鈴木信平と申します。
これから私は、他の登壇者の皆さんとは違う目線から話をします。皆さんの話を聞いて、胸が苦しいです。
それでも必要なことだと思うので話します。
今日は、私が考えていることについて、言葉の選択を誤ることなく伝えたいので原稿を書きました。主催側の登壇者という立場ながら、原稿を読み上げることをご容赦ください。
最初に役割を明確にしておきます。
私は今日、「在日の金くんヘイト裁判チーム」の一員として登壇しています。とは言え、良くも悪くも属性からは逃がれられません。私がトランスジェンダーであり、わずかばかりとは言えLGBTQにかかわる活動をしていることが、私の言葉に色濃く反映されていることをご理解いただければ幸いです。
今日、私が登壇している理由は、端的に言って、私がこの会の開催に手放しで好意的とは言い切れないからです。
もちろん、この会自体に意味がないとは思いません。こうした会自体は大いに有意義だと思います。
けれども、裁判を終えた後に、「在日の金くんヘイト裁判チーム」を主催として、この登壇者で開く「包括的差別禁止」を求めるシンポジウムに対して、私は無視することのできない点を複数感じています。
チームに対して私の考える懸念点を提示し、その後の紆余曲折を経て、今日は主催者側の一員として登壇することを決めました。
好意的とは言い切れない理由を申し上げます。
一つは、「包括的」という言葉を用いることに対する、主催としての自覚の不足です。
これまでに何回か、裁判後の報告会、記者会見を行ってきました。
その際には、多くの方に起こしいただきました。差別とのたたかいにおいて、裁判の傍聴を含めた注目度の高さが判決に影響を与えたであろうと思っています。
一方、そうした会で、私たちは多くの加害的とも言える振る舞いをしてきました。
例えば、手話を第一言語とする人たちをいないものとしました。手話通訳の手配をせず、UDトークなどのサポートアプリの用意すらしませんでした。Twitterでの告知では、画像へALT属性の設定もしていません。
会場選定において、車いすユーザーが困ることのない導線確保や、トンラスジェンダー、ノンバイナリーの人が使えるトイレの有無についても考慮の対象ではありませんでした。
私たちは、主目的を金正則さんの裁判に置き、差別の対象を「在日」というルーツのみに限定しました。その選択の中で、先に申し上げた属性の方以外にも、今でなお気づいていない誰かを、私たちはいないものとしました。
もしも金さんに「在日」以外の、身体の障害や性的マイノリティなどの属性があったのなら、必ず考えていたであろうことです。
私たちは、今回は在日ルーツにかかわることだけを考えるのだと、その他の一切を考慮の対象から外していました。
それも「無自覚に」です。
振り返って私たちの活動は、裁判の総括として包括的を訴えるには、余りに手前勝手です。
もう一つは、この会の登壇者の構成です。
「在日の金くんヘイト裁判」は、ルーツを対象としたヘイト行為に対する裁判だったと私は理解しています。だからこそ、今日もいろいろなルーツを持った方々が登壇してくださっているのでしょう。
それに加えて、LGBTQマイノリティの枠が1つあり、その他の被差別属性を持った人は、この場所にいません。この会が「包括的」差別禁止を求めているにも関わらず、です。
LGBTQはルーツとは最も遠い場所にある属性のひとつです。
自らのアイデンティティを親に理解されず、時には誰にも先んじて親に否定され、その関係は断絶し、自らが生き抜くために親子が別れた後、再会は親の葬式だったと聞かされても、さほど驚きはしません。
LGBは指向の話であり、Tは自認の話。そこには決定的な違いがあるから別の課題として取り扱うべきとの声も絶えません。
LGBTQについて全体像を話せる人をアサインすれば「包括的」をフォローするための「ひとコマ」が埋まると言えるほど、単純ではありません。
この場に参加するルーツ以外の属性をもつ被差別者として、「包括的」を掲げるうえで、ルーツ以外の差別に対する慎重な考察と敬意が足りないと感じられたことを、個人的にとても残念に思っています。
何が必要なのかをずっと考えています。
差別のない社会を、きっと多くの人が望んでいます。
今から意識して強い言葉を使います。
そうした意識の上で、この場において主催側の一人が使う言葉としては常識的ではないであろうことを自覚しています。
私たちは、きっと、一人残らず、消極的な差別者です。
積極的にヘイトこそ言わないでしょう。そうした言動を憎んでいるはずです。けれども、常に誰かをいないものとする、私たちは消極的な差別者です。
一方で誰かをヘイターだと罵りながら、そうは言っても私たち自身もまた、誰かをいないものとします。
社会において自分の存在が想定されないということがどういうことなのかを知っていても尚、存在する誰かを思い描けないような、私たちは消極的な差別者です。
この自覚こそが、「包括的」を訴え語るとき、忘れてはならないことだと私は考えます。
だからこそ、「包括的差別禁止」を法令化し、私たちもまた、差別しないために「してはいけないこと」だけでなく、差別しないために「何をしなくてはならないのか」を学ぶべきです。
この法制化は、積極的ヘイトを放つような人たちを罰し、被差別者を守るためだけではなく、私たちのような無自覚な消極的差別者のためにも必要なのだと、私は思います。
この想いを、この場で提示することが、私が登壇を決めた理由です。
登壇することを決めてからの約1か月間は、とても苦しい時間でした。
自分で「裁判チームとして登壇する」と言い出したとはいえ、今日、この場で発する私の言葉は、多くの人を傷つけることが分かっています。
金さんが、家族を思い、同胞を思い、未来を描き、どんな覚悟をもって、どんな時間を経て裁判に臨んだか、どんな気持ちで度重なる自己開示に向き合ってきたかを、わずかばかりでしょうが、裁判チームの一員として知っているつもりです。
今日、ここに登壇してくださった方々が、今までにどんな思いを抱え、時に悩み、苦しみ、今にたどり着いて、この場に来てくださったかを想像します。
来場してくださった皆さんが、どんな気持ちで裁判を注視し、その結果に喜んで、希望を見出してくださったかを想像します。
ここにいる一人残らず、「包括的な差別禁止」を心から求めていることでしょう。
私の発する言葉は、そんな皆さんに冷や水を浴びせる言葉です。
それでも、ここに躓きがあるべきだと、私は考えます。
「包括的差別禁止」の法制化という、当たり前にあるべきで、途方もなく困難なプロジェクトは、積極的な差別者を戒めることだけでは果たせません。私たちのような、無自覚で消極的な差別者がいなくならない限り、決してたどり着けない目的地だと私は考えます。
「在日の金くんヘイト裁判チーム」の一員として活動したことを誇りに思うからこそ、この現実から目を背ける訳にはいきません。
私は、この登壇をもって裁判チームを離れます。これからは改めて、自分の立場から差別のない社会について考えます。
それぞれの属性、それぞれの困難の立場から、それぞれが見てきた社会を持ち寄って、時に共感し、時に分かり合えないまま、それでも手を取り合う選択肢を選んでいきたいです。
ご登壇いただいた皆様、会場へお越しくださった皆様、そして「在日の金くんヘイト裁判チーム」のメンバー。
私に発言の機会を与え、耳を傾けてくださったことに、心より感謝いたします。
目的地で会いましょう。
