母の今までをまとめてみる。

幼少期
実父と実母に家庭内暴力を受けて育つ。
親に縛られて生きてきた源泉はここ。
学生時代も楽しむことは一切出来なかった。

高校卒業してからは仕事につく。
結婚を機に寿退職。
そこから実父と実母の家業だった郵便荷物配送の手伝いを。
実父が脳梗塞を煩い、自動車免許取得をし自らハンドルを握り実母と母2人で郵便配送の仕事を本格化。
仕事をしなければならない、脳梗塞の父親を病院通いの段取りをしなくてはいけない【入院しても勝手に帰ってくる、通院して病院フロアで待ち時間が長いことに腹を立てて暴れだす】
家事をしないといけない。

ここまでやる人間が自我を保てられるかね?

私が小学校の時に母はリストカット。
誰も母の闇や辛さ、苦しさを理解、協力が出来なかった。

改めてまとめてもずいぶんな話だ。

その頃から首が少しずつ曲がりだした。
ジストニアだ。
しかしそれにたどり着くまで2、3年以上の月日がかかった。
斜頚という診断、また原因はわからずじまいがたくさんある中でやっと発見。

遅かった。
だが早くても完治は無い。

女性としての35-50歳を全て犠牲、いや殺した。押し殺した。

散々母を苦しめた実父は脳梗塞の末死亡。
その2年後に実母は家の前で倒れて死亡。

遠因が家からいなくなった。


家族の雰囲気は変わる。そう、思った。

今度は父親の容体。

肝性脳障

肝機能が故障するとそれが脳をダメにする。
意味不明な行動、言葉。

母はジストニアの為に何も出来ない自分がくやしくてしかたない。
父親が入院した際に母親が泊まった際、ヒステリーなのか派手に暴れて病院に多大な迷惑をかけたのは詫びる案件。

2014年1月10日
父親が肝不全により死去。

母親は完全に壊れた。