第20回 大坪次長の国会答弁は信じられるか

 

3月19日、衆議院の科学技術イノベーション推進特別委員会の理事会に健康・医療戦略室の大坪次長の姿があった。

 

昨年8月9日に山中先生を恫喝したことを意見交換と言い替え、自らが棄損した信頼関係をコミュニケーション不足と説明して切り抜けようとした。しかし、最後まで山中先生との信頼関係を取り戻したとは言い切ることができず(失われたままであるのだから当然だ)、出席した与野党の理事からもその言動が信用されることはなかった。

 

報道では、参考人として出席したAMEDの末松理事長が、機構の人事をめぐって大坪次長から圧力があったと答弁したとされる。それに対して、大坪次長が「そのようなことを申し上げたことはございません」と慇懃無礼に全く食い違う答弁をしたのだ。この点は引き続き理事会で審議されることになろう。

 

末松理事長が発言した「機構の人事」とは昨年夏の泉陽子統括役(当時)の件だ。

振り返ってみよう。

 

昨年9月4日、大坪氏はAMEDの理事長室を訪れた。厚労省大臣官房審議官としてである。ドアが閉じられた執務室の中で末松理事長は大坪氏から一枚の紙を見せられた。「10月人事です。これは通告です。」と言ったとされる。

 

紙には、9月30日付で統括役の泉陽子氏を近畿厚生局長に、10月2日付でその後任として北海道厚生局長のN氏を異動させることが「箱」の線表として一行だけ書かれていた。

 

末松理事長は、言下に却下。「AMEDの役員級の人事は自分が決めてきた。厚労省本省からは何も聞いていない。誰が決めたのか、こんな人事は認めない。」と。

 

泉氏とN氏は医系技官である(大坪氏も医系技官)。本来なら医系技官のトップである医務技監から事前に打診があるはずだった。その段階で理事長が受け入れる意向を示して初めて、次のステップとして大臣官房審議官(ここで大坪次長の出番となる)が詳細に説明するために理事長に人事案と履歴書を一緒に持参する役割を果たす。本来ならメッセンジャーでしかない審議官が自分で決めた人事を押し付けてきたと末松理事長は直感し、受け取ることを拒否したのだ。そもそも大坪審議官は履歴書も持参していなかった。

 

愛想を振りまき、にこやかに挨拶しながら理事長室に入っていったのとは対照的に、一言も口をきかずに憤然として出ていく大坪氏の姿を複数のAMED職員が目撃している。

 

結局、理事長の思いに反して、この人事は実現してしまう。後日、この件について末松理事長は「本当に腕をもがれる思いがした」と周囲に語っている。そして、この人事が実現した背景にもちろん和泉補佐官の存在がある。厚労省の指定局級の人事が絡んでいるのである。大坪次長だけで決めて動かせる内容ではない。和泉補佐官の了承、根回しがなければ実現するはずがないものだ。

 

国会でこの事実が明らかになれば、大坪次長の「そのようなことを申し上げたことはございません」が虚偽答弁であることが明々白々となる。それとも「(iPSストック事業の)予算をゼロにすると発言した事実はない」といったのと同様、「これは圧力ですと言った事実はない」とでも言うのだろうか。

 

 

日本の医療研究開発が歪められている。