パンデミックが続く中、
数か月ほど前から感じていた、人生これまでにないほどの恐怖
。
そして、前回のブログでその恐怖を掘り下げてみたら、その内訳は
①自由な選択が奪われることへの恐れ。
②誰を信用していいかわからないという怖さ。
だということが分かった。
②の原因が、私が世界に対して偏った見方をしていたことも分かった。
そして、こうやって「何が不安??」って自分と対話して、
具体的に書き出してみたことで、少し不安が減っていることに気づいた。
それと、もう一つやったこと
ママ友をお茶に誘って、思いっきり
「どやんなっとっとね、この国は、恐ろしか!!
」と、
思いを共感するという行為。
特に、後者が、不安・恐怖の軽減に効いた!!
これまで私は、こうした行為を自分に絶対に許してこなかった。
ネガティブと言われる感情、例えば、不安、恐怖、悲しみ等は、
自分だけが感じているものだから、人に話しても何の解決にもならない。
自分ひとりで抱え込まなきゃいけない。
誰かに話すのは、弱みを見せることになるから、ダメ。
弱い者は嫌われるから、強くあらなければならない。
と、ずっと思っていた。
そうしてネガティブな感情に蓋をした私は、ポジティブを装うエセポジティブで
生きてきたのだった。
今回のパンデミックで「自由はく奪」の恐怖に襲われたとき、
これまでのエセポジの私だったら、
無意識下で、次のような2段階で、自分にこう言っていただろう。
第1段階: 根拠のない「大丈夫」で恐怖から目を逸らせる
「強制的に注射を打たれる、なんてことにはならんけん、
大丈夫!!
怖がっとっとは、私らしくなかよ!
はよ切り替えて、楽しいこと考えなん!」
第2段階: 「他人目線」を優先させて、ネガティブな自分を脅し始める
「まだ怖かとね?
平気を装って明るくしとかんと、人に嫌わるっばい。。
愚痴ったりしたらいかんよ、人を不快にするけんね。。」
こんな具合に。
エセポジって、強制ポジとも言える。
ネガティブな自分を失格とし、そんな自分を受け入れられない。
明るく前向きになるようにと、無意識の中でスパルタしている。
それはそれは自分に厳しい、男性性優位の状態
「怖いよ~えーん」って泣いているのに、ビンタされて
「泣き止んで、笑うんだ!!!」って言われてるようなもの。
悲しいかな、意識の中では、自分に対してこれほど厳しくなれてしまう・・・。
これをやってきた自分に気づいたとき、さすがに自分にたいして申し訳なく思った。
だから、今回、初めて!
ネガティブな感情を感じている自分に寄り添う選択をしてみた。
それは、
「怖い」を一人で抱え込まずに吐き出させてあげる、という行為
友人をお茶に誘って、本音を聞いてもらったのだ。
結論、すごく良かった
私が、この国の風潮に怖さを感じていると本音を言ったことで、
相手も本音を話してくれた。
「怖いのは私だけじゃない」って分かってたけど、
実際に誰かと思いを分かち合うと、やっぱり全然違う



女子は、しゃべって、思いを共感することで楽になるんだなって
改めて思った。
べらべらしゃべって、お互いの「怖い」という感情を吐き出しあった後、
相手のママ友もスッキリした様子で、
「こんな話ほかにできる人いないから、今日、よかった~
」と言ってくれた。
結局、自分のためにも相手のためにもなっていたんだ。
まとめると、
恐怖で重くなっていた私の気分を軽くしたのは、
①恐怖の中身を書き出して、可視化した
②恐怖を一人で抱え込まないで、誰かと分かち合った
ことだった
この自分への寄り添い方は、以前のマインドのままじゃできなかったよ。
well done, me