Are You Full Of Life? -3ページ目

不平・不満の種

 人は誰でも不平・不満を持つ生き物だと思う。それを口外するかどうかはその人次第であるが。

 例えば、周辺の人と比べて評価が低かったり、平等に扱われていないとする。その人はなぜ自分はあの人と比べて評価が低いのか、等しく接してもらえないのかと不満に思うであろう。ただし、本当に平等に扱ってもらうことは可能なのであろうか?

 極論ではあるが、私は人間は生まれながらにして、不平等であると思う。どんな国やどんな家に生まれるか、どんな性別に生まれるか、どんな体重で生まれるかなど誰一人同じ条件で生まれてくる人なんていない。すでに不平等は、始まっているのである。そこに物心ついてから改めて焦点をあて、平等に扱ってくれと切望する人間とはなんと不思議な生き物なのであろうと思ったりする。

 平等とか平等じゃないとか悩んでいるより、生まれながらに不平等な生き物なんだからと突き放してみると、新たな扉が開けるのではないかと思う今日この頃である。

10冊目 『信長の棺(上・下)』 by 加藤 廣さん

 この本はハードカバーで出版された際、当時の「時の人」であった小泉氏が絶賛したこともあり、注目された本である。その本が待望の文庫となって登場したので、さっそく手を伸ばしてみた。

 この本は本能寺の変の後、明智軍が死に物狂いで信長の死体を捜したが、見つからなかったという話を基にした本格歴史ミステリー小説である。主人公は、『信長公記』の著者である太田牛一という者である。彼は為政者(信長~秀吉)の近くでその時その時の出来事を記していく物書きをしていた。歴史を記す仕事である。そんな彼が本能寺の変での摩訶不思議な事象を解き明かそうと右往左往するのである。

 歴史に関する本を読むと、誰の視点から見るかで同じ事でも全く違う事のように感じる。例えば、信長の視点から見た桶狭間の戦い、秀吉の視点から見た桶狭間の戦いを考えてみてもまるで違う。そうは言っても彼らは味方同士であるのだけれど、身分の違いで果たす役割が違い、戦いに関する認識も違い、何から何まで違うのである。

 現代に当てはめてみても同じことが言える。身近な例で考えると、テレビや新聞ではある対象に対する1つの見方が示される。しかし、それを鵜呑みにすることなく、例えば当事者の視点から見るとどうなるのだろう、前提が変わっていたらどうなっていたのだろうなど、見方を変えてみるとその対象の異なる側面が発見できると思う。

8冊目 『脳を活かす勉強法』 『脳を活かす仕事術』 by 茂木 健一郎さん

 脳科学者として有名な茂木氏の2冊である。勉強法→仕事術という順番で読むのが良いだろう。

 「勉強法」では、高速で走る車のタイヤのように学習においていかに好循環をまわしていくかを説いている。他でもない筆者自身こそが、いわゆる「アハ体験」を脳に感じさせることで学ぶこと自体が楽しくなり、知識を深め、ますます学ぶことが好きになっていき、知識もそれに応じて一層深くなっていくという軌跡を描いてきたという。

 一方で、「仕事術」で印象に残っているのが、脳のモードについての件である。この脳の"モード"というのは、集中している"モード"とかリラックスしている"モード"とかで使われている"モード"のことを指している。彼は、精神的な病が社会問題になっている現代において、ストレスとの付き合い方はこのモードの切り替えによってできるのではないかと述べている。職場で上司に怒られても自分の席に戻れば集中モードに切り替えられたり、恋人や友人とけんかをして帰ってきてもリラックスモードに切り替えられ、次の日素直に接することができたり、自分が持っているモードを増やしていくことで、ストレス耐性を強められるのではないか。また未知の状況に遭遇したとしても、自分の中から最適なモードで対応していくことだってできるかもしれない。人間の脳にはこうしたモードが進化の過程で備わっているというのである。ただ私たちはそれを存分に生かしきれていない。

 上記の"モード"という考え方は私にとっては非常に新鮮であった。非常に文体としても読みやすく、忙しい方でもスキマ時間を利用して読まれてはいかがだろうか?