父親は64歳で亡くなっている。

もし私も64歳で死ぬとなると、そんなに猶予はない。

死なないかもしれないし、死ぬかもしれないし。

当たり前だけれど、何も先のことなどわかるわけもない。

 

数年前、とある病気を患った時に私は泣かなかった。

どうして泣かないのかと考えてみた。

失うものが無いから、残していく不憫な存在が無いから、

という考えに至ったのだった。

自分がいなくなるだけなら、別に悲しくなかった。

 

そりゃ、病気に対する恐怖や不安はあったけれど、

振り返れば言われたとおりに治療を淡々とこなしていた気がする。

幸いに早期発見で大事には至らなかったから、鬼気迫らなかったのかもしれない。

どこか他人事で、どこか遠くから見ている出来事のようで、

仕事以外に集中して出来る作業のようで変な話、少し楽しくもあった。

仕事、本当に嫌いだったんだなあ、、。

まあ、世の中のほどんどの社会人は仕事は嫌いでしょうがね。

 

年明けたら働き口を探さねばならないな。

履歴書なんて、20歳のころに就職活動で書いたきりだ。

どんなもんだっけかな。

記憶は全くない。

大丈夫か、こんなんで。

世の中、そんなに甘くないぞ。