先生は大変だ。

一人でやる事が本当に多い。

でも、大変な仕事をやり切った後の子どもたちの笑顔をみると苦労が吹き飛ぶ程の楽しさがある。

目の前の子どもが楽しく幸せに生きていけるように導けたら心の中でガッツポーズ。

もうこれは仕事の領域ではない。お金稼ぎじゃ無い。趣味と言っていい仕事。それが養護教諭。

養護教諭はケガと病気の手当てだけじゃない。人の手当て全般に関われる。教師冥利に尽きるが似合う言葉の職業だと思う。

昔の私、この仕事をよくぞ見つけてくれたと思う。出会った子たちの成長にどれだけ元気をもらっただろう。


私は障害者手帳がもらえなかった本物の中途障害者というやつだから、教員採用試験は一般枠だった。もう、それはちびっちゃうくらい怖かった。


手帳が無いだけで体の動きが明らかに劣っているのに一般枠。どんなに頑張っても抜けない関西弁。敬語は大丈夫な方だけど英語喋ってる感覚で共通語の私は自分じゃ無い。それくらい関西弁ってアイデンティティな言葉。敬語では「〜ますやん」とバカみたいな言葉も出そうになるが堪える。

足も引きずる時と引きずらないときがあって周りからしたら、なんかややこしい人になっちゃったと落ち込む時もあった。

でも、家族も旦那さんもそんな私でオッケーと受け止めてくれた。

だから、こんな自分でいいやん、何かあったら絶対誰か助けてくれるし、なんとかなるやんと思って生きている。


何かの病気の後遺症があっても、なりたいものがあればまっすぐに頑張り続けたらいいし、後遺症があるからって周りの目を気にしてなりたいもの諦めなくてもいいと、

この脳動静脈奇形という10万人に1人の病気を経験して学んだ。

この記事を読む、後遺症に苦しむ後輩が自分に打ち勝って、なりたい自分になれますように。

後遺症に打ち勝った人は強い鋼のメンタルをもっているはず。

実は後遺症のせいでできないとかいうのは思い込みで、この後遺症がでた時どうやって人に助けてもらうか?を考えて用意しておくとハンデがあっても健常の人と一緒に働けるという事も頭に入れていてほしい。

できないからって諦めるんじゃなくて、できないなら代替手段を考えたらいいじゃない。そしたらできたことと変わらないよ。こうでなければいけないってないよ。ゴールが一緒なら何でもいいの。変えるのは自分。いつだってそう。

以上、リス子でした。