お正月には恒例となってる親戚みんなの集まり

今年も当然ありました門松

 

去年から家を出て都内で一人暮らしをしている長女とは現地集合

 

昼から6時間ほど食事や近況報告などのおしゃべりに和やかに楽しい時間が過ぎました

 

18時近くなったころ、「そろそろ・・・」と帰り支度を始めた一同

私たちもタイミング合わせ「うちも・・・」とみんな一緒に家を出る支度をし、玄関で見送られる中

 

長女は見送る家の人たちに軽く挨拶をし、そそくさと駅へ向かって歩き出し帰っていきました

 

私たち家族とは確かに方向が違う(車を停めていた駐車場は駅とは逆方向)

だけども!

産まれた時から21歳まで一緒に暮らした家族には何の一声もなく帰れるものでしょうか?????

私はまた腹が立ちましたムキー

 

何?なぜこれほど非常識になれるのか?そんな育て方は決してしなかったのに

 

私の、私たちの子育ての失敗部分でした

どうしてこうなったのだろう・・・

 

いや、多かれ少なかれ親が子供にがっかりすることはある

もちろんその逆に子供が親を見てがっかりすることもある

 

自分のことは棚に上げて言わせてもらうが、本当にがっかりしたショボーン

 

私たちも長女も当然、ご馳走になった家の人にはお礼を言ってきちんと挨拶して帰るのは当たりまえ(という風に育てたつもり)なのでできてはいたが、

その後、私たちと別れる際にも「じゃあ、またね」とか「それじゃ」などと私たちとの別れの挨拶が一言くらいあって然りなのではないか

 

怒りを通り越して、本当に心配になった

あんなんで社会に出て嫌われるのではないか、可愛がられないだろう、慕われないだろう、変わった奴だと敬遠されるだろう

 

そんな風に自分の子供を思う日が来るなんて

 

学校や社会が育ててくれる部分もあるので大いにそれを期待せずにはいられない

 

私が駐車場までそんな不満をグチグチこぼしていたら

パパが「そういうとこだよ!」と言い出した

次女が「そうやって、親戚だからとか家族だからとかってしなきゃいけないみたいなことがあるから、行きたくないとか要らないとかなるんだよ」

 

という

 

はぁ~?????びっくり

おかしいのは私ですか?

もう本当にこの世は私には耐えがたい

 

確かにその煩わしさのハードルは人それぞれかもしれない

 

御年賀に何か持っていかなきゃいけないとか、

何かもらったら半返ししなきゃいけないとか、

 

どこまでが許容でどこからがやり過ぎか、本当に分からない

 

子育ての前に夫婦となるパートナーとの常識・非常識が大きくズレているとこうして子供にも大きく影響するんだなと生まれて半世紀生き、結婚して四半世紀過ごした私は初めて実感するのでした

 

でもパートナーとのズレなんて結婚した当初にそこまでは分からないし、一緒に暮らしていく中ですり合わせていくものと思っていたが、このようにすり合わないこともあるのだと、覚悟をして今後も生きていかなければならない

 

合わないことをメモしておいて、これだけ合わないものをよくやってきたなと10年、20年後に自分を褒めてあげようと思う 

それを機に離婚や別居しているかも?しれないがそれはそれでその決断が正解なんだと思えるように今、自分のできることをしていこうと思う