2年ほど前、世界で疫病が流行りだし、

ここニュージーランドはロックダウンに入った。

その頃から、

絵を描くようになった。

 

そして最近、

絵を描きながら、

自分について今更ながら気付いたことがある。

 

それは、

だいぶ根暗で

引きこもり体質であるということ。パー

 

私はずっと自分の性格を

「明るい」「アクティブ」「社交的」、

陰陽で言えば、陽だと思ってきた。

 

でも、それは思い込んでいただけだったという衝撃ドンッ

 

というか、

陰の気質に気づきながらも

それらをダメなものとして認めてこなかった。

 

なぜ、ダメと思い込んできたのか?

 

どうやら、子供ながらに

「明るくしてないと、社会、集団、他人に好かれない、

受け入れられない」

と思い込んでしまったよう。。。

 

他人に受け入れられると思った陽の部分だけが

「私」なんだと。

 

通知表の長所欄に、

「明るく活発で積極的な子です」

って書いてあるのを見て、

そうでないと他人に認めてもらえない、と

勝手に解釈してた。

 

本当は、曇りや雨の日の方が

テンション上がるのに、

それすらも隠して友達に言えなかったのも

今なら、理由が分かる。

暗い子だと思われて嫌われるのが怖かったショボーン

 

40年近く、認めてこなかった

「根暗で内向的でひきこもり」な私の一部。

それが、

パンデミックによって行動が制限されている今、

「出番じゃね?」とばかりに

浮上してきて、

私を引きこもらせ、

黙々と、

絵を描いている・・・

 

ということが分かったひらめき電球

 

動きたくない自分、

人と会いたくない自分、

誰とも話さずただ絵だけ描いていたい自分

そんな自分でいいじゃん!って

思えるようになったドキドキ

 

そして、自分が自分を認めると

癒しが起こる、ということも分かったひらめき電球ひらめき電球

 

やっと陰の自分と握手できた感覚照れ

 

引きこもりは、自分と仲良くなる絶好のチャンス!!

 

 

 


この世は陰陽で成り立っとっとよ。

善悪もその一つたい。

「善」があるってことは、

「悪」もあっとばい・・・。

と、聞く。

 

私の中にも悪がある。

私の悪ってなんだろか。。。?

 

ずっと、

内なる悪を否定して善人で生きてきたけん、

鈍っとるね滝汗滝汗

 

自分の悪の部分を恥じ、激しく嫌って

良い人でいなければ嫌われる!

と強く思うようになった

一つの出来事を覚えている。

 

小学5年生の頃。

私たちのクラスには、

ガキ大将ややんちゃ坊主はいたが、

ジメジメしたイジメや仲間外れ、

不登校等はなく、

特に目立った問題はない普通のクラスだった。

 

ところが、ある時期から、

学校に新しく「道徳の時間」が導入され

私たちの担任が道徳担当となり、

うちのクラスでは

少しのいじめも許さん!プンプンプンプン

という雰囲気が一気に広がった。

 

ある日、クラスのある女子をベランダで

睨みつけた(←本人は覚えていない・・)

という理由で、私はみんなの前に立たされ、

私がいかに悪いことをしたか、

他の生徒から一方的に注意を受ける、

ということがあった。

その時、私は大きなショックを受けた・・・・。

なんか、大罪でも犯したようなこの扱い。

悲しすぎたが、いかんせん、「罪人」なので、

泣きたくても泣く立場じゃないと分かっている。

だから余計に、辛かった。。。ドクロ

 

私は、男勝りで活発な女の子だったけど、

人を傷つけようとか貶めようとか

イジメたりする子ではなかった。

もともと、普通に他人に優しくしてたはずなのに、

こうやって他人から

「この人に傷つけられました!!」と

みんなの前で指をさされたことが

あまりにもショックすぎたえーんえーん

 

だから、私はその頃から無自覚的に、

「私良い人です」のプラカードを持って

生きるようになった。

みんなに受け入れてもらえるために。

 

もっというと、

そのプラカードに書いたのは、

「あなたにとって、私は良い人ですニコニコ

だった。

 

じゃないと、私が思う「良い人」をやっていた

としても、

急に「この人罪人!!」って指さされて、

また、あの時のように傷つく可能性があるキョロキョロ

 

だから、自分を守るために、

目線を他人基準に合わせる必要があった。

それが集団生活を送るうえで必要な事なんだと

自分に思い込ませた。

 

そのために無意識の中で登場させたのが、

私を見張る自分ポリース真顔ドンッ

自分ポリスの仕事は、他人から見た私が、

ちゃんと良い行いや言葉遣いをしているか

見張ること。

 

私の一挙一動をジャッジする、

宇宙一厳しいポリス・・・。

四六時中、そのポリスに監視されている

という地獄。

 

こうやって、何十年も私の意識の中で、

自分ポリスが対人ルールを取り締まってきた。

 

そこで、改めて考えてみた。

自分ポリスが特に許さないのは、

私の他人に対するどんな行いなのか?

つまり、

私がこれまで他人に対して絶対にやっちゃだめ!

と、自分に強く禁止してきたことってなんだろうか??

そこを考えれば、

私がもともと持っているけど抑え込んできた

「悪」の性質が見えてくるのではないか?

と考えた。ひらめき電球ひらめき電球

 

自分ポリスは、

私が集団生活を学ぶ上で、後天的に意識の中で

育ってきたものだろうけど、

「悪」の性質は、誰もが生まれた時から持ってきて

いるものなんじゃないだろうか・・・?

とすれば、

それも私の一部なのだから、

一度掘り下げてみたい。

 

私の悪ってなんね。。。?

自分のこと、もっと知りたかったとよね?

なら、みてみなっせ、悪の部分も笑い泣き笑い泣き怖かけど。 

次回で爆弾爆弾

 

 

 

 

パンデミックが続く中、

数か月ほど前から感じていた、人生これまでにないほどの恐怖滝汗

 

そして、前回のブログでその恐怖を掘り下げてみたら、その内訳は

 

①自由な選択が奪われることへの恐れ。

②誰を信用していいかわからないという怖さ。

 

だということが分かった。

②の原因が、私が世界に対して偏った見方をしていたことも分かった。

 

そして、こうやって「何が不安??」って自分と対話して、

具体的に書き出してみたことで、少し不安が減っていることに気づいた。

 

それと、もう一つやったこと!!

ママ友をお茶に誘って、思いっきり

「どやんなっとっとね、この国は、恐ろしか!!えーんえーん」と、

思いを共感するという行為。

 

特に、後者が、不安・恐怖の軽減に効いた!!アップ

 

これまで私は、こうした行為を自分に絶対に許してこなかった。

 

ネガティブと言われる感情、例えば、不安、恐怖、悲しみ等は、

自分だけが感じているものだから、人に話しても何の解決にもならない。

自分ひとりで抱え込まなきゃいけない。

誰かに話すのは、弱みを見せることになるから、ダメ。

弱い者は嫌われるから、強くあらなければならない。

と、ずっと思っていた。

 

そうしてネガティブな感情に蓋をした私は、ポジティブを装うエセポジティブで

生きてきたのだった。

 

今回のパンデミックで「自由はく奪」の恐怖に襲われたとき、

これまでのエセポジの私だったら、

無意識下で、次のような2段階で、自分にこう言っていただろう。

 

 

第1段階: 根拠のない「大丈夫」で恐怖から目を逸らせる

      「強制的に注射を打たれる、なんてことにはならんけん、

       大丈夫!!

       怖がっとっとは、私らしくなかよ!

       はよ切り替えて、楽しいこと考えなん!」

 

第2段階: 「他人目線」を優先させて、ネガティブな自分を脅し始める

       「まだ怖かとね? 

       平気を装って明るくしとかんと、人に嫌わるっばい。。

       愚痴ったりしたらいかんよ、人を不快にするけんね。。」

 

こんな具合に。

 

エセポジって、強制ポジとも言える。

ネガティブな自分を失格とし、そんな自分を受け入れられない。

明るく前向きになるようにと、無意識の中でスパルタしている。

 

それはそれは自分に厳しい、男性性優位の状態ガーン

 

「怖いよ~えーん」って泣いているのに、ビンタされて

「泣き止んで、笑うんだ!!!」って言われてるようなもの。

 

 

悲しいかな、意識の中では、自分に対してこれほど厳しくなれてしまう・・・。

 

これをやってきた自分に気づいたとき、さすがに自分にたいして申し訳なく思った。

 

だから、今回、初めて!

ネガティブな感情を感じている自分に寄り添う選択をしてみた。

 

それは、

 

「怖い」を一人で抱え込まずに吐き出させてあげる、という行為照れ

 

友人をお茶に誘って、本音を聞いてもらったのだ。

結論、すごく良かった!!

私が、この国の風潮に怖さを感じていると本音を言ったことで、

相手も本音を話してくれた。

「怖いのは私だけじゃない」って分かってたけど、

実際に誰かと思いを分かち合うと、やっぱり全然違うお願いお願いラブラブラブラブ

女子は、しゃべって、思いを共感することで楽になるんだなって

改めて思った。

 

 

 

べらべらしゃべって、お互いの「怖い」という感情を吐き出しあった後、

相手のママ友もスッキリした様子で、

「こんな話ほかにできる人いないから、今日、よかった~照れドキドキ」と言ってくれた。

 

結局、自分のためにも相手のためにもなっていたんだ。

 

まとめると、

 

恐怖で重くなっていた私の気分を軽くしたのは、

 

①恐怖の中身を書き出して、可視化した

②恐怖を一人で抱え込まないで、誰かと分かち合った

 

ことだった!!

 

この自分への寄り添い方は、以前のマインドのままじゃできなかったよ。

well done, meチュー

 

 

 

 

 

 

自分のために書くと宣言して始めたブログ、1か月以上もあいた・・・。

でも、良いのだ。どんな自分でもいーじゃないか。

今日また書こうと思ってパソコンに向かった自分、満点じゃないか!

えらいぞ、わたしニコニコニコニコ

 

本題。

ニュージーランドがほんとにヤッバーい。滝汗

 

日本の政治が腐っているのは、政治家の顔や表情を見ればそれだけでも

気付きやすい 笑

日本だけじゃなく、世界のほとんどの国が闇の支配者の手中にある

という事実は、イラクの元軍人である前夫と結婚したことをきっかけに、

知る羽目になった。

 

でも、私の中に、ニュージーランドは違うイメージがあった。

 

ぶっとぶほど単純で、エセポジな理由で。

 

あのアーダン首相の目を見てごらんよ。

金に買われた他の国の政治家とは違う。

この国は大丈夫さ~

お願いお願いお願い

・・・・って。 (「目は心の窓」を地で行くヤツ)

 

しかし、最近の首相の発言や動向を見てると、

人権無視かと思えるほど、ワクチンへのプッシュが酷い。

個人の自由はどこに? これが全体主義というものですか?

 

そして、私の「怖い」の内訳が前回よりも若干違うことに気づいた。

 

①自由な選択が奪われることへの恐れ。

②もう誰を信用していいのかわからんっていう怖さ。

 

この2番目の恐怖を更に掘り下げてみた。

 

そもそも、なぜそんなにアーダン首相を信頼してたのか?(済んだ目以外にw)

結局、自分の思考が偏りすぎていたのではないか?。。。

あまりに、従来の政治家に不信感をもってたから、別の方向から「新星」

みたいなのが出てくると、ついそっちに惹かれて偏ってしまうっていう。。

 

なので、

 

戻すことにした。自分の見方を、真ん中に。

 

世界がパンデミックやそれに関する色んな情報にあふれているこんな時だからこそ、

信頼を外の誰かに置くのはもうやめようって思った。

これをやっている限り、「恐怖」が付きまとう。

 

結局、頼れるものは、自分の本能、魂の声だけなのかも。

よし、自分の魂・心の声を信頼する力を取り戻してみよう、今こそメラメラメラメラ

 

これで「恐怖」が完全になくなるわけではないだろうけど、

外に置いていた信頼を、いったん自分の内側に向けてみることで

この「恐怖」が今後どうなっていくのか。。

 

実験、実験!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニュージーランドでは、先月、初めてデルタ感染者が見つかったことから

かなり早い段階で全土にわたりロックダウンが行われた。

私の住む町には、まだ感染者がでていないため

数週間前にロックダウン解除となり、今は公共でのマスク着用が義務化。

 

ニュースでは毎日、今日の感染者は〇〇人。と流れている

 

ニュージーランドの首相は41歳の女性。

去年のコロナ対応で、世界が最も高く評価したリーダーのひとり。

今回も、国民の不安を少しでも和らげようと、SNSで質問に答えたり

笑顔でメッセージを配信したりしてくれている。

 

私はこれまで、この首相がとる政策なら安心できると思ってきた。

それは、

・外見、表情からして、心底、国民に寄り添っている感じがする

(目が済んでいるとか、そういうところ 笑)

・シングルマザーの私のような人たちが生きやすい環境(サポート面など)を

整えてくれている

・周りに、彼女の政策に批判的な人が少ない

・国のリーダーとして世界に高く評価されている

 

とか、そういう理由。

 

去年今年と、パンデミックが起きた時でも、「彼女のリーダーシップがあれば

大丈夫っしょ💛」と思っていたので、

「ロックダウンも安心して楽しむぞ~!、やれなかったことやるチャーンス♪」

という感じで楽しみ、自分の中に、コロナに関する不安要素はほとんどなかった。

 

ワクチンに関して、私はしばらく様子を見たいと思っている慎重派

なのだけど、その点も、

「この首相なら、まさか義務化はしないでしょう。

だって彼女は、国民の自由意志を尊重してるから。

きっと大丈夫よ、この国なら!」てな感じ。

 

しかし、ここにきて、記者会見中に首相が繰り返し

「国民全員に打ってほしい」

「打つことが、愛する人やコミュニティを守る唯一の方法」

を連呼するようになってきた。。。滝汗

え?? 圧高まってきてない??

ニュージーランドで義務化はさすがにないよね??

でも、打ってないと生きづらくなる未来は安易に予想できる・・・

グルグル・・・・・

 

そして、きた、 ドーンッッ。不安、恐怖・・・。

 

そして、不安や怖さの内容はすぐに分かった。

 

ワクチン自体ではない。

 

自分の意志が尊重されなくなるかもしれない、強制。。。

 

ゾクゾクっ こわっっ!!!

 

これまで、コロナに関しては不安を感じることはほとんどなかったけど、

 

私が本当に恐れているのは、ココだった。

 

家族を守る、隣人を守る、コミュニティを守る、国を守る。。。わかる、わかるよ。

(これを言われたら、その通りです、としか言えない)

でも、そもそも、私は自分の意志を生きるために生まれてきてると思ってる。

 

だから、それが脅かされる未来が来るかもしれないと感じて、

 

 えーーーん、こわいよーーえーん

 

ってなってます。

 

この恐怖、この先どうなるのか。 これに飲み込まれてコロナ怖い病のネガティブ

スパイラルに巻き込まれるのか、私。。。??