、担当の方が受付、遺体の搬入を行いました。とっても模様の綺麗な白い布張りの棺で運ばれてきました。





我が家が選択したのは、直葬でも火葬式と呼ばれるものです。直葬との違いは花が用意されるくらいです。が、花の雰囲気は選べて、花束だけかと思ったら、顔の周りを埋める切り花も用意されていました。





火葬する前に小部屋で最後のお別れをしました。





棺を開けると、棺の周りはレース張りで可愛らしい棺でした。病院で着替えた服の上から仏衣を着ていました。




事前に子どもたちが小さな花束を用意していたので、顔まわりは切り花も合わせると花でいっぱいになり、家族が用意した食べ物や手紙、無事に旅立てるようにと折り鶴などをいれ、足元には葬儀屋さんが用意した花束を添えました。




10分程度でしたが、ゆっくりと顔を見ることができ、触れて、話しかけることができました。誰に気兼ねすることなく、本当にゆっくりと。




それでも、もし必要だったらいけないと、こっそりと般若心経を折鶴にして一羽いれました。必要ならその場で自分で読んでもらえたらと思って、ふりがな付きにしましたニヤリ





火葬場にはキッズスペースがありました。テレビが流れている程度で、おもちゃは撤去されているようでした。(コロナ禍なので)




火葬を待つ間に、食堂でご飯を食べましたナイフとフォーク




その後、待つ間に支払い(火葬場の利用料と合わせて20万いきませんでした。)と健康保険などの書類手続きの説明がありました。申請すると葬祭費が3万円出るとのことでした。これは市区町村によると思います。




火葬を終えると、骨を拾います。骨の拾い方は火葬場の方が説明してくださいます。全ての骨は拾えないので残りは永代供養していただけるそうです。ありがたい。




骨を拾い終えて、骨壺を持って解散となりました。




死亡届などの手続きは葬儀屋さんがしてくれて、直葬で香典や弔問もお断りしたため、お別れに集中することができました。




必要最低限なのかもしれませんが、母に向き合って家族で見送ったという実感があり、私としてはとてもすっきりしました。葬儀について調べる中で、迷うこともたくさんありましたが、これが我が家のお見送りの形だと納得できるものとなりました。




もちろん、様々なお見送りの形があるので、それを否定するものではありません。