私の人生に、私の心を支えてくれた人間は誰もいなかった。
私の心を支えてくれたおばあちゃんもおじいちゃんも
私の存在を肯定してくれたように思える人が私の中にいない。
そうだ。だから、私は死のうと思っていたんだっけ。
私は、死にたかったんだ。
そうだ、ずっと死に場所を本当は探していて、
放浪してたんだもんな。
母親から否定否定否定否定。
ずっと否定されて育った。
あらゆる責任をなすりつけられて、私はずっと苦しかった。
独り暮らしをはじめて、
祈っては泣いていた。
何かに向かって許してほしいと懇願していた毎日を過ごした。
私は母親から数え切れない程の罪をきせられていたのだ。
それが辛くて、苦しくて、
自分を死なせようとしていたのだっけ。。。
なんと悲しい。。。
私の中には何か基準が必要で。
子どもの頃は、母親が私のすべての基準だったけど、
思春期の頃から、色々なことがうまくいかなくなり、
その基準は役に立たないことがわかり、
その基準を捨てるために自己破壊を繰り返した。
それで楽になったことはたくさんあるけど、
今もまだ、その基準に苦しめられてはいる。
うまくやっていけないまま人生がどんどん過ぎているわけだけど、
それでも、ここから少しでも良くなるものなら
1ミリでもいいから良くなるものなら良くしていきたい
というのが私の願いであります。
そうなってくると、
尊敬できて、安心できて、絶対的で、
愛があって、徳が高くて、信頼できて…っていうのが必要
私が新しい息吹を自分の心の中に入れられたきっかけのひとつに
『生命の実相』があります。
本です。
稲盛和夫さんが、本の中で紹介していました。
宗教の本なのだと思います。
昔の本で、
読みにくい本です。
それでも『生命の実相』は私に全くの新しい価値観を教えてくれました。
そこには、
「人間は神の子である。人間は神の子であるから素晴らしい」と書かれていました。
私が神の子であるというのは、大きな衝撃でした。
私が神の子?
私が神の子で、すばらしい?
考えたこともないような発想でした。
褒められたことも、励ましてもらったこともない私の人生に
賛嘆と肯定をくれたもの。
それが『生命の実相』でした。
読みにくかったけど、
若い時に救われたくて、すがって読んだ本。
今はもう読む根気がないってことは、
私は昔よりはずっと自分を肯定できているのかもしれない
だけど、まだ自分の思い描いているような自己実現とは程遠い毎日
がんばりたい
良くなりたい