風来坊
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一本の糸

頭の後ろに両手を組み
寝ころがった
――あのひともこの月を見ているだろうか?
このまま月の国へ行けたらいいのに――

ひとすじの哀しみをぬぐうと
月に雲がかかった
――同じ月を見ているということは
一本の糸でつながっているということだ――

不意に陽気になり
もいちど横になった
――たしかにつながっている
静かにこの糸をたぐり寄せていこう――

すると体が輝きだし
宙に浮いた
――おれは月になったんだ
いいぞ――

夜中に寒くて目覚めると
おれはおれだった
月にあいさつすると
月は優しくおれを見ていた
そして 伸びをすると
帽子を確かめて
ゆっくりと
やっぱり独りで
また歩き始めた

出航

そよ風が中日辞典を開く
すると砂浜の貝殻のように
たくさんの言葉が姿をみせる
『雨洗風磨』
海に錨を下ろすように
この言葉に立ち止まる

夏になったら海へ行こう
風に吹かれて
かなしみを砂にうずめて
心ゆくまで泳ごうじゃないか
そしていじわるな風が
かなしみを掘り起こしたら
中国の街の光り輝く屋根を想い
その緑なす草原を想おう
だからもう何も恐れるまい
クリーン・アップが内角のシュートを恐れぬように
革命家が絞首台を恐れぬように

雨風によって自分が洗われ磨かれるんだ
ならば弱音も吐くまい
すべてを許してみよう
あのひとに優しくしよう

淡いピンクの花びらが散るなか
錨を上げ
辞典を閉じて
おれは
出航した

おれ



まだ学校通っているときに
夏休みの宿題
いつまでも提出しないっていう理由で
先生にどつかれて
泣きながら家へ帰った
帰り道 電柱が
よかったら登っていけよって
なぐさめてくれた

でも おれ 登らんかった
登ったら また先生に
どつかれるって思ったから
登らんかった

それで 昨日登った
三十二になって初めて
電柱に登った

電柱に登ってみたら
そりぁいい気分やで
そして両手を広げたら
空を飛べた

三十二になって初めて
空を飛んだ
ちょっと遅かったかもしれないけど
とにかくおれも飛んだ
おれをどついた先生に見せてやりたかった
そしてこう言ってやる
どうや おれも少しは変わったやろ