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追記感想書きすぎだろ自分。
情けないことに、あとになるほどいろいろ思い出すんだよなあorz
MX放映分でもう一度最終回を見て、また改めて感じたことを。
続きからはネタバレありです。
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第一話タイトルは、『「終わり」よければすべて良し』。第二話は、『「始め」が肝心』。おじさんの危機をバニーがお姫様抱っこで助ける第一話を、最終回でも踏襲している。長編作品の初回を再び最終回で繰り返すのは、ハガレンの原作でもやっていて、作劇法としては王道中の王道。最近のアニメでは特に、第一話にその物語の基本概要(主人公と敵対者のスタンス、設定や舞台の説明、テーマの提示など)をすべて詰め込むのがセオリーなので、第一話を見れば物語の着地点がなんとなく分かるようになっている。アニバサ1期ではラスボスの信長の初登場は第二話で、第一話では政宗と幸村が生涯の好敵手として邂逅し、小十郎と佐助がそれぞれの主君のムチャぶりに呆れたり止めたりする流れだから、アニバサの主眼はたぶん蒼紅の交流で、ラスボスの信長を滅ぼすことはぶっちゃけ蒼紅のための舞台装置みたいなもんだと思う。初回で対峙してた信玄と謙信は、最終回でも一騎打ちやってたしね。
タイバニのNEXT能力者は、カンダムでいうところの強化人間とFSSでの騎士(ヘッドライナー)の血の中間みたいなものだろうか。ガンダムの強化人間は肉体を強める過程で大方が精神を不安定にしてしまうので、多数の一般人を徴兵の労苦から開放するための人身御供なのに人数が少ないというジレンマをかかえている。FSSの騎士は同じく遺伝子操作で不自然に作られた存在ながら、長い歴史の中で騎士の遺伝子は星団中に拡散していて、能力が発現しないだけで騎士の血は星団の人類のすべてが持っている。そう考えると、バニーの両親が「人間の役に立つロボット」を研究していたのは、人権無視で肉体改造される強化人間的な存在を作り出さないため、ひいては、人為的に生み出されたであろうNEXTを危険なヒーロー職から開放して一般人に溶け込ませるためだとしたら、むしろNEXTのマーベリックは自分の存在を脅かされると解釈したのかもしれん。クリームの家庭環境を引き合いにするなら、たとえ肉親であってもNEXT差別はありがちなことのようだし。バニーの両親は虎徹の家族と同じで愛情深い公正な人たちだったけど、マーベリックはウロボロスに加担しただけあって、差別被害に遭ったクリームやジェイクのほうにメンタリティが近く、おそらくマーベリックもつまはじきにされた過去があるんだと思う。だから、NEXTを公正に扱う人の存在を信じられなかったマーベリックが、四歳の時点ですでに能力が発現していたNEXTのバニーを、本当に庇護できるのは実親ではなく自分だと勘違いしてしまったんじゃないかな。そしたら、「君はもう一人じゃない」のセリフが首もげるぐらいうなずける。いや、ちげーよ、バニーをひとりぼっちにしたのはテメーだよ、っていう。いくら目的のためとはいえ、NEXT差別者のロトワングに出資して飼ってたマーベリックは、そんな我慢強さがあるなら犯罪に手を染めない方向で使えよ。ロトワングとバニーの両親は同じ研究をしていてもメンタリティは真逆なのに、マーベリックの中ではどっちもNEXTの敵認定されてるんだろうなあ。
前回の追記感想で、壊れたマーベリックをルナティックが処分しちゃったのは結局のところウロボロスに好都合でね?ってことを書いた。でも、マーベリック(とウロボロス)がレジェンドを利用して狂わせたと考えるなら、両親の敵討ちのためだけに生きてきたバニーのシャドウにあたるルナティックもやはり、父の敵を討ったと解釈できる。
マーベリックがいくらNEXTの地位向上のためとはいえ、ウロボロスと組んで故意に犯罪を起こしつつレジェンドをヒーローに仕立て上げたのは悪辣だし、レジェンドは餌食にされただけかもしらんが、能力減退でヒーロー失格のレジェンドが、家族のルナティックたちに暴力ふるってたのは擁護できん。NEXTうんぬん関係なく、ダメ男が内弁慶してるだけの典型的なDVだ。ルナティックが正規のヒーローにならなかったのは、外面ヒーローのゲス野郎だった父親を否定してたりとか、ヒーローがアポロンメディアやウロボロスの影響から逃れられないのを分かってるとかの理由で、ヒーロー以外で司法に関わる職についたように見える。ルナティックは実父殺しの罪を背負いつつも、あれは正当防衛だからしょうがない、と誰かに寛恕されたがっていて、だから司法の枠を超えて過剰なほど正義を求めるんでないの。ルナティックにとって、能力減退を公表してなお2部リーグで泥臭くヒーロー続ける虎徹は、ヒーローTVの解説が「男らしい」と言ったとおり、父レジェンドが本来こうあってほしかった理想像で、バニーが代理父の虎徹に救われたように、バニーのシャドウにあたるルナティックも、理想の父を体現する虎徹に救われているってことだ。コーヒー片手にモニター前で妙に穏やかな顔つきのルナティックは今後、なにかのきっかけで実父殺しが露見しても、すでに精神が救済されてるから、素直に法の裁きを受けられると思うよ。最終回を見てすぐは、ルナティックのエピソードが足りない気がしたが、そんなことは全然なかったぜ。
おおざっぱに、情けなくてどんくさいけど子にとって良い親が正義サイド、社会的地位があって人格者ぶってるけど子をスポイルするダメ親が敵サイド、ヒーローが守るべき弱者の象徴としての子供、という三者の陣営で物語が作られてるかな。正義も敵もNEXTで、正義サイドのNEXTは時に差別感情をあらわにする一般人との共生をそれでも望んでいて、一方の敵サイドは一般人を虐げてNEXTが支配する新世界を望んでいる。一般人を守る超能力者の組織に敵対するのが、一般人に虐げられた超能力者の集団、って絶対可憐チルドレンでやってたな。
今のところ、ウロボロスはNEXTが支配する世界を望むNEXT集団の敵サイドと思われるが、NEXTを同士討ちさせて絶滅するのが最終目的であれば、どうだろう。NEXTが人為的に作り出された存在だとすると、当のNEXT能力者たちに開発コンセプトをツッコまれたらヒジョーにヤバい人々(一般人)がいて、臭いものにはフタ方式でNEXT同士が争うように仕向けるのがウロボロスの役目、かも。ここらへんは完全に妄想なので、あとで恥かくかも……orz
こうしていろいろ感想を書いてみると、タイバニは実にすっきりとTVシリーズがまとまっているので、劇場版は本当にファンサービスとか豪華付録なんだなあと思う。最終回で、紙幣にウロボロスの紋章が浮かぶのも、劇場版への伏線であり、TVシリーズに妄想の余地を残すものであり、必要なものが必要なだけきちんと詰め込んである感じ。妄想の余地を残して終わる作品というのは、ユーザーをいつまでも二次元の作品世界に留めてしまって現実に帰還できないのが危険な罠だが(苦笑)、まあ、そこんとこはユーザー個々の価値観フィルターに拠るので一概には言えません。うん。
TVシリーズでの終わりに、これから成長していくであろうバニーを予感させておいて、もし劇場版でバニーの成長と親離れ(虎徹離れ)と自立をやるんだったら、バニーの比喩で同一存在になってる楓の巣立ち描写もいると思うけど、ホントどういう脚本になるのかなー。あああ、楽しみすぎる。
これで書きたいことは全部書き連ねたかしら。追記多すぎるとカッコワルイわ。





