身体と共に生きれば大丈夫✨波動調整スキオ(QX-SCIO)|萩原雅子

身体と共に生きれば大丈夫✨波動調整スキオ(QX-SCIO)|萩原雅子

身体は、本来のあなたを知っています。スキオ(QX-SCIO)を通して、身体と周波数を整え、本来のあなたに調律します。身体と共に生きれば、人生はやさしく調和していきます。ご縁のある方と、その美しい変化をご一緒できますように。





こんにちは
マザータッチ萩原雅子です👩‍🔬✨🧪✨






新潟って、何があるの?






「新潟って何があるの?」


そう聞かれると、今まではつい「うーーーん」と考えてしまっていました。


お城やテーマパークのような観光名所が、駅のすぐ近くにあるわけではない。「これ!」というもので人を呼べる場所も、思い浮かばなくて。





もちろん、本当に何もないわけじゃないんです。美しい場所はたくさんある。でも、駅からすぐに行ける場所ばかりではないので、私自身が「何もない」と思い込んでいました。





実家のある阿賀町では過疎化が進み、実家のある集落も、これからどうなるのだろう……と感じています。





地域おこしを頑張ってくださっている方々や、移住して来てくださった方々がいることも知っています。本当にありがたいことです。





それでも、「雇用が生まれるような産業や、人が訪れたくなる観光名所はないだろうか」と考えると、「何もないなら、生み出さなきゃ」というところに辿り着いていました。





そんな中、このシルバーウィークに実家へ帰るため、49号線を走りました。




窓の外を見ていたら、どこを切り取っても美しくて✨




別の日には、箸を購入しにマルナオへ。さらに別の日、箸とフォークのメンテナンスをお願いしに、今度は違う道を通ってマルナオへ向かいました。




どちらの道も、ずっと景色がきれいだったんです✨✨




目的地へ行くまでの時間も、もう観光なんだなぁ。






先日、大好きな『博士ちゃん』の世界遺産スペシャルで、スイスの景色を観ていたときのこと。


美しい景色にみんなが「うわぁ♡」となっているのを見ながら、私は「あれ? 新潟でよく見る景色に似てるな」と思ったんです。笑


見慣れているから、気づいていなかっただけかもしれません。




新潟って、美しいんだなぁ✨✨




山と川と空と田んぼ。橋も、平野も、道端の草花も。


お出かけするたびに、目的地の絶景だけでなく、道中の景色にも「うわぁ♡」と感動していたことを思い出しました。


絵画の世界みたいだなって✨




あまりに美しくて、いつも写真や動画を撮っています📸 フォルダを見返したら、目的地より道中の写真のほうが多いかもしれません。笑





何かを新しく作り出すことばかり考えていたけれど、訪ねてほしい絶景スポットは、もうたくさんありました。


そして、その場所へ向かう道そのものも、楽しんでもらえると思うんです✨





これから「新潟って何があるの?」と聞かれたら、堂々と言おうと思います。


「美しいドライブ道と、絶景スポットがいっぱいあります! 楽しむなら、ぜひレンタカーを借りてください🚗✨」






絶景スポットと、そこへ向かうドライブをきっかけに、新潟が、そして阿賀町が盛り上がってくれたらうれしいです。





私自身、阿賀町にもまだ知らない場所がたくさんあります。これから訪ねて、見つけた景色をご紹介していけたらと思います✨




まずは、これまでに撮った私が思う新潟の絶景と、道中の写真のごくごく一部を、統一感が無いですが貼っておきますね📸✨


⇩⇩⇩





































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こんにちは
マザータッチ萩原雅子です👩‍🔬✨🧪✨







自分を知ると、出会いは「探すもの」から「響き合うもの」になる






先日、母の喜寿のお祝いに夫と実家へ行ってきました。

プレゼントしたのは、マルナオのお箸🥢✨

毎日の暮らしの中で使える、美しいものを贈ることができて嬉しかったです。




そして今日、改めて思いました。

私は今、本当にこの夫と出会えて良かった。




結婚したのは48歳。

決して早い結婚ではなかったけれど、今の私だから、この人と出会えたのだと思います。




私は長い間、自分でサロンをしていました。

サロンは、私自身を表現する場所でもありました。

私が何を大切にして、どんな世界をつくりたいと思っているのか。

それが、空間にも、施術にも、言葉にも表れていたから、来てくださるお客様も、同じようなものを感じ取って来てくださっていたのだと思います。




スタッフを募集した時も、同じでした。

人手が足りなくて、

「誰でもいいから、すぐに来てほしい!」

と思いながら募集していた時は、その焦りが伝わるような人が来て、急いで採用して、結局うまくいかない。

そんな悪循環になっていました。




でも、

「私はこういうサロンにしたい。だから、こういう人と一緒に働きたい✨」

と決めて募集した時は、本当に良いご縁に恵まれ、良い循環が生まれました。




出会いは、自分が放っているものと無関係ではないのだと思います。




ただ明るくいようとか、波動を高くしようということではなく、

私は誰なのか。
何を大切にしているのか。
どんな世界を生きたいのか。

それを、自分自身が分かっているかどうか。





「みにくいアヒルの子」の白鳥は、アヒルたちの中にいる時、自分のことを醜いと思っていました。

でも、本当に醜かったわけではありません。

自分が白鳥だと知らなかっただけ。




ひまわりがバラになろうとしたら、

背が高いことも、
花が大きいことも、
太陽に向かって真っすぐ伸びていくことも、

バラとは違う「欠点」に見えてしまうかもしれません。




でも、自分がひまわりだと分かったら、もうバラになる努力はいらない🌻

ひまわりとして、自分の美しさを思いきり表現すればいい。




出会いも、それと同じなのだと思います。

「誰でもいいから私を選んでほしい」

「とにかく早く誰かと出会いたい」

そう願っている時は、まだ自分がどんな関係を望んでいるのか、分かっていないのかもしれません。





「出会いますように」

という願いと、

「愛し愛されるパートナーと結婚しました」

という願いは、似ているようで違います。





私が本当に欲しいのは、出会いそのものではない。

その人と愛し合うこと。
お互いを大切にすること。
安心して一緒に生きること。

その先の関係を、経験したいのです。




だから、出会いたい相手を考える前に、まず自分を知る。

私は、どんな人なのか。
何を大切にしたいのか。
どんな関係を生きたいのか。
その人といる時、どんな私でありたいのか。




自分を知らなければ、誰かと出会っても、その人が自分に合う人なのか分かりません。




でも、自分を知るほど、出会いは「探すもの」から「響き合うもの」へと変わっていく。




白鳥には、白鳥の美しさがある。

ひまわりには、ひまわりと美しく調和する景色がある。




自分ではない何かになって愛されようとしなくてもいい。

自分が自分を知り、そのままの自分を表現して生きていく。




そこに響き合う人が、きっといる。




今、夫の隣で安心して暮らしながら、

この私として生きてきたから、この人と出会えたんだなぁと思います。




自分を知ることは、自分の本領を発揮すること。




そしてそれは、自分にふさわしい出会いを受け取る準備でもあるのだと思います✨










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こんにちは
マザータッチ萩原雅子です👩‍🔬✨🧪✨







「出会いますように」と「結婚できました」の違い

私は“出会い”が欲しかったんじゃなかった






以前の私は、


「愛し愛されるパートナーと出会いますように」


と願っていました。





でもある時、


「愛し愛されるパートナーと出会って、結婚できました💒」


と願うようになったんです。





ほんの少しの違いに見えるけれど、

私の中ではこれが結構大きかった。





「出会いたい」だけだと、

出会った先をまだ決めていない。





もちろん、出会いが欲しい人はそれでいい。


でも私が本当に欲しかったのは、


“出会うこと”そのものではなかった。





好きな人ができることでも、

誰かに好かれることでも、

恋愛っぽい出来事が起こることでもなかった。





私は、


好きな人と愛し合って、

パートナーになって、

一緒に人生を歩いていきたかった。


結婚したかったんです💍✨





だったら、


「出会えますように」


のところで願いを止めなくてもいいんだなと思いました。





「私はその先で、何を経験したいんだろう?」


そこまで自分に聞いてあげればいい。






私は以前、


「この人とうまくいきたい」


と、目の前の一人の人との関係を

どうにかしようとしていた時期がありました。





うまくいかないと、


何が悪いんだろう。


私の自己価値が低いから?


「私なんて」と思っているから?


何か設定がおかしい?


どんな思い込みを外せばいい?


……と、一生懸命原因を探していました🤣






でも今振り返ると、


そこに夢中になりすぎて、


「ところで私、最終的にどうなりたいんだっけ?」


が抜けていたんですよね。






目の前の人をどうにかすることと、

私が望む人生を生きることは、

同じとは限らない。





私が本当に望んでいたのは、


「この人に振り向いてもらうこと」ではなく、

「愛し愛されるパートナーと人生を歩くこと」だった。





ここが分かると、ずいぶん違いました。







これは恋愛だけじゃないのかもしれません。


「お金が欲しい」


と思った時も、


本当に欲しいのはお金そのものではなくて、


そのお金で、


どんな暮らしをしたいのか。

何を経験したいのか。

どこへ行きたいのか。

何を買いたいのか。






私だったら、


ゲレンデに乗りたい✨

好きな豪邸に住みたい✨

まだまだこの世界で味わいたいことを味わいたい♡





そこまで行って初めて、


「ああ、私はこれが欲しかったんだ」


って分かる。





願いって、


宇宙に正しい注文書を書くためというより、


自分の本音を、自分が知るためにあるのかもしれません。







だから今は、


「どうすれば叶う?」より先に、


「私は、何を経験したい?」


と聞いてみたい。





そして、


「そんなこと望んでいいのかな」


まで始めなくていい🤣





望みは望み。





叶うかどうかを今ここで証明する必要もないし、

叶える方法を全部考えておく必要もない。





ただ、


私はこれがいい♡


を自分が知っている。


それだけでも十分だと思うんです。







「出会いますように」


も素敵な願い。





でも、その言葉を口にした時、


もし心の奥から、


「いや、私が欲しいのはそこまでじゃない!」


と聞こえてきたなら、


その続きを書いてみる。





私は“出会い”そのものが欲しいんじゃない。


私は、好きになった人と愛し愛される関係を経験したい。


私は、愛し愛されるパートナーと結婚したい💍✨


そこまで望んでいい。






そして望みを明確にしたら、


毎日そのために自分を修正し続けなくてもいい。





自己肯定感を100点にしなくてもいい。

思い込みを全部外さなくてもいい。

ネガティブにならない人にならなくてもいい。





疲れた日は寝て、

美味しいものを食べて、

笑って、悩んで、また笑って。





その日その日を生きながら、


時々、


「そうそう♡ 私はこっちに行きたいんだった」


と思い出せばいい。





願いは、自分を追い立てるものじゃなくて、


自分の人生の方角を思い出させてくれるもの。





そんなふうに願えるようになった今の方が、

私はずっと楽です🌹✨












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原因が分からなくても、幸せになっていい。

「私の何が悪かった?」を探し続けるのをやめてみる






私は長い間、


何かうまくいかないことがあると、


「原因は何だろう?」


と考えてきました。





身体のこと。


お金のこと。


仕事のこと。


恋愛のこと。






何か問題が起きたら、


そこには必ず、


私の中に原因がある。


そう思っていました。






だから、


原因を見つけて、


思い込みを見つけて、


潜在意識の設定を見つけて、


それを変えれば、


現実も変わる。


そう信じて、


一生懸命自分を研究してきました。





そして実際、


そこから気づいたことも、


楽になったことも、


たくさんありました✨✨





だから、


その学びが間違っていたとは思っていません。





ただ最近、


気づいたんです。


私、


「原因を探す」という行為そのものを、やりすぎていたんじゃない?


って。






元彼との関係が苦しかった



私は以前、


長くお付き合いしていた人との関係で、


とても悩み、苦しみました。





どうしてこんなことになったんだろう。


どうして私は、


こんな扱いをされるんだろう。





幸せになりたかったから、


原因を知りたかった。


「私の何が悪かったんだろう?」


と探しました。





そこで出会ったのが、


潜在意識や、


自己価値や、


自己肯定感についての学びでした。





「自己価値が低いから」


「自分で自分を大切にしていないから」


「“私なんて”と思っているから、その通りに扱われる」


それを聞いた時、


私は、


「そうだったのか!!」


と思いました。





ものすごく納得したんです。






原因が分かれば、未来を変えられる



原因が自分の中にあるなら、


自分を変えればいい。





自己価値を上げる。


自分を愛する。


「私なんて」をやめる。





潜在意識の設定を変える。


そうすれば、


もう同じ現実は起こらない。





そして、


愛される私になれる。





原因が分かったら、明るい未来がやってくる✨


私はそう信じて、


一生懸命自分を変えようとしました。





当時の私にとっては、


それは希望でもあったんだと思います。





相手のことも、


未来のことも、


自分ではコントロールできない。





でも、


「原因は自分の中にある」


と思えば、


自分を変えることで、


未来を変えられる気がした。





だから私は、


ますます自分の中を探しました。






でも最近、ふと思った



今になって、


自分の恋愛人生を、


もう一度ずーーーっと振り返ってみたんです。





……。


私、


ずーーーっと自己肯定感低かったよね?笑





「私なんて」


も、普通にあった。





自分のことを、


心の底から愛せていたわけでもない。





「私は存在しているだけで価値がある✨」


なんて、


今みたいには思っていなかった。




でも。


普通に好きになってもらってた。笑





出会いもあった。


恋愛もした。


人から好意を持ってもらった。


モテていた時だってあった。





しかも、


いつでも遠慮して、


相手の顔色を見ながら、


慎ましく生きていたのかと思いきや、


結構わがままにやってきてる🤣笑






……あれ?






自転車と一緒じゃーーーん!笑



少し前、


お金についても、


まったく同じことに気づきました。





私は長い間、


お金の問題には、


子どもの頃の何かが関係しているのではないかと思っていました。





そこで記憶を探して、


「そういえば自転車を選んだ時、


“これくらいでいい”って選んだな」


ということを思い出した。





そして、


「私は子どもの頃から、親に遠慮して、欲しいものを我慢していたんだ!」


と思った。





ところが、


さらに記憶を辿っていったら……。


欲しかったバイクは、


予算を超えていても、


「絶対これ!」


と言って買ってもらっていた✨笑





洋服も、


雑誌で見たブランドのものを、


伊勢丹で買って、





車だって、


買ってもらっていた。





アルバイトをして、


自分で欲しいものを買っていたわけでもない✨笑





……。


全然我慢してないじゃーーーん🤣笑





自転車は、


その時それほど欲しいものがなかったから、


「これくらいでいい」


だっただけかもしれない。





なのに私は、


「子どもの頃から欲しいものを我慢していた」


という答えを先に持ったら、


その答えにピッタリの、


自転車の記憶だけを証人として連れてきた🤣






恋愛でも、同じことをしていた



元彼との関係で苦しんだ。


だから、


原因を探した。





「私の何が悪かったんだろう?」


そして、


「自己価値が低かったから」


という答えを見つけた。





すると今度は、


自分の人生の中から、


その答えに合う記憶ばかりが目につくようになった。





「私なんて」と思っていた。


自信がなかった。


我慢していた。


自分を大切にできていなかった。





ほら、


やっぱりこれが原因だった。


そう思った。





でも、


人生全体を見てみたら、


自己肯定感が低くても、


ちゃんと好きになってもらっていた。




自己卑下していても、


恋愛していた。




自分を100%愛せていなくても、


大切にしてもらったことはあった。





そして私は、


思っていたよりずっと、


好き勝手に生きていた🤣





また、


人生の一部分だけを取り出して、


「これが原因です!」


ってやっていたんです。





頭って、本当に都合がいい。笑





原因が分かると、安心する



今なら、


どうしてあんなに原因を知りたかったのかも、


少し分かる気がします。




原因が分からないって、


怖いんです。




どうしてこんなことが起きたのか分からない。


どうすれば次はうまくいくのかも分からない。





でも、


「原因はこれです」


と言われたら、


安心する。




「じゃあ、これを直せばいいんだ!」


と思えるから。




自分で未来を、


コントロールできる気がする。




だから私は、


原因を探していたのかもしれません。





でも、全部を「私の設定」のせいにしなくてよかった



もちろん、


自己価値や自己肯定感が、


人との関わり方に影響することはあると思います。




自分を大切にすることも、


私は今でも大事だと思っています。




潜在意識を見ていくことで、


自分でも気づかなかった思い込みに気づき、


楽になったこともたくさんあります✨✨




でも、


自己価値が低い

 ↓

粗末に扱われる

 ↓

自己価値を上げれば愛される




そんなに単純な一本道ではなかった。




恋愛には、


相手がいます。




相手の性格もある。


相手の選択もある。


相手の事情もある。


タイミングもある。


ご縁もある。





全部を、


「私の潜在意識が作りました」


にしなくてもよかった。





苦しかった。それだけでも成立する



元彼との関係が苦しかった。


私は、


もっと大切にされたかった。


もっと愛されたかった。


悲しかった。


寂しかった。


嫌だった。




だったら、


まずそれでよかったのかもしれません。




そこから必ず、


「では、なぜ私はこの現実を引き寄せたのだろう?」


まで行かなくてもよかった。




悲しいものは、


悲しい。


嫌だったものは、


嫌だった。





それだけで、


ちゃんと成立する。




そこに、


「そんな現実を作った私の何が悪かった?」


を足さなくてもよかったんです。





「愛される私」を完成させなくてもいい



私は今、


結婚して夫がいます。


でも、


これまでの自分の恋愛を振り返って思うんです。





私は、


自己肯定感が低いままでも、


人を好きになったし、


好きになってもらいました。




自己価値なんて考えたこともない頃から、


恋愛していました。




だから、


もし今、


「愛し愛されるパートナーが欲しい♡」


と思っている人がいるなら、


その願いを叶えるために、


まず、


完璧に自分を愛せる人にならなくてもいいんじゃないかな、


と思います。





自己肯定感を100%にしなくてもいい。


「私なんて」が一度も出てこない人にならなくてもいい。


潜在意識の設定を、


全部完璧に書き換えなくてもいい。





だって、


どんな自分でも愛されていい


って、


「どんな自分も愛せる完璧な私になったら、愛されていい」


って意味じゃないから!!笑





自己肯定感が低い日があっても。


自分を責める日があっても。


自信がなくても。





それでも、愛されていい。





望みは、もっとシンプルでいい



だから最近、


私はこう思うようになりました。


「私は、どうなりたい?」


まずは、


それだけでいい。





愛し愛されるパートナーが欲しい♡


もっと豊かになりたい♡


身体をもっと自由に使いたい♡


もっと絵が上手くなりたい♡


ゲレンデに乗りたい🤣🚙✨


素敵な豪邸に住みたい♡





私は、それを味わいたい。


それでいい。




そのあとすぐ、


「じゃあ、それを邪魔している設定は?」


って探しに行かなくてもいい!!笑





望みは私が決める。叶え方まで全部握らなくていい。



私は、


「宇宙の采配」


という言葉が好きです。




願ったことが、


必ず自分の思い描いた方法で叶う、


という意味ではなくて、


未来の全部を、


今の私が設計しなくてもいい。


私は、


そんな意味で捉えています。





特に、


人とのご縁なんて、


自分一人では作れません。




相手にも人生がある。


タイミングもある。


偶然もある。


紹介もある。


たまたま予定が変わることもある。


思いもしなかった場所で、


何かが始まることだってある。




だから、


望みは私が決める。


方法とタイミングまで、全部握らない。




そして、


今日を生きる。





人生は、全部が教材じゃない



これも最近、


ものすごく思います。




私は研究が大好きなので🧪👩‍🔬✨笑


何か起こるとすぐ、


「これは何を教えているんだろう?」


「私は何に気づけばいい?」


「何を学ぶために、この現実が起きた?」


と考えたくなります。





でも、


全部の出来事に、


今すぐ意味を見つけなくてもいい。




好きな人を見かけたら、


キャーー♡


何にも起きなかったら、


今日は何にもなかったーー😑笑




絵がうまく描けたら嬉しい。


思い通りにならなかったら、


悔しいーー😭




お腹が空いたら、


食べる。


眠かったら、


寝る!!笑


そんな日があっていい。




何も学ばなくていい日もある。




人生は、


全部が教材じゃない。


ただ味わうための日もある。





原因究明室から、人生観察室へ



ずっと、


雅子研究室では🧪👩‍🔬


「原因は何?」


「私の何が悪い?」


「どの設定を変える?」


を研究してきました。





でも最近、


研究室の看板が、


少し変わってきた気がします。




原因究明室から、

人生観察室へ。




今日は何を感じた?


何が嬉しかった?


何にときめいた?


何が嫌だった?


何をもっとやってみたい?





私は、


この人生で何を味わいたい?


そっちを見てみる。




そして、


望みが出てきたら、


「はい♡私はそれが欲しいです」


と認める。




あとは、


全部を私一人で、


どうにかしようとしない。




思いついたら動く。


必要なら頼る。


会いたければ会う。


描きたければ描く。


歩きたければ歩く。




そして、


まだ分からない未来のことは、


少し人生に任せてみる。





原因が分からなくても、安心して生きていい



以前の私は、


原因が分かったら安心できる


と思っていました。




でも、


今の私が研究してみたいのは、


その先です。




原因が分からなくても、安心して生きられる。




どうしてあの出来事が起きたのか、


最後まで分からなくてもいい。


未来がどうなるか、


今は分からなくてもいい。




それでも、


私は今日を生きられる。


笑える。


恋もできる。


絵も描ける。


望むこともできる。





そして、


次の景色を楽しみにしていていい。




人生を良くするために、


過去から


「悪かった私」


を発掘し続けなくてもいい。




今の私から、


「これから何を味わいたい?」


を聞いてみる。




私は今、


そっちを研究してみたいと思っています🧪🌹✨




人生を改善し続けるのではなく、

人生を信頼して、味わってみる。




さて。


今日は何を味わおう♡✨✨









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こんにちは
マザータッチ萩原雅子です👩‍🔬✨🧪✨







「まだまだ」じゃなくて、「もっともっと♡」

褒め言葉を受け取りながら、私はもっと上手くなっていい





先日、甥っ子くんへのお祝いに、

筆文字を書いて、絵を描きました。




こういうことが私は好きです。

本当はもっと普段からやりたい。

でも、

「うまくできなかったら嫌だな」

と思うと、途端に面倒くさくなる。笑




そして今回描きながら、

改めて気づいたことがありました。

私、

自分の作品になかなか合格を出せない🤣

んです。





「違う!!私が思い描いているものは、もっと素敵なの!」



今回のお手紙は、

甥っ子へのプレゼントが届く日に合わせて送りたかったので、

期限は昨日まで。




その時間の中で、

今の私にできることをやりました。

あれが精一杯だったと思います。

でも、描き終わったものを見ると、

「違うーーー😭
私が頭の中で思い描いているものは、もっと素敵なの!!」

って思う。




もう送ってしまったのに、

もっとできると思うと、

回収したくなる!!🤣




そして悔しい。

泣きたくなるくらい、

「もっとできるのに!」

と思う。



以前だったら、

こんな自分を見て、

「また自分に合格を出せない」

「もっと今の自分を認めなくちゃ」

と思っていたかもしれません。

でも今回、

ちょっと違うことに気づきました。





私、合格を出したいわけじゃなかった



私は、

もっと上手くなりたいんです。

もっと描けるようになりたい。

もっと美しいものを作りたい。



頭の中に見えているものを、

もっとそのまま手から出せるようになりたい。



だったら、

無理やり

「今のままで十分♡」

「これで合格♡」

にしなくてもいいんじゃないかと思いました。



昨日の私が、

限られた時間の中で精一杯やったことは認める。



でも、

「もっとこうしたかった!」

と思ってもいい。



昨日の作品は、

期限が来たから完成させた。

でも、

私の表現は、そこで完成じゃない。



次の一枚がある。

回収して描き直さなくても、

次に描けばいい🤣





小学4年生の「佳作」を、まだ引きずっていた



そんなことを考えていたら、

小学4年生の頃のことを思い出しました。

「カモ鳥権平」という本を題材に絵を描いたこと。



私は子どもの頃、

絵を描くと賞をいただくことがありました。

いつも賞を取って褒められていた。

何かモノを作ってもそう。

だからきっと、

「私は絵が上手い」

「私は器用でセンスがいい」

という自負もあったんだと思います。




ところが、その絵は佳作でした。

……いや、

佳作も評価されてるんですけどね🤣




でも当時の私には、

「いつもみたいな賞じゃなかった」

という方が大きかったのかもしれません。




私は絵の中に、

こんがらがった紐のようなものを描いていて、

「あれを描いたからダメだったんだ」

と自分なりに原因まで分析していました。




そして、

「私って、この程度なんだ」

と、どこかで思った。



51歳になっても覚えているんだから、

小学4年生の雅子少女には、

相当悔しかったんでしょうね🤣





「本気を出したら、もっと上手いんです」



そして私は、

褒められるとよく思うことがあります。

「本気を出したら、もっと上手い✨」



しかも思うだけじゃない。

相手にも言う🤣

「いやいや、これ本気じゃないんです」

「本気でやったら、もっと上手くできます」



何をそんなに必死で説明しているんだろう。笑



今になって分かりました。

私は、

「今ここに出したものが、私の実力の全部だと思われたくなかった」

んだと思います。




「本当の私はもっとできる」

という余白を残しておきたかった。



本気を出して、

それでも自分が思っているところまで届かなかったら、

「私ってこの程度なんだ」

となってしまう。




だから少し引いておく。

人のものを参考にしたり、

真似してみたり、

「今回はそんなに本気じゃないし」

という逃げ道を残しておく。




そうすれば、

評価されなくても、

「本気じゃなかったから」

と言える。




褒められたら、

「本気じゃなくても、これくらいできます♡」

と言える🤣




どっちに転んでも、

「本当の私はもっとできる」

を守れる。




なかなか巧妙です。笑





「できる私=価値がある」



そして、もっと奥にあったものに気づきました。

私は長い間、

「できる私=価値がある」

を持っていたんだと思います。




上手にできる私。

結果を出せる私。

人に評価される私。

役に立つ私。

すごいと思ってもらえる私。




そんな私なら、

自分に⭕️を出せる。




でも、うまくできなかったら?

評価されなかったら?

思ったような結果が出なかったら?

途端に自分自身まで、

不合格✖️にしてしまう。




だからいつでも、

誰かにジャッジされているような気がしていた。




でも考えてみたら、

一番厳しく私を採点していたのは、

私自身だったのかもしれません。





父も同じだった。笑



そして、

ここでまたまた父を思い出しました。笑

父もよく、

「もっと上手くできる」

と言います。




何をやっても、

なかなか合格がない。

もっとこうできる。

もっと良くできる。

まだここが足りない。




私、

それを見ながら、

「お父さんって、何にでも合格出さないよねー」

なんて思っていました。




……。




私もじゃーーーん!!🤣




親子でした。笑



ただ最近、

これを全部悪いものとして手放さなくてもいいんじゃないかと思っています。



父も私も、

研究するのが好き。

もっと良くしたい。

もっと知りたい。

もっとできるようになりたい。

その性質そのものは、

私の大好きなところでもあります。




手放したいのは、

「もっと良くしたい」ではなく、
「もっと良くできない今の私はダメ」

の方だったんです。





作品に納得できなくても、私の価値は下がらない



ここを分ければいいんだと思いました。

作品を見て、

「私はもっとできる!」

と思っていい。



悔しくてもいい。

「ここは気に入らない!」

「次はもっとこうしたい!」

って思っていい。




でも、

その作品の出来と、私自身の価値を一緒にしない。

昨日の作品に納得できない私も⭕️

思い描いたものを表現できなくて悔しがっている私も⭕️

佳作だった小学4年生の私も⭕️

本気で描いて思ったようにできなかった私も⭕️




作品には、

「もっと!」

があっていい。




でも、

私の存在まで採点しなくていい。



これだったんだと思います。




そして、褒め言葉はちゃんと受け取る



もう一つ、

私は今まで人から褒めてもらっても、

ほとんど受け取っていませんでした。



「素敵ですね✨」

と言われても、

「いやいや、この程度で褒めないで!」

「本気を出したらもっとできます!」

って🤣




相手は、

今目の前にあるものを見て、

本気で「素敵」と言ってくれているのに。




私は勝手に、

「これがあなたの実力の上限です」

と言われたように受け取っていたんですね。




誰もそんなこと言ってなーーーい!!笑




だからこれからは、

褒めてもらったら、

ちゃんと受け取ろうと思います。




「素敵ですね✨」

と言ってもらったら、

「ありがとうございます♡嬉しいです✨」

そこで終わり。




「でも本気を出したらもっと……」

をつけない。




相手から届いた好意や評価を、

自分で打ち消さない。




そのうえで、

私は私で、

「もっと上手くなりたい♡」

と思えばいい。





「まだまだ」ではなく、「もっともっと♡」



ここが、

私の中では大きな違いでした。



「私はまだまだです」

には、

今の私は足りない、

という感じがする。




でも、

「私はもっともっと上手くなりたい♡」

には、

今あるものを否定する必要がない。




今も嬉しい。

褒めてもらえたことも嬉しい。

今日できたものも、

今日の私が作った大切なもの。




そして、

もっとやってみたい♡

足りないから、もっと。

ではなく、

好きだから、もっと。




価値を証明したいから、もっと。

ではなく、

私の中に見えている美しいものを、もっと表現したいから、もっと。




こっちでいきたいと思います。




本気を出してみよう



「本気を出したらもっとできる」

と、

ずっと可能性の中に置いておくのではなく、

だったら、

本当にやってみればいいじゃん♡

と思うようになりました。




誰かに「すごい」と言わせるためではなく、

自分の価値を証明するためでもなく、

「私、本気でやったらどこまでできるんだろう♡」

って。




うまくできなかったら、

悔しがればいい。

また描けばいい。

佳作だったら、

佳作をもらえばいい🤣




それでも、

私の価値は何も変わらない。




そう思えたら、

今までよりずっと自由に、

本気を出して遊べる気がします。



遊びなんだよ♡笑



そしてきっと私は、

いつか思い描いていたものが描けても、

また言うんだと思います。




「もっとできる♡」




でも、それでいい。

それはもう、

「今の私は足りない」

ではなくて、

創ることが好きな私の、
「もっとこの世界を味わいたい♡」

と同じだから。




だからこれからは、

「まだまだ」じゃなくて、
「もっともっと♡」




褒め言葉は全部いただいて🌹✨

その気にもなって🤣✨

私はもっと、

上手くなっていこうと思います♡







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こんにちは
マザータッチ萩原雅子です👩‍🔬✨🧪✨






私、昔からゲレンデだった。笑

「足りない私」を探すのをやめたら、記憶まで変わった






先日、


「私、ゲレンデだったんだ。」


というブログを書きました。





小さい頃から「良い娘」「否定されない私」を作って、


本当の自分がどんな人だったのか、


まるで自分が乗っている車の車種さえ分からなくなっていた。





そして最近いろんなものを手放していったら、


「あれ?私って本当はゲレンデだったんじゃない?🤣」


と思った、というお話。





ところがブログを書いたあと、


さらに衝撃的なことに気づいてしまいました。





私、最近ゲレンデになったんじゃなかった。


昔からゲレンデだった🤣🤣🤣






私、遠慮していたんじゃなかった




私はずっと、


小さい頃から欲しいものを言うと両親に負担をかけてしまうと思って、


無意識に遠慮するようになったんだと思っていました。





一番欲しいものではなく、


「私にはこのくらいでいいかな」


と選ぶようになったんだ、と。





ところが今回、改めて昔のことをいろいろ思い出していたら……


全然違った🤣





確かに、自転車など、


特に「これが欲しい!」とピンと来るものがないときには、


「これくらいでいいや」


と選んでいました。





でも、


本当に欲しいものを見つけたときの私は、まったく遠慮していなかった。笑





バイクなんて、


予算よりずいぶん高かったのに、


「私はこれがいい!これじゃなきゃ嫌!」


で、買ってもらっていました🤣


バイク用雨がっぱも、ブランドのカッコいいものじゃ無きゃ嫌って高いもの!お洋服もそう。





学生の頃は毎日違う服を着て学校へ行きたくて、


普通に伊勢丹へ行って、


雑誌に載っているブランドのお洋服ばかり買っていました。


Tシャツ1枚に2万円とか。


今の私の方が出せない🤣🤣🤣





しかも周りのみんながアルバイトして、自分で欲しいものを買っていた頃、


私はアルバイトすらしていませんでした。笑





両親に買ってもらっていた。


車も新車で2台買ってもらっています。


それなのに私は長い間、


「私は小さい頃から欲しいものを遠慮していた」


と思っていたんです。




何だったんだーーー🤣





どうして記憶が変わっていたんだろう




思い当たることがありました。


大人になって、


恋愛やお金のことで悩むようになりました。


大好きだったスピリチュアルや風水など、いろいろ試してみても思うようにならなくて、


シータやブロックバスターや潜在意識について学び始めました。





そこで、


現在抱えている問題には幼少期が関係している。


特にお金については、両親がお金についてどんなことを言っていたのか、どんな価値観を持っていたのかが影響する。


そんなことを学びました。





そこで私は、


「私がお金に困るようになった原因は、子どもの頃にあるはず」


という目で過去を探し始めたんです。





そうすると……


ちゃんと見つかるんですよね。


「あ!そういえば私、自転車を選ぶとき遠慮した!」


これだ!!





そしていつの間にか、


「私は子どもの頃から、両親に負担をかけないように欲しいものを遠慮する子だった」


という物語になっていた。





でも今回、原因を探すためではなく、ただ昔のことを思い出してみたら、


「あれ?」


となった。


両親自身も、欲しいものや良いものを買っていました。


借金をすることもなく、


家も車も現金で購入するような人たちでした。





そして私自身も、


欲しいものがハッキリしているときには、ものすごく堂々と欲しがっていた🤣





都合よく「遠慮していた記憶」だけをすくい上げて、


今抱えている問題に辻褄が合うように、


過去の私の物語を作っていたんですね。





もちろん遠慮した場面も本当にあった。


だから記憶そのものが嘘だったわけではありません。


ただ、


たくさんある記憶の中から、今の自分の考えに合うものだけを採用していた。





人間の記憶って面白いです。





「変われていない私」も同じだった




そして、もっと大きなことに気づきました。


私は長い間、


いろいろなことを学んできたのに、


人生にはまだ問題がある。


身体にもまだ不調がある。


お金についてもまだまだ。


人の目だって気になる。


だから、


「私はこんなに学んだのに、まだ変われていない」


と思っていたんです。





スピリチュアルなことを発信するにも、


「私なんてまだまだ」


という気持ちがどこかにありました。


でも……


これも同じじゃない?🤣





変わっていないところだけを見ていた。


私はちゃんと変わっていたんです。


休むことを許せるようになった。


何もしない時間を楽しめるようになった。


眠ければ寝る。


身体が休みたければ休ませる。


薬に頼ることへの抵抗も減った。


スキオだけで何とかしなきゃ、と思わなくなった。





身体にできないことがあると、


「何なの、この身体!」


と怒っていた私が、


今では、


「携帯持ててる♡」

「文章打ててる♡」


と喜んでいる。





そして、


「私は存在しているだけで価値がある」


ということも、


以前よりずっと感じられるようになった。





めちゃくちゃ変わってるじゃん🤣✨





なのに、


変わっていないところを一つ見つけては、


「ほら、まだダメ」


とやっていた。






だから、感謝ワークを丁寧にやってみようと思う




感謝って、


願いを叶えるために無理やり


「ありがとうございます✨」


と言うことじゃないのかもしれません。





私にとって今の感謝ワークは、


すでにあるものを、ちゃんと“ある”と認識すること。





携帯を持ててる♡


今日も歩けた♡


ご飯がおいしかった♡


夫と笑った♡


好きなものを好きと言えた♡


昨日だったら気になっていたことが、今日は気にならなかった♡


今日もひとつ、自分のことを知った♡





そんな、


もうあるもの。

もう変わったところ。


を丁寧に見つけてあげたい。






今が、次の現実をつくる




これが最近、


「引き寄せ」について私が感じていることです。





引き寄せって、


何もないところから願いを出して、


未来から何かを引っ張ってくることだけじゃないのかもしれない。





今、何を見ているのか。


「まだない」ばかりを見れば、


今はずっと「足りない私」になる。





でも、


「これもある♡」


「こんなに変わった♡」


「これもできる♡」


をちゃんと見てあげたら、


今が「すでに豊かな私」になる。





そして、その今の私が、


次に何を選ぶのか。


何を望むのか。


どんな行動をするのか。


それがまた、次の現実につながっていく。





だから、


今が、望む現実をつくっていく。


私は今、そんなふうに思っています。






今も幸せ。でも、もっと欲しい♡




そしてここも、以前とは変わりました。


今に感謝するからといって、


欲しいものを諦めなくていい。





私は今も幸せ。


でも、


ゲレンデも欲しい♡

豪邸にも住みたい♡

もっと稼ぎたい♡

もっと自由に動ける身体も味わいたい♡

まだまだこの世界を楽しみたい♡


それでいい。





「今が足りないから欲しい」


ではなく、


「今もこんなにある♡

そして私は、これも味わってみたい♡」





私はこれから、そんなふうに欲しいものを遠慮せずに言っていきたい。





ずっと、


「もっと変わらなきゃ」


と思っていたけれど、


もしかしたら必要だったのは、


もう変わった私を、ちゃんと見てあげること


だったのかもしれません。





そして……


記憶を掘り返せば掘り返すほど分かってきました。





私、


最近ゲレンデになったんじゃない。





昔からゲレンデでした🤣🚙✨





一時期、


自分の車種を忘れていただけだったみたいです♡











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こんにちは
マザータッチ萩原雅子です👩‍🔬✨🧪✨







私、ゲレンデだったんだ!!

「良い娘」を降りたら、本当の私の車種を思い出した✨✨






小さい頃から私は、

「良い娘」でいようとしてきたんだと思います。

怒られないように。
否定されないように。
バカにされないように。
嫌われないように。

ちゃんとしていよう。
相手が喜ぶ私でいよう。




やんちゃで気が強くて、好奇心旺盛で、怒られるようなことばかりして来たから、

もう怒られ過ぎて!笑

いつの間にかそんなふうに、周りを見ながら少しずつ自分を調整してきました。




でも最近、ふと思ったんです。

これってまるで、

自分が乗ってきた車が、何の車種だったのか分からなくなっていたみたいだなぁって。




本当は大きな車なのに、

「もう少し小さい方が迷惑にならないかな」

本当は馬力があるのに、

「そんなに飛ばしたら怒られるかな」

本当は存在感があるのに、

「もう少し目立たない方が好かれるかな」





そうやって周りに合わせて改造し続けていたら、

いつの間にか、

「あれ?私って、そもそも何の車だったっけ?」

ってなっていた。笑





否定されたくなかった私



お盆に父と話していた時のこと。

父が、

「年をとると、若い人が何を話しているのか分からなくなって寂しくなる」

と言いました。

そして、

「お前にそれが分かるか?」

と。





私は、

「分かるよ!一緒だよ!」

と答えました。




ところが父から、

「特にお前が全然人の話を聞かない!」

みたいなことを言われたんです。




むかつくーーー💢笑




しばらくモヤモヤしていたのですが、そこで気づきました。

あ!私、まだ「否定されたくない」という軸で生きていたんだ。




母や兄や義姉は、父の話を「うんうん」と優しく聞いています。

でも私は、

「またぼやいてるなー」

なんて思いながら、

「分かるよ、一緒だよ!」

と言っていた。





言葉では肯定しているけれど、心の中では父を否定していたんですよね。

見抜かれてたーーー🤣





でも、もっと面白いことを思い出した



そこまで考えて、

「あ!」

と思い出したことがありました。





父と私、結局そのあともワーワー言い合っていたのですが、

父が最後に、

「いいねー。こういう話し合い、楽しい」

って言ったんです。




そうだった🤣

父はただ、

「うんうん、そうだね」

と聞いてもらいたい人じゃない。




答えを知りたい。
考えたい。
納得したい。

だから私と話したいんです。笑




実は以前にも、父が長年抱えていたことを私と話していて、ものすごくスッキリしたことがありました。

どうやら父……

味をしめたらしい🤣




「雅子と話すと何か分かる」

と思っているのかもしれません。笑




だから、

「お前は話を聞いてくれない!」

と言いながら、

私とワーワー議論するのが楽しい。




そこでまた一つ分かりました。

否定されないことと、愛されていることは同じじゃない。




意見が違ってもいい。

ムカついてもいい。

「それ違う!」と言い合ってもいい。

それでも関係は壊れない。

むしろ、

あなたと話したい。

がある。




「否定されない私」を作らなくていい



私はずっと、

否定されない私になれば安心できると思っていたのかもしれません。




良い娘。
ちゃんとした人。
役に立つ人。
結果を出す人。
すごい人。




仕事をしていた頃も、

オリジナルメソッドを作りたい。

結果を出せる人になりたい。

すごい人になりたい。

そんなものを、知らず知らず追いかけていました。




ずいぶん前にそれには気づいていたので、もう手放したつもりだったんです。

でも最近、

まだ設定したままだったーーー🤣

と気づきました。




だから改めて、

「否定されたくない」
「すごい人でなければ価値がない」
「できる私でなければならない」

そんな古い設定をポイっとして、

「私は存在しているだけで価値がある」

を新しく設定しました✨✨




そうしたら、身体を見る目まで変わった♡

以前の私は、身体に少し痛みが出たり、できないことがあると、

「何なの、この身体!」

ってすぐ嫌になっていました。




できないところばかり見ていたんです。




ところが今は、

携帯持ててる♡
文章打ててる♡
今日も動いてくれてる♡

って思う。




治ってから感謝するんじゃなくて、

今の身体にも、もうありがとうが言える✨




不思議なことに、そうなってから私はとても調子がいいんです。

感謝したから治る、なんて単純な話にしたいわけではありません。

ただ、

「ちゃんと良くなってる?」
「ここはまだダメ」
「もっとできるようにならなきゃ」

と身体を監視して採点することをやめたことで、

私自身がずいぶん緩んだのだと思います。





そして最近、気づいた



そんなふうに、

「良い娘」
「否定されない私」
「すごい私」

を少しずつ脱いでいったら、

なんだか本来の自分が見えてきました。





そして思ったんです。

あれ?
私ってゲレンデだったんじゃない?🤣




ずっとゲレンデに乗りたいと思っていました。

でも外側の車を欲しがる前に、

私自身がゲレンデだった。笑




大きくていい。

存在感があっていい。

ちょっと扱いにくくたっていい🤣

みんなに好かれる必要もない。

小さくまとまる必要もない。





父に、

「お前は人の話を聞かない!」

と言われたって、

はい♡ゲレンデだからね♡

くらいでいい。笑





自分の車種を思い出す



もしかすると私たちは、

新しい自分にならなくてもいいのかもしれません。



誰かに愛されるために、

もっと美しくならなくても。

もっと優しくならなくても。

もっとすごい人にならなくても。

周りに合わせるために改造し続けて、

分からなくなってしまっただけ。




「私って、本当はどんな人だった?」

それを思い出していくだけなのかもしれません。




そして自分の車種を思い出したら、

その車を好きな人と走ればいい✨✨




全員に、

「素敵な車ですね」

と言ってもらわなくていい。




否定されないように生きるのではなく、

どんな私でも、愛されていい。




そして何より、

私はこの私を好きでいていい。




51歳。

長いこと車種不明で走ってきましたが、

ようやく分かってきました。




私、

ゲレンデだったみたいです♡🤣✨




さて。

あとは本物のゲレンデがやって来るのを待つだけです🚙✨笑










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マザータッチ萩原雅子です👩‍🔬✨🧪✨





「治って、何でもできる身体になった♡」と決めた日






すごい私、生まれ変わりました😎✨✨




何度も生まれ変わったと言ってきましたが、

またまた生まれ変わりました♡笑





でも今回は、考え方がひとつ変わったというより、


これまで私の人生を動かしてきた

“土台”そのものが入れ替わったような感覚です✨✨


 




7月頃から、私はゴロゴロしながら、


身体が緩むから、本音が聞こえる。

身体が安心しているから、学びも腑に落ちる。


そんな体験を重ねてきました。





これまでにもたくさん学び、

頭では理解してきたつもりでした。


でも、身体が緊張したままでは、

どれだけ素敵な言葉を知っていても、

身体の奥までは届いていなかったのだと思います。


 




希望の光を見つけた日




7月9日、強皮症に関する論文を読みました。


その中に、点滴治療だけで良い方向へ進んだ方がいることを知り、


「良くなる人がいるんだ✨」


と、初めて希望の光を見たような気持ちになりました。





難病と言われる病気は、

原因が分からなかったり、

治療法が限られていたり、


良くなった人を探そうとしても、

かえって怖い情報を目にしてしまうことがあります。




だから私はいつの間にか、


治ることを望むよりも、

これ以上悪くならなければいい。


今の状態を維持できれば十分。


そう思うようになっていました。





病気にも意味がある。

この経験だからこそ、できることがある。

今ある幸せに感謝しよう。


そんなふうに受け入れながら生きてきました。





もちろん、それらはすべて、

私を支えてくれた大切な考え方です。


でも私は、“立派な感謝”の奥に、


本当は治りたい。

元に戻りたい。

何でもできる身体になりたい。


という、とても自然な望みを隠していました。





今あるものに感謝することと、

もっと良くなりたいと願うことは両立するのに、


望むことさえ、どこかで遠慮していたのです。


 




受け入れることは、諦めることではなかった




私はこの身体で生きていることを受け入れていました。


でもいつの間にか、


“受け入れること”と

“治ることを諦めること”が、


一緒になっていたのかもしれません。






今の身体を否定しなくても、

治りたいと願っていい。


今ある幸せに感謝しながら、

何でもできる身体になることを望んでいい。





私の身体には、まだ変わる力がある。

私の身体は良くなる。

私は、治って何でもできる身体になった♡


そう決めました。


 




論文を読んだことをきっかけに、

毎日のように自分なりに考えたメニュー内容で、スキオをかけるようになりました。


そして、必要な治療の力も借りました。





2〜3年ほど治らず、

もうこのままなのかもしれないと思っていた潰瘍が、


9月1日には、ほとんど良くなっていました。





もちろん、ひとつのことだけで変化したとは言い切れません。


けれど私にとっては、


「この身体は、まだ変われる」


と、自分の身体から見せてもらった大きな出来事でした。


 




治すために、身体を見張るのをやめた



以前の私なら、


治すにはどうすればいい?

何が足りない?

今度は何をすればいい?


と、身体をずっと見張っていたと思います。





けれど今回は違いました。


「もう痛いの、嫌だな〜」


と思ったときに、


「あ、抗生物質を使ってみようかな」


と、ふっと思いついたのです。





使うまでは、ものすごく抵抗がありましたけれど♡笑


正解を必死に探して選んだのではなく、

身体を管理するためでもなく、


今の私を楽にしてあげるために、

自然に思いついたものを受け取りました。


 



最近、ウォーキングも再開しました。


これも、


治すために歩かなければ!

運動しなければ!


と始めたわけではありません。





「お腹が張るなぁ。歩いたら良いかも♡」


と、ふっと思いついたから歩いてみたのです。


そうしたら、めちゃくちゃ気持ちいい✨✨


歩いていると、いろいろな痛みが消えていきます。


気持ちが良いから、また歩きたくなる。

だから自然に続いています。





同じ“抗生物質を使う”でも、

同じ“ウォーキングをする”でも、


出発地点が、以前とはまるで違うのです。





以前は、


身体に異常がないか見張り、

原因と正解を探し、

治すために何かを自分へ課して、

結果が出ているか確認する。




今は、


身体の感覚を聞いて、

ふっと浮かんだことを試し、

心地よければ続ける。


すると結果として、身体が楽になっていく。





私はいつの間にか、


身体を管理する人から、

身体の望みを叶える人になっていました✨✨


 




「否定されないため」に生きていた私



そして8月、


さらに大きなことに気づきました。


これまでの私はずっと、


“否定されないため”に生きていたのです。





否定されたくない。

バカにされたくない。

価値のない人だと思われたくない。





だから私は、

もっと学ばなければ、

もっと成長しなければ、

もっと結果を出さなければと、


自分を動かし続けてきました。





私はずっと、それを向上心だと思っていました。


「今も良いけれど、もっともっと✨」


そんな前向きな気持ちだと思っていたのです。





でも、その奥には、


今のままでは足りない。

もっと頑張らなければ、また否定される。


という怖さが隠れていました。


 




自己否定から生まれる「もっと」は、

永遠に私を安心させてくれません。




どれだけ学んでも、

どれだけ結果を出しても、


「まだ足りない」

「もっと頑張らなければ」


と、また次のムチを持ってくるからです。


これでは繁栄しないわけです!笑


 



でも今は、少しずつ違ってきました。




自己否定から生まれる行動は、


「やらなければ」




自己受容から生まれる行動は、


「やってみたい♡」




同じことをしていても、

そこに流れているものが、まるで違います。





否定されないために証明する人生から、


愛されている私が、

この世界を楽しむ人生へ。





ムチで頑張る私から、


嬉しい。

楽しい。

気持ちいい。


そんな愛から動き、繁栄していく私へ。


 




身体は、直すべき故障品ではなく、相棒だった




私はもう、身体を監視する人ではありません。


身体は、直さなければならない故障品でもありません。


この世界を一緒に味わう、大切な相棒です。





治って何でもできる身体になるために、

必死で見張り続けるのではなく、


「私はもう、治って何でもできる身体になった♡」


と決めた私が、


今日の身体の声を聞き、

ふっと思いついたことをやってみる。


その順番になりました。





何かを達成できたら安心するのではなく、


安心している私から、

これから何が生まれてくるのだろう✨


今は、それがとても楽しみです。





私は、治ることを望んでいい。

元に戻ることを望んでいい。

何でもできる身体になると決めていい。


身体の可能性を信じることを、

もう遠慮しなくていい。





何度も学び、何度も口にしてきたことが、

ようやく身体の奥まで届きました✨





知っていたことが、

私の真実になりました。





すごい私、

またまた生まれ変わりました😎🩵🩵🩵✨








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マザータッチ萩原雅子です








📖 身体は魂の翻訳機

ーいのちのリズムを思い出す言葉ー




序章

身体は祈っている





第1章

Mother touchとは何か





第2章

Mother touchの約束





第3章

Mother touchが大切にしている5つのこと





第4章

Mother touchという生き方










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私があなたを整え、あなたが私を整えている。〜エッシャーの「描く手」とスキオ〜





先日、ふと気になったことがありました。


スキオを立ち上げると、

時々バック画面に現れる一枚の絵。





M.C.エッシャーの

「描く手」という作品です。




右の手が左の手を描き、

左の手が右の手を描いている。


どちらが描いている側で、

どちらが描かれている側なのか。


見ているうちに分からなくなるような、

不思議な絵です。





私はこれまで、


「なんでスキオにエッシャーなんだろう?」


くらいにしか思っていませんでした。


セラピー画面を開いてしまえば隠れてしまうので、

それほど気にすることもなく。





ところが先日、

たまたまエッシャーのこの絵が表紙になったノートを見つけました。


スキオで何度も見ている絵だったので、


「なんだかご縁を感じるなぁ✨」


と思ったものの……


正直、そんなにお洒落じゃない!笑


なので買おうか迷っていました。






でも、この絵について改めて知ってみると、

ものすごく面白かったのです。


右の手が左の手を描き、

左の手が右の手を描く。


一方が一方を作っているのではなく、

お互いがお互いを作っている。






これって、

セラピーにも似ているのかもしれないと思いました。




私はあなたに関わることで、

あなたに変化が起こる。


でも同時に、


あなたに関わることで、

私の中にも気づきや変化が起こる。




そして、

変わった私がまた次のセラピーに関わっていく。




私 → あなた


という一方向ではなく、


私 ↔ あなた


という循環。




そう考えた時、


スキオのNLPの中にある


「カルマ修行、被験者・セラピスト等のカルマ浄化」


という項目まで思い出しました。




セラピストだけが何かを与える人で、

クライアントだけが受け取る人ではない。


人と人が関われば、

そこには必ず相互作用が生まれる。


相手を見ているようで、

自分自身を見せてもらうこともある。




相手の身体や心について読み解いているうちに、


「あれ?これ、私にもある」


と、自分のことに気づかされることもある。





だから、


セラピーをしている私もまた、

セラピーという関わりの中で変化している。




それをエッシャーの二つの手が

表しているように見えてきました。




もちろん、


「スキオがこの意味でエッシャーの絵を採用した」


という公式な説明を確認したわけではありません。





でもスキオの画面を改めて見ていくと、


MindとBody。


セラピストと被験者。


部分と全体。


循環とバランス。





一方だけでは成立しないものが、

いろいろなところに散りばめられているように感じます。





私は長い間、


セラピストとは

「相手を良くしてあげる人」だと思っていたのかもしれません。




でも今は少し違います。


私はあなたを調律する。


そしてあなたとの出会いによって、

私もまた調律されていく。




変わった私が、

また誰かと出会う。


その人との関わりで、

また私も変わる。


そうやって循環しながら、

セラピーそのものも育っていく。





そう思ったら、


あのエッシャーの「描く手」が

急にとても愛おしい絵になりました✨





そして結局……


迷っていたエッシャーのノート、


2冊買いました✨✨✨笑





さらに勢い余って、

ゴッホの「星月夜」のノートまで♡笑




エッシャーのノートには、

これから私が研究していきたいことを書こうと思います。




人はどうしたら安心して生きられるのか。


身体はどこまで、

本来持っている力を引き出せるのか。




そして、


人と人が関わることで、

どんな調律が起きるのか。





スキオの背景に何気なく現れていた一枚の絵から、

こんなところまで話が広がるなんて。





やっぱり研究って面白い🧪✨





私があなたを描き、

あなたが私を描く。


完成することなく、

お互いに描き合いながら変わり続けていく。


もしかしたらセラピーも、

そんなものなのかもしれません✨











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