3月ですね。
この時期咲く花に心癒される毎日です。
この歳になって
こぶしの花と木蓮の違いがわかりました。
興味を持たないでいると知らないことで溢れてるんだなと感じました。
















今月の課題本はこちらになります。
そこから引き出されたものはこちらになります。
そこに愛はあるんかい
最近よく耳にするCMのフレーズが頭に浮かんでくる。
私は非行少年(女)だったろうか?
状況をみると私は崖っぷちな環境で育った。
・酒乱の父
・ギャンブルにはまり借金だらけ
・他責思考の強い親
・そのくせ支配欲は強くて
思う通りにならないと罵るか、叩くかだ。母の武器は竹のものさし。よく叩かれた。すぐに叩かれた。ヒステリックに喚く母を白んだ目で見てた。
悪の道はすぐそこにあった。
グラつく自分がいたこともある。
家出の妄想は幾度もした。
一歩踏み出さなかったのは
愛があることに潜在的な何かが気づいていたからだ。
その時は愛だなんて1ミリも感じてないが。
私は、親には恵まれなかったが、友人がいて、その親がいて、まわりの大人が正してくれた。
運が良い私。
そして
私がなんとかしなければ
を身につけた。
大人になってから友人と不良にならなかったのは家にお金がないからだ。と私が言った時、
不良なんてお金がなかったらあるところから奪うんだよ。相手がどうなろうが知ったこっちゃないんだよ。
と言った時、妙になるほどね〜と思った。
そんなこんなで
【私がなんとかしなければならない】を染み込ませた
10代20代前半の私は合法的な不正に強く悩んだ時期があったのは、偏った正義感が強すぎたせい。
正義感が強かったのは親のおかげか。
このねばならない。べき正義感に気づくまで生き辛さを抱えていた。
裏切らないのは時間と自分とお金だ。
って言っていた昔の自分が今は愛おしい。
見る角度が変わってから、
間違えた育てられ方をしたと思うが、親には感謝している。
そうであったからこその今の自分に一目置いている。














ここまでが課題本からのエッセイです。
非行ってなんだろうか?
不登校の親の会に携わり、非行の親の会を知った。親の会にいる方々は子供を見放す事なく寄り添っている。
愛が深いなぁと講演会で思った。
愛は救うことができる。
そして私も救われた1人なんだと思って
今月のタイトルになりました。
オンラインサロン
ふみサロでは毎月の課題図書から800字以内のエッセイを書きSNSに投稿して合評する
サロンです。
自分の書いたエッセイの最終形態は出版です。
「24色のエッセイ」第二弾「本から生まれたエッセイの本」書店で見かけたら手に取ってみてください。
ピピピときたら是非お仲間になって
エッセイを書いてみませんか?


