Fountain of Maple
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Maple tree storys【五葉目】

全員が揃ったところで、私達はそれぞれ出発の準備に入る。

 準備――これは、修練場や各ギルドでも、徹底して教え込まれることだ。

 これを怠ったが為に、大怪我をしたり、命を失った者だって少なくはないのだ。

 戦闘不能時の街への緊急転送などによって、昔に比べたら冒険者の死亡率自体は大幅に下がっているとは言え、ゼロになったと言うわけではない。

 そして、その原因のほとんどは、自らの準備不足が招いたものだったりする。

 回復材を持っていかなかった。ピンチに陥ったときに、脱出用のハエの羽や蝶の羽がなかった――など、事前に準備をしっかりとしていれば、防げたものばかり。

 慢心や油断は自らの命を縮める。冒険者として生きていくためには、入念な準備というのは欠かせないものなのだ。

 ええと……ハエと蝶は基本として、緊急回復用の白ポーションに、これも忘れちゃいけないわねバーサクポーション。

 これは攻撃速度上昇効果を持つポーションの中でも最上級に位置するものだけれども、かなり修練を積んだ冒険者でなければ服用することを許されない、結構危険な代物だったりする。

 この類のポーションで、一般的に出回っているのは三種類。スピードポーション、ハイスピードポーション、バーサクポーションの順で効果も上がっていく。

 その他にも、職業によって使用を制限されている面もあったりする。

 たとえば、姉さん達プリーストはスピードポーションしか使用を許していない。

 これは癒しを本分とするプリーストが、あまり薬物に頼ったりするのは好ましくないと言う、戒律というかイメージというか、そんな感じの理由によるものだったりするのだけど……。

 まあ確かに、プリーストがバーサク飲んでハイテンションで敵を殴り倒している姿なんて、あまり想像したくないわよね……。

 以前ギルドメンバーに聞いた話によると、その反動からか、所謂殴りプリーストと呼ばれる人達は、アドレナリンラッシュを持っているブラックスミスの人とパーティーを組むと人が変わるらしい。

 アドレナリンラッシュ――鈍器を装備したときの攻撃速度を増加させる効果を持ったスキルのことだけれども、使った途端喜々としてひたすらに敵を殴りに行くのだとか……。

 ちょっと前まで楚々としてお淑やかな雰囲気だったプリーストが、高笑いしながら敵を薙ぎ倒していくギャップに、浮かれていた気分も一気に吹き飛んだとか涙していたわね。

 私達クルセイダーは、一応聖職者という部類には属しているのだけど、そこはまがりなりにも前衛職、敵を倒すのが仕事と言うだけ有って、バーサクポーションの服用は許されている。

 ちなみに、プリーストと対をなす、アコライトからの二次職であるモンクは、ハイスピードポーションまで。

 己を厳しく律し、自らの肉体を武器とすることを旨とする彼等からすれば、健全な精神がどうとか、過剰な薬物に頼ることなく自らの拳で切り開けとか、そんな理由でバーサクの使用を許していないらしいけど……。何というか、モンクって汗くさいイメージが抜けないのは、そこら辺にも有るんじゃないかしらね……なんて、私は思っていたりする。

 何度かモンクの戦い方を見せて貰ったことはあるけど、あれって結構出鱈目よね……。深淵の槍を正面から受け止めたりするし、私達が硬くて倒すのに苦労する敵を一撃で仕留めたりするし、挙げ句の果てには矢やら魔法が降り注ぐ中を平気な顔して歩いてきたりするし……。

 何というか、“気”とか“根性”で物事を何とかする姿に、色々な意味で凄いと思ったものだわ。

 ……何か話がずれたわね。

 とにかく、各職によってそれぞれ速度増加ポーションに対する扱いが違ったりするのだ。

 他には、アーチャーの時に飲めていたハイスピードポーションがダンサーになった途端何故飲めなくなるのよ~とか、直接攻撃なんかまずしないウィザードがバーサク飲めるのに、何故自分たちは飲めないんだーとか、攻撃速度増加ポーションに関しては、色々と悲哀交々だったりする。

 まあ、そんな話はこのくらいにしておくとして、他に必要な物は……と。

 相手の正体ががまだよく分かっていないみたいだし、念のため武器は少し多めに持っていった方が良いかしらね。

 不死系に効果的なファイヤランスに、各サイズ特化トライデント。現地に着くまでに、魔物と戦うこともあるかも知れないから、各種族に効く特化武器も持っていった方が良いかも……。

 ――ズラズラスラズラ

「ちょ、ちょっと姉さま……。それ全部持っていく気……?」

 レイアが私を見て、なんだか引きつった表情で言う。

「当然でしょう。準備は万端に、よ」

「そんな事言っても、槍……全部で十本くらいあるよ」

「ミア、相変わらずの槍マニアなんだなぁ……」

「槍マニア言うなっ。それに相変わらずって何よ。大体、全部で三十本くらいしか持っていないわよ、私は」

 呆れたような口調で言うシリューズをジロリと睨みながらも、槍を整理する手は止めない。

「それだけ持っていれば、十分に槍マニアだろうが。使っていない槍とかだって沢山あるだろ?」

「キチンと全部使っているわよ。属性槍とか、その日の気分によって違う制作者の物に変えたり……」

「そんな事しているのお前くらいだ……。普通は属性武器なんてそれぞれ一本ずつしか持たないだろうが」

「む……良い物は何本有ったって良いのよ。さりげない装飾とかがキラリと光る一品を見つけたら、それがすでに持っている物であろうと欲しくならない?」

「ならないな」

「ならないわねぇ……」

「ミア姉さま、やっぱり変」

 私の味方は居ないらしい……。

 べ、別に良いじゃない……。冒険者にとって武器は命とも言える物なんだし、自分のお金で買っている物なんだし。そりゃ、この間みたいに食費まで使っちゃってピンチになることもあったりするけど……。

「まあとにかく、武器は俺の方でも用意するから、そんなに持っていかないでもいいよ。お前が全部カバーしなくても良いだろ? お互いフォローしあえば、どんな敵が来ようと問題なしだ」

「……ま、それもそうね。少し気合い入りすぎていたかも……」

 久しぶりにシリューズと一緒と言うこともあって、少々気負いすぎていたようね。

 実は、ちょっとだけシリューズに良いところ見せたかった、なんて本音を言ったら、一体どういう顔をするかしらね。

 まあ、勿論そんな事を口に出したりはしないのだけども。

「あらあら、ミアちゃん何をクスクス笑っているのかな~?」

 うぐ、姉さんに気付かれた。どうやら自分でも意識しないで顔に出ていたらしい。

「な、なんでもないわよ」

「ふふっ、そう?」

 流石というか、姉さんにはお見通しと言ったところらしい。

 普段はボケボケとしている癖に、実は結構鋭かったりするから姉さんは侮れないわね……。

「あ、そうそう。そういえば、ミアちゃんに渡すものがあるんだった」

 持っていく槍を厳選していると、姉さんがポンッと手を叩きながら思いだしたように言う。

「ん、なに?」

「ええと……あれ? 何処にしまったかな……」

 荷物――と言っても携帯用亜空間倉庫のことだけど――を開き、その中を探し回る姉さん。いつも無造作に容量いっぱいまで詰め込むから、取り出す時に苦労することになるのよね……。

 これは、用意が良いとか言う部類じゃなくて、単にだらしがないだけだと思う。

「あれ? それって確か、俺が預かっていたんじゃ……」

 カプラ倉庫まで覗き始めた姉さんに、シリューズが後ろからそんなことを言う。

「ああ、そうそう。聖水とかいっぱい持ってきて重かったから、シリューズ君に持って貰ったんだった」

 パチンと手を合わせながら、エヘヘと照れ笑いを浮かべる姉さん。

 やっぱり、姉さんの本質はボケボケなんじゃないかと、こういう姿を見ていると思う……。

「それで、一体何持ってきたの?」

 シリューズは、カプラ倉庫から取り出した武器やポーションを一旦荷物にしまうと、代わりに一本の槍を取り出す。

「それはっ……」

 間近で見なくても感じる、槍自体から立ち上る焔の魔力。振るえばその業火によってことごとく敵を焼き尽くすという――

「ヘルファイアッ!」

 その独特な穂先を目にした瞬間、私は我を忘れたように槍に飛びつく。

「わぁ~わぁ~、どうしたのこれ? わぁぁ、凄いな~格好良いな~」

 多分端から見ていたら、私の目はこの上なく輝いていたと思う。

 魔槍と言えば、私はゼピュロスも持っているけど、このヘルファイアはそれに負けず劣らず強力な槍なのだ。

 何とかして欲しいと常々思っていたのだけど、露店の値札に並ぶ0の数の多さに、いつもため息をついていたのよね。

 それを今、こんな間近に見れるなんて……。

 昔、実家の宝物部屋に恭しく飾ってあるのを見たことあるけど……って

「姉さん、これってもしかして……」

 私が訊ねると、姉さんはニコッと笑って話し始める。

「お父様がね、もうそろそろその槍も使いこなせる頃だろうって。ミアちゃんもかなり強くなってきたしね~。聖騎士団から届けられる報告書にも活躍しているって書かれているみたいだし」

 ああ、お父様ありがとう~。家の力に頼らず、自分の力で何処までやっていけるか試してみたくて、半ば強引に飛び出した私ですが、この贈り物は素直に受け取らせていただきますっ。

 プライドだけでは食べていけない。人の好意は素直に受けろ。それが、ミリュウと共に幾多の貧乏生活をくぐり抜けた私の結論だったりする。

「ウフフフフフ……」

「うわ……今にも涎垂らしそうなほどにやけた顔で、槍に頬擦りしているよ、ミア姉さま……」

「大事に運んできてやった俺にも、少しぐらいお礼の言葉があっても良いと思うんだが、どうだろうか」

 あーあー、何も聞こえなーい。

 フフフフフフフフフ……ヘルファイア……フフフフ……。

 

 

 

 カプラ転送でフェイヨンに飛び、そこから歩きで例の場所まで向かう私達。

 山岳都市であるフェイヨンの周りは木々に囲まれ、山道に慣れていないと多少歩きづらいものの、風が木の葉を揺らす音や木漏れ日などで、とても気持ちが良い。

 森林浴の効果って言うのも、案外馬鹿にしたものではないのよね。

 フェイヨンは、魔物などとの戦いで心身共に疲れることが多い冒険者達には、格好の憩いの街でもあるのだ。

「なあ、ミア……さっきからずっと抱きしめているそのヘルファイア。そろそろ荷物にしまわないか……? フラフラ穂先が揺れるから危なくってしょうがないんだが……」

 シリューズが何か言ってるわね。でも気にしない。

「この剛と柔が絶妙なバランスで調和したフォルム、敵を完膚無きまでに焼き尽くさんとする単純でいて清冽な魔力の迸り、そしてこの肌に吸い付くような質感。ああ……この槍を見ているだけでご飯三杯は軽くいけるわね」

「いや、ごく一般的且つ常識的な冒険者である俺としては、いまいちその感想がよく分からないんだが……」

「ミア姉さまって、やっぱり変……」

「あんなに喜んで、やっぱり持ってきて上げて良かったわ~」

 今の私は無敵! 首都プロンテラの魔人ホルグレンだってぶん殴ってみせるわ。でも、武器破壊だけは勘弁だけどね。

「ねえねえ、ミア姉さま。そんなにその槍、気に入ったの?」

 レイアが私の前に出て、ちょこんと顔を覗き込むようにして、そんな事を訊いてくる。

「何よ、いきなり。まあ、ずっと欲しいと思っていたものだしね。格好良いし、強いし、露店の前で三時間ほど眺めていたこともあるし、何より攻撃と同時に魔力による追加ダメージが与えられるのが良いわね。あ、言っておくけど、だからって私は槍マニアとかそう言うのじゃないからね」

 何か後ろの方で、「これ以上ないほどの槍マニアだと思うけどな」なんて声が聞こえてくるけど、サラリと聞き流す。

 すると私の返事を訊いたレイアが、悪戯っぽい顔でこんな事を訊いてきた。

「だったら、もしシリューズさんとそのヘルファイア、どちらかを選ばなきゃ駄目ーとか言われたとしたら、どっちを選ぶ?」

「んな……なんて事訊いているんだよ、レイアちゃん」

 いきなり自分の名前が出された為か、少し動揺した声を上げるシリューズ。

「あら~、これは難しい問題ねぇ」

 面白そうに笑う姉さん。

「ハァ……何を訊くかと思えば……。そんなの言うまでもないでしょ」

 何やら、チラチラとこちらを見ているシリューズに、私はそっと笑みを返してあげる。

 安堵に緩む、シリューズの顔。

「勿論、ヘルファイアに決まっているでしょ」

 キッパリ。わたしは言った。

「……アーシアさん、妹さんを一発しばいて良いですか?」

「あらあら、女の子に手をあげちゃ駄目よ~?」

 そんな会話を交わす、シリューズと姉さん。

「冗談よ」

「いや、今のお前の目は半分以上本気だった」

「そんな事ないわよ?」

「微妙に視線を反らしながら言うなっ」

 久しぶりにからかうと面白いわね~。

 昔、ミリュウと三人一緒だったときも、こんな感じのやりとりをしていたものだった。

 私とシリューズがからかいあって、ミリュウがニコニコとそんな様子を見ている。

 あのころから変わらないシリューズを見て、なんだか嬉しくなる。

 もっとも、久しぶりと言ってもそう何年も離れていたわけではないし、ちょっと会わない間に変わってしまっていたら、それはそれで困るのだけど……。

 まあ、あまり続けていてシリューズが拗ねてしまっても何なので、この辺にしておいてっと。

 私は、ヘルファイアを荷物の中にしまうと、歩調を緩めてシリューズの隣りに並ぶ。

「そういえば、シリューズは今どんな仕事しているの?」

 離れてる間のことが知りたくて、世間話のつもりでそんな事を訊いてみる。

「そうだなぁ……。さっきみたいにプロンテラの見回りしながら道案内したり、喧嘩とかの揉め事を仲裁したり……」

「道案内ねぇ……」

「な、なんだよ。俺だって案内要員のところに連れて行くぐらいは出来るぞ。なんて言ったって、東西南北どっちに行っても案内要員はいるからな。中央の噴水の所にも居るし、そこまで連れていけば、万事解決だ」

「ハァ……」

 私は大きくため息をつく。

「なんだよ、その呆れたような目は……」

「普通はそのまま直接目的地に連れていってあげるものだと思うんだけど……?」

「べ、別に良いだろう。そうした方が結局早く着くんだから。それに、あれだ。折角案内要員が居るんだし、あいつらの仕事を取っちゃ可哀想だろう?」

 シリューズの方向音痴は筋金入りだしね……。きっと、相手をさんざん連れ回したあげく、日が暮れても着かないなんて事があったに違いない。

「それにしても、毎日プロンテラに篭もりっきりって言うわけでもないんでしょ? 狩りとかは行っているの?」

「う~ん、正直ほとんどプロンテラに居て、狩りには行っていないって言うのが実際のところだなぁ」

「鈍るわよ、身体」

「まあ、普段演習やらで散々しごかれてはいるし、そこまで鈍ってはいないと思うんだけど……」

「実践と演習は違うわよ。まあ、冒険者なんていつも危険と隣り合わせだし、周りの人の心配を考えれば、おとなしくそう言う風に過ごすのも有りだとは思うけど……」

 私も冒険者になるって伝えたときは、かなり渋い顔されたわね。

 とは言っても、反対はされなかったのだけど……。代々冒険者を出してきた家系というのもあるのかしらね。

 姉さんやレイアも冒険者資格を持っている事からして、渋い顔をされたのは、私が家を出ると言った所為もあるのかもしれない。

 世の中に冒険者と呼ばれる職に就いている人は沢山居るけれど、その中身はピンからキリまで様々だったりする。

 命の保証もされない魔境とも言えるところに出かけていって、一攫千金を狙う人。自らの力を高めるためにひたすら強い敵を求めてさすらう人もいるかと思えば、人を癒したり手助けすることに意義を見いだしてあちこちを駆け回る人もいるし、街の周りでポリンやらの弱い魔物だけを相手にして、ハーブやキノコを採取して生活している人だって居る。

 千差万別。それが冒険者という人達を表すもっとも相応しい言葉だ。

「まあ、最近ようやく騎士団の方の仕事にも余裕が出来始めて、冒険に出かけられるようになるかも知れないって言うところだな。これでも結構頑張っているんだぞ」

 得意そうな顔でニコッと笑うシリューズ。昔から私が好きな笑顔。

「へえ、じゃあ、これからは一緒に狩りに出かけたりすることも出来るかしら?」

 胸の鼓動が少しだけ高まったのを感じながら、私はそんな事を訊いてみる。

「そうだな。予定が合うようならそうしたいな」

 そっか、シリューズとまた一緒に居られるようになるんだ。

 そんな事を考えて熱くなった顔を隠すように、私は意識して何でもないように聞こえるような声でシリューズに言う。

「なら、今回の仕事でシリューズのお手並みを拝見って言うところね。私やミリュウの足を引っ張るようだったら一緒に行ってあげないわよ?」

 そんな憎まれ口を叩いてみる。

「任せておけって」

 ニヤッと笑って私の肩を叩くシリューズ。私もそれに応えて微笑み返す。

 そんな話をしながら、歩くこと数時間。ようやく私達は目的地に着く。

 さて、此処でいったい何が起こっているのかしらね……。

 

 

 

 

〈continued〉

Maple tree storys【四葉目】

「ハァ……」

 私は、プロンテラの裏路地を歩きながら大きくため息をついた。

「そんなにため息ばっかりつくと、胸が減っちゃうわよ?」

「減って堪りますかっ!」

 いきなりいい加減な事を言う姉さんに一言返すと、再びため息をつく。

「そぉ? でも、胸の大きさではミリュウちゃんに負けているんでしょう? そのくせ体重はミリュウちゃんより……」

「わーっわーっ、いきなりなに言い出すのよっ」

 慌てて、姉さんの口を塞ぐ。

「へ~、そうなんだ~」

 相変わらず姉さんにベッタリとくっついているレイアが、面白いことを聞いたとばかりに、ニヤニヤと笑いながら私の顔を見上げてくる。

「クッ……ホ、ホンのちょっとだけよ。ちょっとだけミリュウの方が胸が大きくて、ちょっとだけ私の方が体重がある。それだけの事よ。取りたてて騒ぐようなことでもないわ」

「ふ~ん、“ちょっとだけ”ねぇ……。でも、あんなに慌てて抑えたところを見ると……ププッ。ねえ、本当にちょっとだけ?」

 ニヤニヤニヤニヤ……

 こ、この子は……っ。あからさまに疑ってるわね。

「ちなみにわたし、具体的な数字を知ってるんだけど……言って良い?」

「良いわけないでしょうがっ。大体なんで知ってるのよっ!」

「えへへ~、お姉ちゃんはそれなりに偉い身分なので、聖騎士団で行われた健康診断の結果とかも自由に見れるので~す」

 こ、この姉は……さりげなく職権乱用しているわね……。

 ちなみに姉さんは、冒険者としての資格も持っているけれども、それよりかは大聖堂などで事務その他、新米アコライトの指導などの要職をこなすことが多い。言ってみれば管理職に近い立場だ。聖騎士団に当てはめてみれば、わたし達の上司と同じくらいの身分と言うことになる。

 まあ、こう見えてもやるときはきちんとやる人なので、あまり不安と言うことはないのだけど……。

 こんな風に時々おかしな事をするのが悩みの種よね……。

 念のため言っておくと、私とミリュウの差はそれぞれ数㎝・数㎏と言ったところだ。別にそんなに違うわけではない。まあ、微妙なコンプレックスなのは確かだけど……。

「でも、ミリュウちゃんに負けているとは言え、年々着実に育っているようで、お姉ちゃん嬉しいわぁ~」

「私の胸を見ながら言わないでよ……」

「この分じゃ、わたしもすぐに追い越されちゃうかもね」

 そう言いながら、何故か胸を張る姉さん。

 ……私としては、その90代を余裕で越しているサイズを簡単に超えられるとは思わないんだけど。

「そのゴツイのを脱げば、もっと成長率上がるかもよ?」

 悪戯っぽい笑みを浮かべて、レイアが私の鎧を指さす。

「なに言ってるんだか……。これがクルセイダーの正装。そう簡単に脱げるわけがないでしょう」

 それに、どの職にでも言えることだけど、冒険者としての機能のほとんどはこの鎧――各職の制服に集約されているのだ。

 冒険者達が、それぞれの職で一様に同じ格好をしているのもその為。

 先ほど言ったWISやカプラ倉庫のことに加えて、魔物達にやられたときにセーブポイントに帰還できるのも、この鎧に埋め込まれた魔力石有ってのものだし、その他冒険者同士で名前、ギルド名、PT名、職位などが誰から見ても分かるようになっているのもそれぞれの制服に登録された情報が有ってこそだ。

 つまり、この鎧は私達にとって命と同じくらいに大事なものとも言える。

 ……ミリュウは、良くそこら辺に放り出したりしているけど……。

 まあ、とにかく、そう言うわけで見た目がどうであろうとも私達はこれを着なきゃいけないわけだ。

 まあ、しばらく前のプリーストの制服みたいに、冒険者達の苦情によって多少変更が加えられる場合もあるみたいだけど……。

 それにしても、あの時はギルドの男共が落ち込んで大変だったわ……。

 ヴィンケルとかクーゲルが「プリたんのおパンツが見えなくなったーっ」とか、「オレ達の白い聖域がぁぁぁ」とか男泣きするし、他の人達もドヨ~ンと暗いオーラを体中から発散させたりしてたし……。

 全く、男って奴は……。

 まあ、気を取り直してっと……。

「それはそうと、まだ詳しく訊いてなかったけど、今回の仕事って一体どういうものなの?」

 私が訊ねると、姉さんは少し考え込むようにしながら話し出す。

「そう言えばそうだったわね。ええと、今回のお仕事はね、簡単に言えば、調査と結界の確認と言うところかしら」

「調査と確認、ね……」

「場所はフェイヨンから少し離れた小さな村。ミアちゃん知ってる?」

 姉さんがフィっと顔をこちらに向けて訊いてくる。

「知ってると言えば知っているけど……」

 これでもフェイヨン担当の駐在員。あの辺りの事は歴史も含めて大体把握している。

「でも確か、その村ってかなり昔に……」

「そう、なくなっているのよね。具体的に言えば、フェイヨン一帯に起こった大飢饉の頃にだけど」

 そう、今の時代になってすら天に召されることのない、あのフェイヨンダンジョンの魔物達の原因となった、あの大災害だ。

「それでね、あの辺りはキチンと浄化されて、以来住民の怨念や無念が誰かに利用されたりしないように大規模な封印が施されたはずなんだけど……」

 レイアが、続けてそう説明し始める。

 魂は清められ昇天したとしても、その人達の抱いていた強い思いはそのまま現世に残ったりする。何故なら、強制的に浄化させているからに過ぎないから。何せ数が多すぎる。村人それぞれに対してなんて、とてもじゃないけどそんな手間暇をかけていられないのだ。

 あの大災害の規模と亡くなった人の数を考えれば、そうしなきゃいけなかったというのは分かるんだけどね……。

「でも、最近その辺りで、どうも不穏な雰囲気が漂っているという報告が冒険者の人達からあったのよ。植物が不自然に枯れていたり、動物が惨殺されていたり……」

 レイアの瞳に、怒りと憐憫の情が浮かぶ。この子、動物好きだからね……。

「なるほどね。でも、そうなると被害として考えられるのは不死者関係でしょう? 私よりもやっぱりミリュウに来てもらった方が良かったんじゃないかしら」

 対不死・闇と言うことなら、私よりミリュウの方が優れている。ホーリークロスやグランドクロスなど、専用とも言えるスキルを修めているからだ。

 私はと言えば、ヒールは有るものの、ほぼ槍専門。特にそちらに秀でているというわけでもない。

「それはそうなんだけどね~。まあ、シリューズ君と一緒の時間を作ってあげようと言う姉心だと思って欲しいな~」

 姉さんが、ニコニコと楽しそうな笑みを浮かべながら、私の顔を覗き込む。

「ハァ……やっぱりそんな理由なのね。全くもう……」

「あれれ~、ミア姉さまったらそんなこと言いながらも、お顔が嬉しそうですよ~」

 からかうような口調で、レイアが私の脇腹を突っつく。

「こ、こらっ、なに言ってるのよ!」

 ああもう……二人して、なんか微笑ましそうな表情で私を見てるし……。

 シリューズかぁ……。確かに逢うのは久しぶりではあるのよねぇ……。

 剣士時代はミリュウと私達三人で色々なところに狩りに行ったものだけど、ここの所それもないし……。

 私はクルセイダー、あいつはナイトって言う職の違いもあるけど、シリューズがプロンテラ勤務で私達がフェイヨン勤務になったというのが大きいかしらね。

 冒険者と言うのは例外なく各職業に応じた団体に属している。クルセイダーだったら聖騎士団、プリーストなら教会、ハンターだったらハンターギルド、セージだったらジュノーにあるセージキャッスルと言った感じに。

 その内の多くの冒険者達は、所属だけしていて各自気侭に毎日を過ごしていたりしているけど、中には私やミリュウみたいに半分就職して、回されてくる仕事などをこなしている人達もいる。

 本来なら全員がそうあるべきなのだけれど、はっきり言って冒険者の手は余りまくっている。そこまでしないでも何割かの人手があれば事足りるし、管理もしやすい。

 剣士時代や転職時に成績の良かった人がスカウトされることもあるけれど、基本的には志願制。

 利点としては各職業ギルドから一定のお給料が貰えること。これが結構大きい。私達の場合は普段は冒険者として生活していて、聖騎士団からの依頼があればそれを優先してやるという形になっている。

 言ってみれば、自由とお金を両立した感じかしらね。その分お給料は歩合制に近いけれど……。まあ、自分のギルドとかを作ることもできるし、最低限のお金も入ってくるしで割と満足はしている。

 シリューズの場合は騎士団所属。なんだけど……此処は他よりも宮仕えする冒険者の数が多い。というのは、各街の治安維持が騎士団の役割になっているから。

 王国直属と言うこともあるし(まあ、私達の聖騎士団もそうだけど)職業柄そう言うことを目的としていると言うこともある。

 そんな訳で、シリューズもそんな冒険者のひとりと言うこともあって、プロンテラから余り離れるわけにも行かない。

 フェイヨン勤務になった当初に、離ればなれになって寂しかったと言うこともあって作ったギルドが結構大きくなってしまって、そちらに時間を割いていると言う部分もあるのだけど……。

 まあ、なんというのかしらね。今までずっと一緒にいた所為で離れたときは喪失感みたいなものに愕然としたけど、落ち着いて考えてみれば、多少の距離なんかものともしないほどの想い出もあるわけで……。

 それに最近は、ミリュウやギルドのみんなのおかげで、寂しさを感じる暇もなかったというのもあるかしらね。

 シリューズの方も、姉さんやレイアとか、私達以外の知り合いはこちらにいるから、余り寂しさは感じていないと思うんだけど……。

 ただ気がかりなのは、あいつってば人が良くて無自覚に優しさを振りまくから、その……何処かの女性に言い寄られたりしていないかな、とか……。

 い、いや、別に嫉妬とかそう言う事じゃないんだけど。ただ、気になるだけよ。うん。

 ましてや、あいつと恋人同士とかでは……。いえ、確かにそんな雰囲気になってはいるけど、はっきりと言ったわけでもないし……。

「あらあら、ミアちゃんの顔が真っ赤」

「ミア姉さまって、普段は何事に関してもクールっぽいけど、自分の恋愛に関しては奥手でウブだしねー」

 そこ! 何勝手なこと言っているのよっ。

「わ、私とシリューズに特別な事なんて、別にないんだからねっ」

「うふふ……。さて、カプラ前に来たけれど、シリューズ君は……まだ来ていないみたいねぇ」

 私の言葉をサラリと流しながら、辺りを見回して言う姉さん。

 だから、その「可愛いわね~」みたいな微笑ましげな笑みを浮かべるのやめてよ……。

「そろそろ待ち合わせた時間のはずだよね」

 レイアも、キョロキョロとしながらシリューズの姿を探している。

「まあ、もう少し待ってみましょうか。ほら、わたし露店でアイスクリーム売ってるの見つけたから買ってきたのよ~」

 そう言いながら、姉さんが荷物(例の亜空間倉庫のことだ)からアイスを取り出す。

 あれの良いところは、ものを入れたときそのままの状態で保管してくれるから、食べ物が溶けたり悪くなったりしないところよね。

 それにしても、少し気が抜けてしまったわね……。シリューズに逢えるって、少しその……楽しみにしていたし……。

 全くもう、あいつったら何やって居るんだか。早く来なさいよね。

 あぅ……アイス食べた所為で頭がキーンとするわ……。

 私達三人、カプラ周りでアイスを食べながら暫し時間を過ごす。

 けど、それぞれが食べ終わっても、まだシリューズは姿を見せない。

「来ないわねぇ……」

 姉さんが、頬に手を当てながら困ったように呟く。

 此処まで遅れているとなると、まさか……。

 私がその理由に思い当たったとき、向こうの角からシリューズが姿を現した。

「あー……ごめん。ちょっと道に迷って遅れた……」

 開口一番、そんなことを言う。

「迷ったって、あなたねぇ……何年プロンテラに住んでいるのよっ。方向音痴にも程があるでしょっ」

 そう……シリューズの欠点。それは方向音痴……。

「し、仕方ないだろ。プロンテラは広いんだし……」

 プロンテラはルーンミッドガッツ王国の首都だけあって確かに広いけれど、区画整理も徹底されていて大通りも多い。それにあちこちに案内員だって居るって言うのに……。

 それにあなたはプロンテラの警備も担当して居るんでしょうが……。そんなことで大丈夫なのかしらと、毎度の事ながら心配になる。

 昔一緒にいたときに待ち合わせしても、誰かが一緒でないと必ずと言っていいほど道に迷って遅れてきたし。

 こういうところはいつまで経っても変わらないのね……。

「ところで、シリューズさんのお隣にいるのは誰?」

 私も気になっていたことを、レイアが訊く。

 そう、シリューズは一人でここに来たのではなかった。

 シリューズの後ろにちょこんと隠れるように、マジシャンの女の子が立っている。

「ああ、うん、この子にね、此処まで道案内して貰ったんだよ」

 シリューズがそう言うと、ペコリとマジシャンの子が頭を下げる。

「二次職が一次職に頼るなんて……。ハァ、情けないわね」

「うっ、久しぶりにその冷たい視線を向けられたな……」

 冷や汗を流しながら、苦笑いを浮かべるシリューズ。

「あの……」

 そんな私達に向かって、マジシャンの子が怖ず怖ずと声をかける。

「うん? どうしたの?」

 姉さんが、微笑みながら訊く。

「わたしさっき、柄の悪い人に絡まれてしまって……。それでこの方に助けていただいたんです」

 チラッチラッとシリューズの顔を見ながら話す彼女。

 ……その頬が僅かに紅潮しているのは私の気のせいではないと思う。

 シリューズ……また無意識に女の子引っかけたわね……。

 あいつにしてみれば、仕事として当然のことをしたとしか思っていないんでしょうけど。

「そうそう、それでこの子が何かお礼したいって言うから、此処までの道案内を頼んだというわけで……」

 ぽりぽりと頬を掻きながら、私達に説明するシリューズ。

「相変わらずモテモテだねぇ、シリューズさん」

 レイアが楽しそうな口調で言う。

「レイアちゃん、からかわないでくれよ。そんなつもりで助けたんじゃないってば……」

 チラリと私の方を見ながら言い訳するシリューズ。

「でも、この間だって助けて貰ったお礼とかで、女の人が三人くらい騎士団に押し掛けてきたって……モゴモゴ」

 ワーッとか大声を上げて、シリューズがレイアの口を塞ぐ。

 ピクッと私の頬が引きつったのが自分でも分かる。

 さっき私が心配したことこのままになっている訳ね……。

 ジロッとシリューズを睨んだ途端、いきなりむにーっと後ろから頬を引っ張られた。

「まあまあ、それもシリューズ君の良いところのひとつな訳だし、気にしない気にしない」

 ムニムニと私の頬を弄りながら、姉さんが微笑んで言う。

「べふに、きにひてなんあいないあよ(別に、気にしてなんかいないわよ)」

「うふふ……そう?」

 楽しげな姉さんの声が耳元で聞こえる。

 それより、ほっぺた引っ張るのやめて……。目の前の、マジシャンの子が必死に笑いを堪えてるし……。

 うぅ……私はクールなイメージで居たいのに……。

「まあ、とにかくみんなと逢えたし、案内は此処までで良いよ。ありがとねマジ子さん」

 シリューズが、そう言って彼女に微笑みかける。

「ポッ……。そ、そうですか。お役に立ててわたしも嬉しいです」

 ますます頬を赤らめて俯く彼女。

 むっ……シリューズったらそんな調子だから……。

「あらあら、そんなのに膨れないの。スマイルスマイル~」

 私の頬をぷにーっと引っ張る姉さん。

 ハァ……もういいわ。あれがシリューズなんだと言われれば、頷くしかないわけだし……。

「それに、シリューズ君はミアちゃん一筋だから心配しないでも大丈夫♪」

 耳元で囁かれた姉さんの言葉に、私の顔が一気に熱くなる。

「わ……えっと……」

 ああ、もう……いきなりなんて事を言うのよ……。

 やっとメンバーが揃ったかと思えば、こんな調子。

 早く仕事を終わらせて、梅酒を目一杯飲みたい……。

 私はつくづくそんなことを思ったのだった……。

 

 

 

 

 

〈continued〉

Maple tree storys【三葉目】

【1】

 

 

 世の中、色々と納得行かないことが多い。

 先日の食糧危機を何とか乗り切り、プロンテラまで給料を取りに来た私――ミアリエル・シュワルゼスは、そんな理不尽な思いを抱えながら、王城近くにある聖騎士団本部にてデスクワークに励んでいた。

 ハァ……報告書やらなにやら、全く面倒くさいったらありゃしないわね。

 以前のフェイヨンダンジョンの事件以外、特に何事もなくフェイヨンの街が平和そのもの。報告する事なんて特にないというのに、書類だけはキチンと書かなければいけない。こう言うところが、宮仕えの辛いところだ。

 早いところ街に繰り出して、巷で人気のアマツ風カフェ『carriage road』で梅酒をご馳走になりたいところなのだけど……。

 全く納得がいかない。

 梅酒――アマツとの交易が始まって、此処ミッドガルドに入ってきたお酒なのだけど、あのサッパリとした後味と胸の奥をキュンッと突っつくような甘酸っぱさにすっかり虜になってしまった。

 今まではトマトジュースがこの世で一番美味しい飲み物だと思っていたけど、今では梅酒もそれに並ぶくらいお気に入りになってしまっている。

 ミリュウの奴は、不届きにもトマトジュースを毛嫌いしているけれど。全く……ヘルシーだし体に良いし、トマトジュースほど優れた飲み物は他にないというのに……。

 別にトマト自体食べられないと言う訳じゃないんだから、好き嫌いせずに飲むべきよね。

 わたしはそんなことを考えながら、向かい側で同じように書類を前にして難しい顔をしているミリュウの方に視線を向ける。

 その視線に気付いたのか、ミリュウも顔を上げて私を見る。

「ん? どしたの?」

「別に何でもないわよ」

「ん、そか」

 キョトンとした顔のミリュウにそう言うと、再び書類に目を落とす。

「ミリュウー」

 そして、そのまま顔を上げずに、ミリュウに話しかける。

「ん、なぁに~?」

「あなた、丸文字で書類書くの、いい加減どうにかしなさいよね」

「む~、癖なんだからしょうがないじゃない……」

 まあ、私達の上司はなにも言わないでいつもニコニコと書類を受け取っているけれど、改めた方が良いと思うわよ。

 ちなみに今いる聖騎士団の一室は、私達のような各街に派遣されているクルセイダーの為の執務室のような所だ。

 一応専用の部屋と言うことにはなるのだけど、此処にいつも居るという訳ではないし、実際は何人かのクルセ達が共同で使っているというのが実際の所。

 もう少し偉い人達は、ちゃんとした部屋を貰って、そこでお勤めしているけどね。

 ――コンコン

 その時、部屋の分厚いドアを遠慮がちにノックする音が聞こえてくる。

 誰かしら……?

 そう思いながら、返事をしようとしたとき、

「どうぞ、入っていらっしゃい」

 凛とした声でそう言ったのは、ミリュウ。

 顔も、いつものフンワリホニャッとしたものではなく、キリッと引き締まった表情に変わっている。

 そう……これも納得が行かないことのひとつ……。

 ミリュウは此処、聖騎士団では生真面目なお姉さんキャラで通っているのだ。

 普段は無邪気な言動の所為で子供っぽく見えるミリュウだけど、こんな風に真面目にしていれば、その顔立ちもあって結構大人っぽく見える。

 いつもは――私やギルドのメンバーと一緒にいるときは素を出しまくりのミリュウなのだけど、この聖騎士団にいる間だけは別人と言っても良いほどにキャラが変わるのよね……。

 これも猫を被っているっていうのかしら?

 ただ、そんなミリュウも、何故か上司の前では素の自分を出している。普通逆だと思うんだけどね……。

 以前、何故そんな風にしているのかと訊いたところに寄れば、『私が言ったから』らしい……。

 まあ確かに、せめて騎士団の中では少しぐらいキリッとしていなさいよね、と言ったことはあったけど、なにもここまで変わらなくても……と思う。

 何というか……むしろそこまで真面目に振る舞えるなら、普段からもう少ししっかりしてくれないものかと……。

 普段の、溜まり場近くの楓の木に寄りかかって涎を垂らしながら昼寝しているような姿なんか見せたら、きっと此処の子達腰抜かすわよ……?

 私がため息を履くのと同時にゆっくりとドアが開き、そこから怖ず怖ずと言った感じで、一人のアコライトが顔を覗かせる。

 聖騎士団は教会の方とも関係が深い。だから時々こんな風にアコライトやプリーストが訊ねてくることもあるのだ。

「いらっしゃい。何かご用かしら?」

 ミリュウが悠然と微笑む。

「あ、あああのっ、ししし、失礼しますっ!」

 ……何かものすごく緊張しているみたいだけど、大丈夫かしら、この子……。

「まあ……とりあえず落ち着きなさい。其処に腰掛けて」

 ソファーに手を向けながら彼女にそう言うと、私は書きかけの書類の上にペンを置いて立ち上がる。

「は、は、は、はいっ!! ありがとうごじゃいまふっ」

 右手と右足が同時に出ているわよ? そこまで身体を強張らせなくても……。

 苦笑しながら、ミリュウと一緒に彼女の側に行く。

 まだ新しいアコライトの制服。普段街で見ているものと少し違うところから見るに、冒険者ではなくて大聖堂で純粋に聖職者の修行を積んでいる子のようね。

 まあ、あそこは良くも悪くも純粋培養の子も多いし、同じ神に仕えるものとは言え、冒険者なんてやっている私達が怖くて緊張していると言うところなのかしら?

 仕方のないこととは言え、ちょっとショックかも……。

「ほらほら、そんなに身体を硬くしないでも良いのよ。リラックスして、ね?」

 柔らかな笑みを浮かべながら、ミリュウが彼女の背中をそっと撫でる。

「……っ!」

 ハッと息を飲む音が聞こえたかと思うと、ビクンと身体を固まらせる彼女。

「どうしたの?」

 私は身体を曲げて、彼女の顔を覗き込む。

「ミ、ミリュウ様の手が私の身体に……ミアリエル様の顔がこんな近くに……!」

 何かブツブツと言ってるみたいだけど、良く聞こえないわね……。

 見る見るうちに、彼女の頬が桃色に染まっていく。

「ふぅ……」

 いきなり彼女が倒れ込んできた。

「ちょ、ちょっと! な、なに!?」

 あわてて彼女の身体を抱き留める。

「ミ、ミア~、この子どうしたの……?」

 ミリュウが素に戻って、戸惑いながら訊いてくる。

「わ、私だって分からないわよ」

 ……と、その時、彼女がモジモジと身じろぎを始める。ほんの少し気を失っただけだったみたいね……。

「あ、気がついたみたい」

 ミリュウも私の横に並んで、彼女の顔を見つめる。

「……はぁ……」

 なにやら虚ろな瞳で私達を見ている彼女。

「なんか、凄く幸せな夢を見ています~……」

 そう呟いたかと思うと、私の髪に手を伸ばしサラサラと手に取ったりこぼしたりを繰り返す。

 冒険者なんてやっているけれど、毎日書かさず丁寧に手入れをしているこの髪は、私の密かな自慢だったりするのだけど……。

 一体何なのかしら……?

「ああ……匂いも香しいです……」

 何か今度は、髪に頬擦りをし始めたんですけど……。

 な、何なの、この子……?

 その時、ミリュウが何かに気付いたように、ドアの方に顔を向ける。

「ミア、部屋の前で誰かが……」

 そう、ミリュウが言いかけた瞬間……

「ず、ずるい! あたしもぉ!」

「ミアリエルお姉さまに、何やってるのですかっ」

 そんな声と共に凄い勢いでドアを叩き開けて、新たにアコライトが二人、部屋に飛び込んでくる。

「……様子を窺っているみたいって言おうとしたんだけど……」

 呆気にとられたように、呟くミリュウ。

 私はと言えば、いきなりな出来事に上手く頭が回らない。

「あ、え、えっと……?」

「ん……(チューチュー)」

「って、あなたはあなたで、何髪の毛吸ってるのよっ!」

 見れば、腕の中でウットリとしながら、私の髪を口に含んでる子もいるし……。

「あ、あたしもやるぅ~」

「だ、だめです! そんな畏れ多い……」

「ちょ、ちょっと、あなた達っ……」

 ああ、もう! 何なのよーーっ。

「とりあえず、みんな落ち着いて、ね?」

 ミリュウが、私達に詰め寄っているアコ二人を、抱き留めるような格好で優しく押さえ込む。

「はわっ!」

「あ……」

 すると、この二人も最初の子と同じようにピタリと固まってしまう。

 トマトのように真っ赤な顔をした二人は、ゆっくりと振り返りミリュウの顔を見上げると、クニャリと腰が砕けたように床に座り込んでしまった。

「あ、あら……?」

 流石にミリュウもいきなり二人分の身体を支えることは出来なかったらしく、引っ張られるように一緒にペタンと腰を下ろしてしまっている。

「はふぅ……」

「ミリュウお姉さま……」

 そして、そんなミリュウの身体に、それぞれウットリとした表情でもたれ掛かっている子と、胸の前で手を組んで潤んだ瞳で見つめている子。

「え? え?」

 もうイヤ……誰か私達に分かるように説明してよ、お願いだから……。

 

 

 そして、しばしの時間が経ち……。

 今、私達の向かいのソファーには、件のアコライトの子達が三人並んでちょこんと腰掛けている。

「あぅあぅ……私ってばなんて大それた事を……。てっきり夢の中の出来事かと……はうっ」

「ああっ、また気絶したりなんかしないで」

 私はまたしても倒れかけた彼女に声を掛けて、何とか気付かせる。

「す、すみません……」

 モジモジと小さくなる彼女。他の二人も、概ね同じ様な様子だ。

「ええと、つまりあなた達は……」

 ミリュウが、口元に指を当てながら彼女たちに確認する。

 まとめれば、こう言うことらしい。

 大聖堂にいたこの子達三人の所に、先輩であるプリーストがやってきて用事を言い付かった。

 聖騎士団にいるクルセイダー――つまり私達の所に、届け物をして欲しい。

 常日頃から憧れていた私達に会える事となった彼女たちは、舞い上がって大喜び。

 とは言え、三人で押し掛けるのもはしたなくて恥ずかしい。そこで、じゃんけんをして、誰か一人が代表で行くことにした。

 そして、最初の彼女が私達の元に来ることとなった訳だけど、他の二人も私達を一目見ようと部屋の外からコッソリと覗いていたらしい。

 そこで彼女が、私達に何とも羨ましいことをし始めたので、堪らず飛び込んできてしまったと……。

「は、はいぃ……」

「申し訳ありません……」

 ますます縮こまる彼女たち。

 まあ、何というか……

「憧れてくれるのは嬉しいけど、私達何処にでもいるような普通のクルセイダーよ? レベルはそれなりに高いのは認めるけど、特別何かしたという訳でもないし……」

「とんでもありません!!」

 最初の子が、いきなり立ち上がって叫ぶ。

 ビ、ビックリしたわ……。

「ミリュウ様もミアリエル様も、他の方たちよりずっと優れたお方ですっ」

「そうですぅ、そこらに溢れている有象無象の冒険者とは全然違いますぅ」

「その通りですわ。野蛮な冒険者達の中にあって輝きを失わないその気高さ、美しさ。ワタクシたちは皆、お姉さま方に可愛がっていただけることを夢見ているのですわ」

 ………………

 ……ええと、何か今、とても聖職者らしからぬ発言が聞こえたような気もするんだけど……。

 いや、それ以前に『お姉さま方に可愛がって』って……。

「あら、ありがとう。そこまで言ってもらえるとあたし達も嬉しくなってしまうわね」

 悠然と微笑みながら、先ほど淹れた紅茶を口に運ぶミリュウ。

 何でもないように振る舞っているけど、こめかみに浮かぶ密かな汗を私は見逃していないわよ。

「とても凛々しくて聡明なミリュウお姉さま、力強くそれでいて優雅なミアリエルお姉さま。はぁ……どんな者でも憧れるに決まっておりますわ」

 ぽわーんと夢見るような表情で続ける。あなた達……ミリュウに騙されているわよ。……私はともかく。

「お二人のことを考えるだけで胸の内が震えますぅ。そして今、こんな近くでお顔を拝見して、お声も聞けて……ああんもう、幸せ~」

 熱に浮かされたような表情で私達を見つめている。いや、そんな目で見られても困るんだけど……。

「ミアリエル様の御髪の感触……ミアリエル様の御髪の香り……ミアリエル様の御髪の味……。もう……最高でした……」

 そこっ、そんなこと思い出しながらウットリとするんじゃないわよっ。と言うか、味ってなによ……。

「ふふ……こんなに想ってもらえるなんて、光栄よね。ミア」

 私に振らないでよ……。

「まあ、嬉しいことは嬉しいけど……だからと言って、『可愛がる』とかそう言う風にはね……。普通に先輩後輩として接するのなら構わないけど」

「勿論分かっておりますわ。だって……」

 まあ、そうよね。いくら何でも本気で言っている訳じゃ……

「ミアリエルお姉さまのお気持ちは、ミリュウお姉さまただ一人に注がれているのですから」

 ……………………

 ………………

 ……はい?

「お二人は、お互いをとても想っていらっしゃいますから、私達がそこに入り込もうなんて事は……」

「ラブラブなのですぅ~」

 誰と誰が何ですって?

「ちょっ、ちょ、それって……」

 上手く言葉が出てこない。

「え、えーっと……」

 ミアも顔が引きつっている。

「汚らわしい男共には入り込めない、神聖な愛……」

「お二人の中は有名ですもの、いつかはそんな恋愛をしてみたいと夢見る者もたくさん居ります」

「みんなの憧れですぅ」

 そんな、一点の曇りもない眼で言われても……。

「ゆ、有名って……」

「はい、勿論、修道院で暮らすアコライトみんなが知っていますよ」

 ……あ、何か今、一瞬気が遠く……。

「ど……どこからそんな話が……」

「修道院での外の事は、あまりワタクシ達は聞き及びませんが、それでも時折噂として耳に入ってくることもございます。どこの誰が言い伝えると言うことでもないのですが、お姉さま方のお話はいつの間にかという感じで皆に……」

 以前からそれっぽい噂が立っていたのは知っているけど、何でそんな、尾ひれと妄想と願望を無制限に付けてブレスと速度増加をかけてレックスエーテルナで倍にしてバッシュで叩き割ったような内容になっているのよ……。

「修道院(あそこ)って男子禁制だもんねぇ……」

「ええ……そうね……」

「みんな純粋培養されてるもんねぇ……」

「ええ……そうね……」

「それでいて、若くて恋に好奇心旺盛なお年頃だもんねぇ……」

「ええ……そうね……」

「噂って、怖いねぇ……」

「ええ…………そうね…………」

 思わず素になってしまっているミリュウに虚ろな返事を返しながら、窓の外を見上げる。

 ああ……空が青いわ……。

 

 

【2】

 

 

 危ない道に身体半分以上入り込んでいるアコ三人組を何とか帰し、書類を割とやっつけ気味に仕上げて上司に提出した私達は、今プロンテラの大聖堂近くを歩いている。

 あのままあの子達と話していたら、なんだかもっと聞いてはいけないようなことまで聞いてしまいそうな雰囲気だったし……。

「梅酒とトマトジュースが無性に飲みたい気分だわ……」

「あはは……ビックリしたよね~……」

 聖騎士団を離れたのですっかり普段の調子に戻ったミリュウが、何とも言えないような表情で応える。

「ミリュウ……あなたまさか、あそこでいつもキリッとした風に振る舞っているのは、あの噂を知っていたからじゃないでしょうね?」

「もう……やあねぇ、そんな訳ないじゃないの」

「それなら、普段からもっとシャキッとしなさいよ」

「えー、だっていつもそんな事したら疲れるもん……。偶に、知らない人達の前でだけするから、何とか出来るの」

 全く、この子は……。

「まあ、良いわ……。とにかく『carriage road』で何か食べましょ。お腹も空いたし」

「えへへぇ。あんみつにモナカ、お寿司……なに食べようかしら」

 もう心は『carriage road』に飛んでいってしまっているのか、ほわほわと緩んだ笑みを浮かべながら歩くミリュウ。

「甘い物とお寿司を一緒に食べるのやめなさいよね……。見ているこっちが気持ち悪くなるわ……」

「うふふ~~ん♪」

 聞いちゃいないわね……。

「あらぁ、ミアちゃんにミリュウちゃんじゃない」

 そんな私達に後ろから声がかけられる。

 振り返ってその声の方を見てみれば……

「あ、アーシア姉さん、それに……レイア?」

 そこにいたのは、プリーストの服に身を包んだ私の姉、アーシア・シュワルゼスと、その腰に何故かしがみついている、妹のレイア・シュワルゼス。こちらはアコライト――見慣れた冒険者としての服を着ている。

 ちなみに、冒険者用のと他のではなにが違うのかと言うと、まず中身が違う。

 冒険者としての私達の鎧や制服には、なにやら古代のテクノロジーが使われているらしい。

 詳しいことはよく分からないのだけれど、そのおかげでWISが使えたり、PT会話が使えたりするらしい。個人の魔力紋による識別がどうとか……。

 私はウィザードやセージではないのでそこら辺の仕組みはいまいちなのだけど、とにかくそう言うものなのだそうだ。

 他にも、カプラサービスの倉庫技術を応用した、個人用亜空間――私達は回復アイテムや武器防具、収集品を入れるのに利用しているけど、そこに接続することが出来たりと、とにかく特別らしい。

 見た目もパッと見は同じなのだけれども、プリーストの場合サイドに大きくスリットが開いていたり――ここら辺は男女によってそれぞれ賛否両論だけど、とにかくどの職でも微妙に違いがあることが多いのだ。

「ちょうど良かった~。今から会いに行こうとしていたところなのよ」

 ポンッと胸の前で手を合わせる姉さん。

「私達に……?」

「正確にはミアちゃんに、なんだけど……」

 何かしら……?

「あ、そうそう、その前に、さっきあなた達の所にアコちゃん達を三人お使いに出したんだけど、もう会った?」

 そこで姉さんは、にこやかな笑顔で聞き捨てならないことを言ってくれました。

 アンタの仕業かぁぁぁぁぁっ!

「姉さんーーーーーーーーーっ!!」

「きゃっ……どうしたの?」

「はあ……もう、何であの子達だったのよ。おかげで……」

 知りたくもなかった事を知ってしまったわよ。

「なんだか二人の大ファンだったみたいだから、良かれと思って用事を頼んだんだけど……。あの子達が何かした?」

「……いえ、特に問題はなかったわ」

 うぅ、言えるわけないじゃない……あんな事。

「ミアちゃんもミリュウちゃんも、みんなに好かれているみたいで、わたしも嬉しいわ」

 悪気の欠片もないのは分かるけど、天然な姉を持つと色々と苦労するわ……。

「ところでレイア、あなたは何故姉さんのお腹に頬擦りしているのかしら?」

 なんだか猫のような口で、気持ちよさそうに眼を細めている。

「だって、アーシア姉さまのお腹、柔らかくて気持ちが良いんだもん~」

「あ、相変わらずシスコンなのね、あなた……」

「シスコンじゃないですよーだ。ミア姉さまの腹筋割れてそうなお腹と違って、ふにふにでふわふわで一度抱きついたら離れられなくなるような不思議な魔力が、アーシア姉さまのお腹にはあるんだもん」

「ミア……そうなの?」

 ミリュウがズザッと後ずさる。

「失礼なこと言わないでよ! 割れてなんかいないわよっ!」

 多少筋肉付いて引き締まっているとかは思うけど、そもそも前衛と支援を比べること自体間違っているでしょうが……。

「そうよねぇ~、一緒にお風呂入ったときとか見たことあるけど、むしろ横腹とかにはプニプニとしたお肉が付いてたりしたもんね」

 ミリュウ……後で覚えていなさいよ。むしろあれだけ甘い物食べまくって太らないあなたがおかしいのよっ。

「はぁ……幸せ……(スリスリ)」

「もう……とにかく話を戻しましょう。それで、私に何の用だったの?」

「そうそう、あのね、これからわたし達お仕事なんだけど、一緒に付いてきて欲しいなと思って」

 狩りではなくお仕事……つまり教会からの依頼と言うことは、不死者か闇の者関連と言う事ね……。

「わたし達これからゆっくりと食事でもしようかと思っていたところなんだけど……。聖騎士団の方から人員は出ていないの?」

「プロンテラ騎士団の方からは来てもらっているけれど、念のため……ね」

 クルセイダーじゃなくてナイトと一緒なのね。と言うことは、前衛はほとんど護衛みたいなものって事か……。

「ミア、どうするの?」

 考え込んでいる私に、ミリュウが尋ねる。

「一応責任者がわたしで、レイアちゃんが補佐。流石に二人に応援頼むのも悪いから、ミアちゃんにお願いしているんだけど……」

「そうねぇ……」

「あ。あと……」

 姉さんが何やらニコニコと楽しそうに微笑み始める。

「一緒に行く騎士さんって、シリューズ君だからね」

「なっ……シリューズなの……?」

「特別にわたしからお願いしたのよ~。やっぱり知っている人の方が気遣いしなくて良いでしょう?」

 姉さん、ぼんやりしているように見えて結構策士だから……。さては、わたしを引っ張っていくために手を回したわね。

 シリューズ・アークトス。

 歳は私と同じで、所謂幼なじみの関係。お互いの家が親密だったおかげもあって物心付く前から一緒にいて、まあ一時期思春期やら何やら意識し合った所為で少し距離が離れた時期もあったけど、すぐに元通り。

 お互い冒険者になって、二次転職の時にそれぞれナイトとクルセイダーの道を選んだ。

 今では、その……何というか、友達以上恋人以下というか……。

 まあ、とにかく相方であるミリュウとは別の意味で、大切な存在であることは間違いない。

「ミリュウ……なにニヤニヤと笑っているのよ」

「べっつに~。あたしの事は気にしないで言ってきて良いよ~。最近会ってなかったみたいだし、この機会に、ね。うふふふふふふ~~」

「だから、その気味の悪い笑い方やめなさいって……」

 確かに、フェイヨンの駐在員になって一緒にいる時間も減ったけど、結構顔を見に来てくれてるし、そこまで会っていないと言うわけではないんだけど。

「ごめんなさいね、ミリュウちゃん。帰ってきたら今回の分も含めてご飯奢るからね」

「あはは~、気にしないで良いですよ~。あたしは、そうねぇ……ちょっと早くなっちゃったけど、妹たちの顔を見に家に顔を出そうかな」

 そう言えば、ミリュウの実家も私と同じプロにあるって言っていたかしら。

 確か三姉妹の長女で、親はいないとか……。

 そこら辺の事情に首を突っ込むのもアレなので、詳しくは訊いていないのだけれど。

「仕方ないわね。付き合うわ。待ち合わせは?」

「プロンテラ東のカプラさん前。もうそろそろシリューズ君も来ている頃だと思うけど……」

「それじゃ、頑張ってね~ミア」

 ミリュウが大きく手を振りながら、人混みに消えていく。

「ミア姉さまとシリューズさん、恋人同士なのみんなに教えたら、ミリュウさんと愛し合ってるなんて噂も立たないのにねー」

 レイアが私の横でボソッとそんなことを言う。

「あなたまでその噂知っていたの?!」

「あたりまえでしょ。みんなに広まっているんだから」

 フフンと生意気そうな笑みを浮かべるレイア。

「だったらその場で誤解を解いて欲しいわね……」

「みんなの夢を壊すわけには行かないもの。それに、もしそんなこと言ったら、シリューズさんプロンテラ中のアコライトから命を狙われちゃうよ?」

 ああ、今私はフェイヨン駐在で良かったと思ったわ……。噂が消えるまで、プロンテラじゃシリューズと一緒に歩けないじゃない……。

「とりあえず、行きましょうか……」

 わたし達は並んで歩き出す。

 何か、出発する前にどっと疲れてしまったわ……。

 空を見上げる。

 ああ……今日も太陽が眩しいわね……。

 

 

 

 

 

〈CONTINUED〉

Maple tree storys―First branch―

今日もフェイヨンに朝が来る。

 うむ、清々しい。

 清々しいのだが……

「だから、ナンパはプロ南に限るって。そこら中に可愛いプリたんやら凛々しい騎士子たんやら元気なハンタ子たんやらがウヨウヨ居るんだぞ。わざわざ探し回らなくても、よりどりみどりじゃないか」

「いや、お前は分かってない! ナンパはやっぱり狩り場で。これだ。初々しいアコたんや一生懸命な剣士子たん、ぎこちないアチャ子たんのピンチに颯爽と現れ、鮮やかに敵を倒してみせる。コイツに勝る方法はないな」

 朝から何を話しておるのだか、此奴らは……。

 いや、正確には昨日の夜中から、と言った方が正しいのだが。

 このような話だけで、延々数時間。全く……その熱意をもっと他の事に役立てろと妾は言いたい。

 ちなみに、延々とプロ南やらプリがどうとか言っているのが、我がギルドきっての軟派プリースト、ヴィンケル・ハイロゥ。

 その向かいで、狩り場やらアコをどうするやら言っているのは、ギルドの中でもヴィンケルと肩を並べるほどの女好きアサシン、クーゲル・セバスト。

 アサシンらしく、性能のみを追求した無駄のない体格。短く、無造作に切られた緑青色の髪。多少きつめの目をしているが、威圧感を与えるほどではない。そんな男だ。

 ちなみに、ギルドのマスター、副マスターであるミアとミリュウは、今日は月に一度の給料日兼報告日とかやらで、プロンテラの聖騎士団本部に出かけている。

 今日は、そんな一日な訳なのだが……。

「チッ、一次職マニアが……。頑張る女の子を後ろからそっと支援してやり、傷ついたら優しく癒してやる。これだろう」

「フンッ、男なら拳でアピールしろ。どんな敵でも即粉砕、お前はオレが守ってやる! そんな戦い方が良いんだろうが。二次職オタクは引っ込んでろ」

「なんだと、このロリコン! アコのツルペタな身体よりは、プリたんのムチムチボディだろうが! ハンタ子たんのおへそや騎士子たんの太ももは人類の宝だ!」

「ロリコン言うな、この年増好きが! 大体プリのスリットとか狙い過ぎなんだよ。露出すればいいってモンじゃない! アコたんの清楚さ、剣士子たんの健気さ、アチャ子たんの瑞々しさはあのキッチリとした服装にある。そう言う未だ青い果実こそがオレ達が守っていくべきものだ!」

 ………………

 ……あえて言おう。アホであると。

 それが、目の下のクマを作ってまで話すことかと。

 どうして、男共はこう……。

「あ……こんな所にいた」

 妾があまりの脱力感にため息をついたとき、そんな言葉と共に一人の女性が木の陰から現れる。

 フェネル・メッサー――ヴィンケルといつも行動を共にしているプリーストだ。

「今日はプリ祭に――」

「お、フェネル良いところに。我が幼なじみたるお前なら解ってくれるよな。騎士子たんやハンタ子たんの魅力を」

 フェネルの言葉を遮るように、ニコニコしながら立ち上がるヴィンケル。

「一緒に行く約束を――」

「うむ、そうだ、この際だからお前が身をもってプリたんのスリットの魅力をだな……」

 そして、ポンポンと肩を叩く。

 ――ふぅ……

 フェネルは諦めたようにため息をつくと、手に持っていたバイブルを地面に置き、懐に手を入れる。

 そして、そこから取り出した『何か』を手にはめると、半歩身体を引き、身を思いっきり捻る。

 そして――

「えい」

 ドグォォォォォォォッッッッッッ!!!

「ゲフン!!」

 何と言うこともない掛け声と共に突き上げられた拳でヴィンケルの身体が吹っ飛ぶ。

 螺旋の動きで増幅された力を、つま先から拳へと無駄なく伝えるその技巧。

 うむ、本職モンクも負けない見事な一撃だな。

 滞空すること数秒。落ちてきたヴィンケルは白目をむいて気絶していた。

 流石に徹夜明けであの攻撃は耐えきれなかったと見えるな。

「あのぉ~……フェネルちゃん?」

 バイブルを拾って、パンパンと土を払っているフェネルへ、恐る恐る声をかけるクーゲル。

「何……?」

「ソノ、テニハメテイルモノハナンデスカ?」

 何故、片言……。

「カイザーナックル」

「神器じゃないかっ!!」

「手にいれてみた」

「手にいれてみたって……」

「お仕置き用」

 ちなみに神器とは、世界に数えるほどしかないと言う、とても貴重な武器の事だ。

 種類としては様々なものがあるが、少なくともお仕置き用とかそう言う理由で手にいれるものではない。

 フェネル・メッサー――なかなか侮れない女である。

「じゃ、この人つれて行くから」

「あ、ああ……。プリ祭、頑張ってきてね……」

 引きつった笑みを浮かべて、見送るクーゲル。

 ちなみにプリ祭とは、その名の通り、各地のプリースト達が会合する催しのことだな。プリーストだけで上級ダンジョンを制覇するなど、面白いことも色々やってるらしい。

「行ってきます」

 ズリズリと、ヴィンケルの有り首を掴んで引っ張っていくフェネル。

 いつもと変わらぬと見えたその顔に、ほんの僅か浮かんだ拗ねたような表情と、「楽しみにしていたんだから……」と言うそよ風にも消されてしまいそうな小さな呟きに気づいたのは、おそらく妾だけだろう。

 全く……しょうのない奴らだ。

「馬鹿なやつ……」

 残されたクーゲルは、どことなく面白そうな響きを含んだ呟きと共に、水辺にゴロリと寝ころんだ。

 そこへ近づいてくる話し声。

 アサシンとして鍛え上げられたその耳でその音を捕らえたのか、すぐさま体を起こしその方向へ身体を向ける。

 暫し後に姿を現したのは、ローグとダンサーの二人組。

「あー、おはよ~~」

 クーゲルの姿を見つけると、ダンサーがパタパタと駆け寄ってくる。

 フワリと癖の付いた薄紅梅色の髪を揺らし、満面の笑みを浮かべている彼女――ノノカ・シュライバーはそのままの勢いでヴィンケルにタックル。本当は抱きつくつもりだったのだろうが……。

「ゲフンッ」

 お~、ヴィンケルの身体が木の葉のように……。

 しかし、クーゲルは空中で姿勢を正すと、そのまま華麗に降り立つ。

 流石アサシン。身の軽さでは右に出るものは居ないな。

 ……しかし、我がギルドの男共はよく宙に舞うものだ……。

「わー、すごいねぇ。クーちゃん逢うたびにいっつもクルクル回っていて楽しいねぇ」

「いや、何というか……」

 曖昧な笑みを浮かべるクーゲル。まあ、本人は自分が吹っ飛ばしている自覚がないしな……。

「どうして、ウチの女共は見かけに寄らずパワフルなのが多いんだか……」

「ん? 何か言った?」

 クーゲルはそれに答えず、ノノカの頭にポンと手を置き軽く撫でる。

 この、ノノカという女性。一言で言えば小さい。クーゲルの胸までほどしかない。クーゲルの背丈もごく標準的なものなので、他の皆と一緒にいても此奴だけ子供に見えるほどだ。

 これでも、ミアやミリュウと同年代らしい。だが、見た目と同じで行動も子供っぽいのでいまいちそうは見えないのだが……。

 クーゲルに懐いていて、よく後を付いて回っている。クーゲルも満更ではないようで、共に狩りに行ったり趣味装備を買ってやったりで、よく面倒を見ているようだ。

 傍目には仲のよい兄弟のようにも見えるが、一緒にいるときのクーゲルの表情の緩み様を見ていると、ヴィンケルの言う『ロリコン』と言うのもあながち間違っていないようにも思えるのだが?

 そのとき、クーゲルの背後にいきなり気配が生まれる。

「隙有りっ。バックスタブ!」

 スパーーーーンと、とても良い音がした。

 ローグの放つ問答無用の必中攻撃。相手の背後から放たれるその一撃は、いかなる相手とて回避を許されない。

 先ほどノノカと一緒にいた女ローグ。スターシア・レエルがそこに立っていた。

 切れ長の目を楽しそうに細め、長く伸ばした牡丹色の髪を朝の風に揺らしている。

 手には何故か蛇腹状に折り畳んで細長くした紙を持っている。

 確か、何処ぞの魔物からあのような物が収集品として手に入った気がするのだが。

「ふっふっふ、流石のアサシンと言えどもこの攻撃は避けられなかったようだねっ」

 勝ち誇ったように腰に手を当て、手に持った武器(なのか?)を天に掲げるスターシア。

「わー、クーちゃんの目がぴよぴよしてる。面白いねぇ」

 ものの見事にスタンしているな。

「こ、この野郎……」

 お、復活しおった。

「わざわざトンネルドライブで近づいてきやがって……。いきなり何をするかっ」

「油断大敵ってやつさね。いちゃついてて周りの警戒を怠るなんて、アサシンのとしちゃ三流だよ?」

「誰がいちゃついているんだよっ」

「アンタだよアンタ」

 ピシピシと手にした獲物でクーゲルの頭を叩く。

「いちゃいちゃ~」

 言葉に詰まるクーゲルの腰に、ニコニコしながら抱きつくノノカ。無邪気である。

「オレはギルメンとして、ごく普通にコミュニケーションを取っているだけだ」

「ごく普通に……ねぇ」

 呆れたような目をしながら、視線を下に向ける。

 真面目を装った表情とは裏腹に、忙しなく動いてノノカの髪を梳いたり頬を突っついたりしているクーゲルの手。

「うはー、くすぐったいよぅ」

 ノノカがクーゲルの腹に顔を擦り付けている。

 お互い暫し沈黙……。

「このロリコン」

「ロリコン言うなっ」

 先ほどのバックスタブよりも鋭く放たれた言葉に、即座に反応するクーゲル。

 いや、いい加減認めろ……。何処をどう見てもそうとしか見えん。

 そんな妾の声が聞こえるはずもなく、クーゲルは往生際悪く言い訳を繰り返している。

「まあ、そんなことはどうでも良いんだよ。お前が手に持っているそれ。いったい何処から盗ってきた」

 旗色が悪くなってきたところで、クーゲルが強引に話題を変える。

「いきなり人聞きの悪いこと言うわね……。まあ、間違っちゃいないけど」

 スターシアは手に持った物をブンッと軽く振る。

「龍之城ダンジョンにいる猫っぽい奴からスティって来たんだけどね。思いの外、手に馴染むんだ、これが」

 ふむ、少し前に航路が開拓されてと言う洛陽にあるダンジョンのことか。

 噂によれば、とある男の頼みを聞くことで行ける高台の上で結婚の申し込みや告白をするのが流行っておるのだとか。

 そこから叫べば辺り一面に声が響くので、告白の内容は皆に筒抜け。一世一代の大勝負に燃える男女に人気を博してると言う。

 うむ。若いというのは良いことだ。まあ、皆に祝福される一方、やっかみ半分の嫉妬を買うこともしばしばだそうだが。

 妾はそんな話を思い出して、一人苦笑する。

「龍之城ダンジョンねぇ……。あそこは大して美味くないと思ったが……。何しに行ったんだ?」

「ん、ちょっとヒェグンからsシューズを盗りにね。いつものごとくフェイヨンダンジョンでムナックからブン捕ってもよかったんだけど、たまには気分転換も兼ねてね」

「ほぉ~、んで、首尾は?」

 クーゲルがノノカの髪を弄りながら訊ねる。

「上々。ほら、三足も手にいれたよ。ついでに行きがけに倒した虎人からスパイク一個と、街に入る前のマンティスからもカードがぽろりと。ウハウハだね」

 見れば、クーゲルがガックリと項垂れている。

「あれれ? クーちゃんがなんかプルプルしてるよ」

「何だ、その出鱈目なレア運はっ! お前この間もヒドラカードとか出していただろうがっ」

「あっはっは。あたしゃ普段の行いが良いから」

 手に持った扇子もどきで、パタパタと扇ぎながら笑うスターシア。

「ローグの行いが普段から良くて堪るかっ。畜生……オレなんか此処一月さっぱりレアなしだって言うのに……」

 まあ、アイテムやら金やらを盗んだり。町中で落書きしたり、不意打ちしたりするしな。

 そのアウトロー振りとは裏腹に、存外良い奴が多いのも確かなのだが。

「お前、実は他の奴からレア運スティールしてたりするだろ……」

「ふふん、何か負け犬の遠吠えっぽい声が聞こえるねぇ~」

 クーゲルが恨みがましい視線を向けたりするが、対するスターシアは涼しい顔だ。

「クーちゃんガンバっ。なでなで」

 そしてノノカに慰められたりしている。

「トホホ……。同じシーフ系なのになんだこの差は……」

「盗み関係はローグに任せておけって事。ほらほら愚痴ってないで立った立った」

 スターシアはクーゲルの襟首を掴んで引っ張り上げると、手の物を押しつけて背を向ける。

「そんなこと嘆いている暇があったら狩りに行く! 商人達と違ってあたしたちゃ街にいたってレア物は手にはいんないんだから。あたしのレア運にあやからせてやるからさっさと用意しな」

「あ~、わたしも一緒に行く~~」

 ピョコンと飛び跳ね、スターシアの服の裾を掴むノノカ。

「はぁ~……頼られるならともかく女に頼るって言うのがオレのポリシーに反するが……。この際贅沢は言ってられないやな。そろそろ新しい装備も手にいれたいし」

 立ち上がって、二人の横に並ぶクーゲル。

「何言ってるんだか……。何なら、あたしからさっきのシューズでも盗んで見るんだね。そう簡単にはやらせないけど」

 クスクスと、クーゲルの顔を見ながら楽しそうに笑うスターシア。

「ちっ、今に見ていろ。いつかギャフンと言わせてやる……」

「ギャフンって言い方、なんか古いねぇ」

 ノノカに突っ込まれつつも遠ざかっていく三人の姿。

 やがて、水場前も静寂に包まれる。

 ふぅ……ようやく此処も静かになったな。

 妾は空を仰ぐ。

 いつの間にやら陽もずいぶんと高くなっている。今日も良い天気だ。

 しばらくの間、妾は日を存分に浴び活力を蓄える。

 そのうちふと、妾の根本に複数の気配があるのに気付いた。

 意識をそちらに向ければ、其処にはしゃがみこんで何やらヒソヒソと話し合うスーパーノービスの女三人の姿が。

「いい? タイミングを合わせて……」

「いっせーのぉせっ、で良いかな?」

「いちにのさんっ、の方が良くない?」

 三人とも揃ってウサミミを装備している。

 ふむ……何を話しているのやら。此奴らが居るところは、背の低い茂みで覆われていて、水場の方からでは見えにくくなっている。

 この三人の場合は身体が小さいこともあって、ほぼ完全に隠れている。……が、ウサミミがピョコンとそこから飛び出して見えている微笑ましいというか、何というか……。

 コソコソと周りを気にしながら、声を交わしあっているスパノビ達。

「よしっ、じゃあ、いちにのさんっでいこ」

「うんっ」

「おっけ~」

 どうやら話がまとまったらしい。いったい何をするのやら。

 とりあえず、悪戯やらそう言った類のモノではないようだし、妾は少々微笑ましい気持ちになりながら三人組のことを見守ることにする。

 すると、目の前のスパノビ達が、目を閉じて何やら祈り始める。

 

 『天使さま、わたしの声がきこえますか?』

 

 小さく声を揃えて、それぞれが胸の前で手を組む。

 

 『わたしに力をお与えください!』 

 

 そして、一人が他の二人に目配せをし、指を使ってカウントダウンを始める。

 ――1……2……3っ

 茂みから飛び出す三人。

 そして――

 

 『我ら! うさのび探検隊っ!!』

 

 どかーーん、と三人の身体から闘気が吹き出す。

 なるほど……“天使の加護”か。

 守護天使に祝福されたスーパーノービス達のみが使うことの出来る。限定的なスキル。

 いつでも使えるというわけではないが、一定の条件を満たし祈りを捧げることによって、しばらくの間爆発的な力を奮えるという。

 要は、モンクの使う爆裂波動と同じ様なものなのだが、それよりも効果は高いようだ。

 他にも、一定の修練を積んだときに与えられる祝福や、その直前で力尽きそうになったときの護りなど、他職とは一線を画す存在がスーパーノービスだ。

 と、まあ、そんな貴重なスキルを使ってまで登場したのは良いのだが……。

「あれ……誰も居ない?」

 だな……。妾は苦笑しながら風と共に枝を揺らす。

「えぇ~、せっかく練習したのにー……」

「くすん……」

 ガックリ項垂れてため息をつく、残りの二人。

 このスパノビ三人組――此奴らもギルドメンバーなのだが、いつも一緒に行動しており、冒険しておるのだか遊んでおるのだかよく分からないが、とにかく仲が良い。

 薄千草色を肩に掛からぬほどの長さにしている此奴がリンベリー・ライト。三人の中では此奴が中心となって行動することが多いな。

 その向かいでつまらなそうにため息をついているのが、ジャスティナ・ルシィ。リンベリーよりも少し伸ばした二藍色の髪を指でクルクルと弄くっている。

 そして、その二人の間で泣きそうな顔をしておるのが、フェノ・サユビア。腰辺りまで伸ばした竜胆色の髪を先の方で軽くリボンで纏めており、他の二人よりさらに幼い容姿をしている。

 この三人、同じスパノビ同士と言うこともあるが、普段の狩りでもなかなか良いトリオっぷりを発揮している。

「むぅ~、何でみんな居ないのよ~」

 頬を膨らませながら、ペシペシと妾の身体を拳で殴るリンベリー。

 こらこら……。非力な所為もあって特に傷つけられると言うこともないが、妾に当たってどうする……。

 此奴はこれでも、三人の中で支援を担当している。

 体力も気力も他職よりも劣るスーパーノービスだが、彼女らはいわゆる一次職と呼ばれる連中のスキルを、ほぼすべて使うことが出来る。

 ここら辺もスーパーノービスが特別な職だと言われる所以でもあるな。

 そして、ジャスティナが得意とするのがマジシャンと同様の魔法。支援魔法も多少心得ているので、自己ブーストして戦うことも可能だ。

 残るフェノが近接担当。いわゆる前衛だな。小さな身体でシーフのようにヒラヒラ避けながら戦う姿は、見ているものを冷や冷やさせるが、なかなか立派に役目を果たしていると言えるだろう。

 此奴の場合、前衛の他にアイテムの売り買い、露店など商人のようなこともやっている。

 小さな姿で健気に頑張る姿が皆にうけているのか、売れ行きは上々のようだ。この前、プリ・騎士・ハンターの女性三人組のパーティーに『可愛い~~♪』と抱きしめられたりしながらもみくちゃにされて涙目で居たのは、全くの余談だが……。

「ふぅ……なんか気が抜けちゃったねー」

 ジャスティナが、そう言いながらペタンと腰を下ろす。

「んもうっ、せっかく人が格好付けた登場をしたときに限って居ないなんて、後でみんな闇ポタの刑ねっ」

「そ、そんなのダメだよ~……」

 それに続いて、同じように腰を下ろすリンベリーとフェノ。

「まあ、いいわっ。それで今日は、何処に行こうか?」

「んー、そうだねー。ウチは時計塔とか言ってみたいかもー」

「ア、アラームさん怖いです……」

 ハキハキとしているリンベリーと間延びした喋りのジャスティナ、少々おどおどした感じのフェノ。

 こうして聞いていると、改めて三人のデコボコっぷりが分かるというか何とというか……。

 ともあれ、三人集まって巧い具合に組み合い、お互いの力を高め合っているというのは間違いないだろう。

 しかし……爆裂波動でパリパリと紫電を纏わせながら、スパノビが三人ちょこんと正座をしている姿というのも、異様な光景であるな。

「んふふ、そだっ。今日は思い切ってグラストヘイムとかに挑戦してみるって言うのはどうよっ」

「えー、無理だよー」

「フェノ、当たったら一発でやられちゃう……」

 むぅ……それはちと無謀ではないか? あの魔境は余り軽い気持ちで行けるような所ではないぞ……。

「へーきへーき。アタシも一生懸命支援するし、ファイヤーウォールとかで足止めすれば、何とかなるんじゃないかな」

「むー……」

「だ、大丈夫なのかな……」

 リンベリーの押しに、他の二人が飲まれそうになったとき、

「こーら。なに危ないこと言っているのかな、あなた達は……」

 そんな声が頭上から掛けられる。

 三人が見上げれば、其処には眩いばかりの黄金色の髪をしたプリースト。頭にはそんな髪に良く栄える純白の天使のヘアバンドを装備している。

「わわっ、セレジアおねーさん」

「い、いつの間に……」

「全然気が付かなかったー」

 彼女の名は、セレジア・ナイダーグ。ギルドのメンバーというわけではないのだが、スパノビ達の前に良く現れ、色々と世話を焼いている。

 ちなみに、妾の目にもいきなり現れたとしか見えなかったのだが……。

「そう言う危ないところに行くのはダメ。あなた達ではまだまだ力不足ですよ?」

 腰に手を当てながら三人の顔を順々に見つめると、ツンツンツンとそれぞれの額を指で突っつく。

「ぶぅ……だって、もうおもちゃ二階とかアマツとかも飽きたし……」

 上目遣いになりながら、小さな声でブツブツと文句を言うリンベリー。

 セレジアはそんな様子を見ると、クスッと微笑み、懐から封筒を三通取り出すと、それぞれの手に握らせる。

「ふふ……それでは、アユタヤなどに行ってみてはどうですか? 最近航路が開拓されたばかりですし、とてものどかで綺麗なところですから、良い気分転換になりますよ」

「わー、一万ゼニーも入ってるー」

「あ、あの、良いんですか……?」

 中身を確かめたジャスティナとフェノが驚いた顔をする。

「ええ。お小遣い代わりの船賃です。楽しんできてくださいね」

「うんっ、ありがと~、セレジアおねーさん!」

 ニコニコと笑みを浮かべながら、暖かな目でスパノビ達を見ているセレジア。

 三人にブレス・速度増加など一通りの支援を掛け、船の出ているアルベルタまでのワープポータルを出してやる。

「それじゃ、いってきま~~す」

「ええ、楽しんできてくださいね」

 大きく手を振りながら消えていくスパノビ達を、小さく手を振り返しながら見送ると、セレジアは小さく息を付きながら妾の根本まで来る。

 全く……いつもの事ながらご苦労な事だの。

「うふふ……そうですね。でも、可愛いあの子達の為ですから、全然苦になりませんよ」

 セレジアが聞こえるはずにない妾の声に答える。

 そして、セレジアの身体が光りながらぼやけ……弾ける。

 辺りに舞い散る羽根が、地面に落ちる前に光となって宙に溶けていく。

「さて、それでは私も行きますね。あの子達を見守らなくては」

 あわただしいな。守護天使というのも大変なものだ。

「それがお役目ですから。個人的にもあの子達は気に入っていますしね」

 ほわっと淡雪のような笑みを浮かべると、セレジアは妾の頭上までフワリと羽を揺らし浮かび上がってくる。

「では、失礼いたしますね」

 スパノビ達にしたように、小さく手を振ると、霞むように消えていくセレジア。

 スーパーノービス……。つくづく天使に愛されている職であるな。

 

 

 

 天に浮かぶ月に、満天の星空。

 今日も一日が終わろうとしている。

 天下太平事もなし。フェイヨンは今日も平和だ。

 そろそろミアとミリュウも帰ってくる頃だろう。

 妾は今日一日の出来事を思い出しながら、のんびりとした空気に身を任せる。

 きっと明日も、此処フェイヨンアーチャーギルド前の水場には騒がしい連中が集まるのだろう。

 全く、此処は退屈せんで良いな。

 妾はそんなことを思い、そしてクスリと微笑みながら意識を閉じるのだった。

 

 

 

 

 

〈END〉 

Maple tree storys【二葉目】

【1】

 

 

 此処はフェイヨン、アーチャーギルド前。

 鳴り止まぬ蝉時雨に、泉のほとりでふと微睡んでいた妾が目を覚ますと、目の前に……

 クルセイダー二人――ミリュウとミアの死体があった……。

 ひぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!!

 な、なんだ!? 何事だ!!?

 枝か? 枝テロなのか!?

 ――イ、イヤ、待て。確か此処一帯は、フェイヨンダンジョン入口にかけられている強力な結界の影響で、古木の枝どころかハエの羽すら使えぬはず……。

 だとすれば、何故……?

 ……グランドクロスを使って自爆でもしたか? ネタの仕込み?

 ……アホらしい。妾はため息をつき、その考えを頭から追い出す。

 二人は俯せになって倒れており、表情などは見えない。

 ううむ……。一体何が起こったのだ?

 などと、妾が頭を捻っていると……

 ――きゅるるるるるるる

 何とも力の抜ける音が、蝉の声にも負けぬ大きさで辺りに響き渡った。

 なんだ? この音は。

 辺りの気配を探ってみるが、特に何も……

 ――きゅるるるるるるるるるるん

 ……今度は、ハモって聞こえたぞ?

 どうやら、眼下の二人から聞こえてくるようだ。

「ミアぁ……お腹鳴らさないでよぉ……」

「先に……鳴らしたのは、あなたでしょ……」

「お腹……空いたねぇ……」

「いまさら……分かり切ったこと、言わないの。それより、喋らせないで……。体力が余計消耗するわ……」

「あぅぅぅ~~……」

 力の抜けた呻き声をあげたかと思うと、緩慢な動きで仰向けになるミリュウ。

 ……何だ、莫迦らしい。此奴らただ単に、空腹のあまり動けなくなっていただけか。

 全く人騒がせな……。まあ、妾は人ではないのだが。

 ん? 妾が何者かだと?

 名は奉莉(まつり)と言う。妾は、此処フェイヨンでは少しは名の知られた――

 ――楓の木だ。

 

 

【2】

 

 

 生き物というのは、不便なものだ。毎日、方法は様々だが自力で糧を得て生きてゆかねばならないのだからな。

 妾はと言えば、水と陽の光さえ有れば存在できるので、楽なものだ。

 とは言え、人のように世の中の様々なものを食してみたいと言う想いがない訳ではないのだが。

 ともあれ、今はとりあえず、目の前の二人だ。

 さて、どうしたものか……。

「ハァ……こうしててもしょうがないわ。どうにかしないと……。ほら、あなたも起きなさい」

 その様な事を言いながら、唐突に起きあがるミア。そして、隣りに寝ているミリュウの顔を突っつく。

「喋らないんじゃなかったのぉ……?」

「さっきのお腹の音を聞いたら、余計にお腹が減ってきたのよ。こうなったら、喋って気を紛らわせていた方がいくらかましだわ……」

 虚ろな目をして空を仰ぐミア。

「鎧が重くて、起きあがれない~……」

「何アホな事言ってるのよ……」

 ミリュウのほっぺたをつまむ。

「ほらー、起きなさいー」

「ミア~、やめひぇ~~」

 ムニムニと引っ張る。

「伸びるわね……」

 さらに引っ張る。

「むーっ、むーっ」

「柔らかいし。マシュマロ……? お餅……? 食べちゃおうかしら……」

 目の色がおかしくなってきているぞ……。空腹のあまり、思考回路がおかしくなってきていると見える。

 こらこら、顔を近づけるな。

 危ういところで、我に返ったのか、あわてて距離を取り大きく頭を振るミア。

「全くもう……。何でそんな美味しそうなほっぺたしているのよ。おかげで、危うくノーマルの道を踏み外すところだったじゃないの」

「何、その理屈……。う~、ミアの所為でほっぺがヒリヒリする……」

 涙目で見上げるミリュウ。手足をパタパタと動かし、どうやら起きあがろうとしているようだ。

「力が出ない~、ミアやっぱり鎧脱がせて……」

「あなたねぇ……。自分が何言ってるか分かってる?」

 呆れた目でため息を付く。

「だってぇ……。お返しにミアの鎧も脱がせてあげるからぁ」

「そう言う問題じゃないでしょっ」

「ぶー、いじわる」

 ぷーっとほっぺたを膨らませている。うむ、確かに餅のようではあるな。

「大体、クルセイダーの鎧はそうむやみやたらと脱ぐものじゃないでしょう。街の中とは言え、最近は枝テロも多いし、完全に安全とは言えないんだから」

「まあ、ねぇ……」

「WISも繋がらなくなるから、緊急時に対応できなくなるし。この間だって、鎧脱いでいた所為で繋がらなかったじゃない」

「う~、だってあれは暑かったから……」

「暑くても脱がないのっ。というか、あなた鎧の下シャツ一枚って言うのやめなさいよ……」

 水なんぞ浴びるものだから、思いっきり透けていたしな……。

「えー、キチンと下着はつけてるよ?」

「当たり前でしょうがっ! それすらつけていなかったら恥女よっ」

「冬は良いんだけどねぇ……。厚着すれば暖かいし。逆に騎士の女の子は大変よね~。太股丸出しで寒そうだもの」

 冒険者達の格好は、それぞれの職によって厳格に決まっている。

 WISやPT会話に使う思念石も、それらに埋め込まれているのだそうだ。各々が持つ魔力を燃料として発動するので、身体から離してしまえばただの石ころと変わらん。ちなみに、それぞれに合わせて専用に調整してあるので、他人が使うこともできない。

「大体あなた、装備も付けっぱなしでしょう。不用心よ?」

「あぅぅ~……」

「一応訊くけど、なに装備しているの?」

「ええとね、モッキングマフラーにエキストラメイルにブレジットブーツでしょぉ、それからクラニアルシールド、武器はファイヤフランベルジュで……」

「はぁ……もういいわ。もう、高価なものばっかりじゃないのっ!」

「はううっ、またほっぺた引っ張ってる~~」

「全く……良くそんなもの無造作に置けるわねぇ……」

 まあ、モッキングマフラーだけでも、一般人がひと月遊んで暮らせるくらいの価値があるしな……。

 冒険者各職の鎧やら法衣やらには、それぞれ特別な機能が付与されている。

 ひとつが、防御強化機能。一般的に防具と言われる物の内、肩と身体、足に装備する物はここに当たる。身体装備に於いては、初心者御用達のコットンシャツからベテラン冒険者達の使うメイルやセイントローブなどまで幅広いな。

 そもそもこれらは、頭装備や盾と違って厳密な意味での防具ではない。

 イメージしやすいようにメイルなどという名前が付いてはいるが、その実体は手のひらに乗るほどの大きさの魔力石だ。これを各職の鎧や服に込める。すると、それぞれの装備に応じた防護フィールドが発生するというわけだ。

 それぞれの職によって装備できる物が違うのも、これに由来する。ノービスなんぞは強力な装備はほとんど装備できないな。

 盾やアクセサリー、武器なども基本的は同じ代物だ。こちらは見た目と名前が一致する物が多いのでわかりやすいな。とは言え、それぞれの職との相性やらなにやらで、これまた装備の可否が発生するのが悩みどころではあるが。 

 まあ、冒険者なら誰でも使っている物ではあるが、ほとんどの者は原理など分かっていないだろう。一説に寄れば遙か昔――神と魔族がいつ終わるとも知れない戦いを繰り広げていた頃の遺物とも言われているが、定かではない。

 これらの技術は極秘となっており、一般の冒険者には公開されていない。武器に関してはブラックスミスが作ることが出来るが、基本的には別物だな。

 その違いはと言えば、スロットの有無にあると言える。店で売っている物や、魔物が落とす物に付いているあれだ。特に、魔物が落とす店売り品よりスロットの多い武器や防具の一部は恐ろしく高価な値で取り引きされているようだが。

 それに関係するのが、これまた一部が高価な値で取り引きされているカードと言われる物だ。

 カードとは何かというと、簡単に言えば装備に付けるオプション機能だ。武器に付けて攻撃力増強や特定の種族に対してのダメージ効率を上げたり、防具に付けて防護フィールドの耐久力を上げたりと効果は様々だ。

 ブラックスミスが製造した武器には属性こそ付けられるが、スロットは付けることが出来ない。

 スロット付きの武器・防具がどのように作られているか、それを知るのは、首都プロンテラにある、国家直属の商家たったひとつだけ。ここがすべての武器防具を作り、各店に卸しているらしい。模造品の上、大量生産されているのでスロット数が少なかったり、物によってはなかったりするが、それでも需要は多い。

「ほら、手を貸してあげるからとにかく起きあがりなさいな」

「あはは~、ありがとねぇ、ミア」

 ミアが手を引っ張る。

 ――クニャクニャ

「もっと身体に力入れてよ。起こしづらいじゃない」

「お腹が空きすぎて力が入らない~」

 もっとシャッキリしないか。情けない……。

「もうっ、し・っ・か・り・し・な・さ・い・っ・て・ば!」

 思いっきり力を込めてミリュウを引っ張る。

「ひゃんっ」

 どうやら、力を入れすぎたようだ。そのまま勢い余ってミアの方に突っ込んでくる。

 結果……

「きゃあっ」

 ――ガシャーーン

 ミリュウがミアに押し倒されるような形で、再び地面に倒れ込む二人。

「ちょ、ちょっと、ミリュウ重いっ。早くどいて」

「だから、力が出ないんだってばぁ~~」

「いいから、気合い入れなさいっ!」

「ちょっ、変なところ押さないで~~」

「私だって好きで押してる訳じゃないわよっ」

「揉まないで~~」

「揉んでないっ!」

 何やっているのだか……。と言うか、此奴らこの間もこんな事になっていなかったか?

 妾のため息と共に、僅かに葉が揺れる。

 全く、騒がしいことだ……。

 

 

【3】

 

 

「ハァ……もう、あなたの所為で、余計な体力使っちゃったじゃないの……」

「えー、あたしの所為なの……?」

 どっちもどっちだと思うが……。

「とにかく、聖騎士団からのお給料が出るまでの三日間。どうにかしてこの飢えをしのがなくちゃ……」

「どうして、こんなにお金がないのかしらねぇ」

 ギロリと、ミアがミリュウを睨む。

「あなたが今月厳しいって言うのに、黒猫耳なんか買うからでしょうがっ」

「可愛いよ?」

 ミリュウの頭に出現する、フサフサとした黒い猫の耳。

「ほらほら、にゃ~~♪」

 妙に甘ったるい声と共に、ミアに頬を擦り付ける。

「こ、こらっ、やめなさいってば」

「むーーっ」

 ミリュウの襟元をつかんで、顔を離す。

「ミアも付けてみる? はい」

 そう言うが早いが、今度はミアの頭に黒い猫耳が生える。

 うむ。木漏れ日の中、光をこぼす銀色の髪に黒猫耳が良く栄えるな。

 ……ちなみに、洒落ではないぞ?

「もう……食費を使ってまで趣味装備を買うなんて……」

 ため息と共に、、猫耳がペタンと垂れた。

「ミアだって、色々な頭装備集めるのが趣味でしょ」

「そうだけど、私はキチンと余裕があるときにしか買ってないわよ。生活費使ってまで買うのはお馬鹿よ。このバカちんっ」

 お~、今度は耳がピンと立ったぞ。

「む~っ、そこまで言うならあたしだって言っちゃうもん」

「な、何よ……?」

「ミア……また属性ランス3本も買ったでしょ。しかも、風ランスは5本目、火ランスは7本目、水ランスに至ってはもう10本目よね?」

「ギクッ……な、何故そのことを……」

 今度は猫耳がピクピクと挙動不審に動いているな。

「ホント、ミアってば槍マニアなんだから……」

「だ、だって新人さんのBSが居たのよ? しかも、初めてランス作ったらしくて、多少仕上げは粗いけど石突きの形が何とも良い感じなのよ。あの子は今にきっと有名な製造BSになるわよ」

 微妙に目を反らしながら、説明するミア。……猫耳が思いっきり動揺を表しているが。

「……ミアも、あんまり人のこと言えないと思うなー」

「はぅぅ……」

 ガックリとうなだれるミア。猫耳もペタンコだな。

 ――と、そんな二人のところに、近づいてくる人影があった。

 あれは……此処を溜まり場にしているギルドのメンバーだな。前にも言ったが、ミアとミリュウはそのギルドのマスターと副マスターだ。

 ……今までの言動を見ていると、大丈夫なのかと些か不安を拭いきれないが……。

「お、ミアさん達、此処にいたんだ」

 その人影が、二人に気づき片手を上げて挨拶をする。

「あら、こんにちは」

「おかえりなさい~」

 二人が挨拶を返すと、にっこりと笑ってすぐ側に座り込む。

 此奴の名は、ヴィンケル・ハイロゥ。このギルドに所属するプリーストだ。

「ん? なんだか疲れているみたいだけど、どうしたの?」

 二人の様子に気づいたのか、怪訝な顔をしながら訊く。

「えぇ……まあ、その……」

 口ごもるミア。

 まあ、ひもじくて倒れていたとは情けなくて言えないな。

「お金がなくって昨日から何も食べてないの~。エグエグ……」

 ……まあ、此奴にはそんなプライドはないようだが。

「ちょっと、ミリュウ! なに素直に答えているのよっ。もう、あなたには羞恥心とか体面とかそう言うのはないわけ!?」

「ひーん、もうほっぺたひっぱらないでぇ~~」

 此奴らは、いつもこんな感じだな……。

「あはは。相変わらず仲がいいね~。なるほど、そう言う訳か……」

「えぇ……恥ずかしながら……」

 ミアも観念して、顔を赤らめながらそう答える。

「それはそうと、ミアたん猫耳可愛いねー」

 すると、ヴィンケルがそんなことを言い始める。

「え? あぁ、これミリュウのだけどね。……って言うか、ミアたんとか呼ぶな!」

「もちろん、ミアたんだけじゃなくってミリュウたんも可愛いよ?」

「人の話、全然聞いてないわね……」

 この、ヴィンケルというプリースト、目元に軽くかかった瑠璃色の髪、さわやかさを感じさせる顔立ちと見てくれはなかなか良い。

 だが、その実体はこのギルドきっての軟派者だ。

 女性と見れば、必ず口説く。時折此処に聖水を作りに来るプリーストに対しても、初対面であるとか関係なく口説く。此奴によっては口説くのは挨拶みたいなものだな。

 まあ、他にもギルドにその様な者はいるのだが……。此奴の場合は、仮にも聖職者がその様な振る舞いで良いのかと常々思う。

「まあ、僕はプリーストだからね。困っている女性がいるなら見過ごせない。お金、貸してあげても良いよ」

「わ。ホント?」

「……なにか、下心がものすごく見え隠れするような気がするんだけど?」

 ミアの言葉をサラリと聞き流しながら、言葉を続けるヴィンケル。

「もちろんもちろん。二人のためなら、もう全財産だって投げ出しちゃうよ」

「あ、あはは……そこまでしてもらわなくても……」

 そう言いながらミリュウの方へ、ジリジリと近づいていく。

「だから……」

「え、えーっと……」

 そしていきなり、飛びつくようにキスを迫る。

「結婚しよ~~~~~~~っ。ミリュウたぁぁぁぁぁぁん」

「何しているのよ」

 ――ボグゥッッ!!

「あqwせdrftgyふじこlp」

 冷静な声と共に頭に振り下ろされた“なにか”で、地面に叩き付けられる軟派プリースト。

「あ、フェネルちゃん。こんにちは~」

「こんにちは」

 振り返ればそこに居るのは、バイブルを懐にしまいながらミリュウに挨拶を返す女プリースト。

「いま、思いっきり角で殴っていたわね……」

 冷や汗を流しながら、呟くミア。その気持ちは妾も分かるぞ……。

 このプリーストの名は、フェネル・メッサー。肩で切りそろえた小麦色の髪。多少ぼんやり気味の目には、今は呆れの色が浮かんでいる。

 何でも、ヴィンケルとか昔からの付き合いで、所謂幼なじみという関係らしい。

「こ……こらぁぁぁ! いきなりなにするんだよ! 危うく神のもとに召されるところだったじゃないかぁっ」

 お……思ったよりも復活が早いな。

「でも、生きてるじゃない」

「当たり前だろっ、大体何で殴ったんだよ……いつもより痛かったし……」

「うん、これ」

 フェネルが懐からバイブルを取り出す。

「えっと、これって……」

「ダブルブラッディバイブル」

 ミリュウにそう答えて、ブンブンと素振りを始める。

「めちゃくちゃ対人仕様じゃないかっ!」

「作ってみた」

「作るな、そんなもんっ」

「軟派お仕置き用」

「思いっきり個人的な用途ね……」

 ミアの言葉に、クスクスと笑うフェネル。

 そんな物の、しかも角で殴ったのか……。良く死ななかったな。そう考えると、ヴィンケルもただ者ではないのかもしれん……。

 まあ、此奴……ヴィンケルは、あんな調子でギルドの女性全員に迫っているからな……。『結婚しよう』はもはや此奴の口癖と言っても良いだろう。 

 そして、毎回フェネルにドツキ倒されている。その行動力と積極性をもっと他のことに生かせと、妾は言いたい。

 それにしても、フェネルと言いヴィンケルと言い、どうもこのギルドにはプリーストとしては些か問題のある輩が集まるらしい……。

「ま、まあ、お仕置きも程々にね……」

「大丈夫。慣れてるし、生かさず殺さずの加減は心得ているから……」

 ミアに向かってそう答えると、フェネルはヴィンケルの法衣の襟元を掴み、ズリズリと引きずっていく。

「お、おい、ちょっと。何処に行くんだよ」

「ニブルヘイム。経験値稼ぎ」

「何で、僕まで……。面倒くさい。どうせ行くならプロンテラ南の臨公広場で可愛い子を見つけて一緒に……って、分かったから無言でバイブルを振り上げるなっ」

 そう言えばフェネルは、プリースト最高奥義とも言われる退魔系呪文、Magnus Exorcismus(マグヌス エクソシズム)を修得しているのだったな。

 ……まさか、退魔師というのは、みんなこんな連中なのではないだろうな……?

 遠ざかっていく後ろ姿を見ながら、妾はそんな一抹の不安を感じたのだった……。

 

 

【4】

 

 

「も、もう、ダメ……。お腹と背中がくっつきそう……。今日に限ってあれから誰もギルメン来ないし……」

「こ、こうなったらしょうがないわ……」

「ん……? ミア、何か良い考えが有るの……?」

 槍を杖代わりにして、今にも倒れそうになりながらもミアが立ち上がる。

「狩りに行くわよ……」

「えぇぇぇ、そんな無茶な……。そんな体力もうないってばぁ……」

「一か八か……私達が倒れるか、稼ぐかよ……。プチレアでも良いから出ればそれで勝ちよ……」

「うぅ~……極限生活だよぅ……」

 支え合うようにして、フェイヨンダンジョンに向かって歩いていくミアとミリュウ。

「人間、死ぬ気になれば案外しぶといって事を教えてあげるわ……」

 微かに聞こえてきたこの言葉に、妾は冒険者の底力を見たような気がした……。

 ……激しく情けない、底力の見せ方だが。

 

 

 

 余談だが、次の日二人が割と元気な姿を見せていたことから見て、どうやら底力は無事発揮できたらしい。

 とりあえず、妾が言いたいことは――

 

 そこまで切迫する前に、未だに頭の上に乗っかっているその黒猫耳やら余っている槍やらを売れと……。

 

 

 

 

 

〈END〉

Maple tree storys【一葉目】

【1】

 

「あぅ……あ~づ~いよ~~~……」

 此処は、フェイヨン。アーチャーギルド前。

 とろけきった……と言うか、だらけきった声を出しながら妾の前にやってきたのは、熱っ苦しそうな鎧に身を包んだ、一人の女剣士。

 その重厚な出で立ちは、世で言う聖騎士――クルセイダーと呼ばれる職に就いている証でもある。

 年の頃は二十歳を僅かにすぎた辺り。背の半ば辺りで切りそろえた若草色の髪も、今は汗で額に張り付いている。

 ふらふらと頼りなさげな足取りで、ギルドの側にある泉のほとりまで来ると、倒れ込むように腰を下ろす。

 まあ、無理もないであろうとは思う。季節は夏。太陽は燦々と輝き、辺りからは蝉の声が切れ間なく聞こえてくる。

 そんな時分にこのような格好をしていれば、体力を消耗するのも当たり前と言えるだろう。

 そう思う妾の前で、此奴はいきなり鎧を脱ぎ始める。

 んなっ……建物の影と岩壁に囲まれて周りからは目に付きにくいとは言え、いささか無防備すぎるのではないか?

 この暑気に頭のネジが緩んだ奴に見つかりでもしたら、トチ狂って襲いかかってこんとも限らんだろうに……。

 そんな妾の思いもよそに、此奴は纏う鎧をすべてはずし、気持ちよさそうに息を付いている。

 もちろん、鎧の下になにも着ていないと言うことはないのだが、上はほぼシャツ一枚、下もズボンを膝上まで捲りあげているという、何とも言えない格好だ。

 全く……。それなりに此奴のことを長く見てきた妾はそんな天然ぶりに毎度のごとくため息を付きつつ、黙って見守ることにする。

 この際一言小言を言ってやりたいが、伝えるすべがあるわけでもないしな。

 それに、もう暫し待てば、此奴の相方がやってきて、妾の代わりに拳骨と小言のひとつでもくれてやるだろう。

 見れば、すっかり軽装になったのを良いことに、胸元をつまんでパタパタと風なんぞを送り込んでおる。

 つくづく危機感の足りない奴だと思う。女性というものはもっとこう、貞淑さというか慎ましさをだな……。

 ――パシャパシャ

 そして気が付けば、目の前の此奴はあらわにした足を泉に浸し、水しぶきをあげながら無邪気に遊んでいた。

 いい歳をして何をしておるのだか……。とは言え、全く似合わないと言うわけでもない。

 クルセイダーなどという厳つい職についてはいるが、中身はと言えば、純真・天真爛漫・ついでに天然と言う何故冒険者なんぞをやっているか疑問に思うほどの性格だ。

 見てくれも決して悪くない。茶店で給仕などをやっている方がよっぽど似合うのではないだろうか。

 とは言え、此奴の戦いの腕が悪いというわけでもない。むしろ、そこいらに転がっている十把一絡げの冒険者どもよりはよっぽど腕が立つ。話によれば、遠く西の地、グラストヘイムと言う魔境に入り生きて帰ってこられるほどの実力だとか。

 まあ、そうは言っても妾がその地に行ったことがあるわけでもなし、見た目もごらんの通り、天然ぽけぽけ娘なのだが。

 妾が呆れ半分微笑ましさ半分で眺めていると、水遊びに夢中になってきたのか、腕や顔、首筋などにも水をかけ始める。

 ……確かに今日は暑い。泉の涼気は心地よいだろうし、水を浴びればさらに涼が取れるのも分かる。

 だがそんなことをすれば、服にも水がかかるわけで……率直に言えば上着が濡れて透けている。何がとは言わないが。

 今のところ誰かが通りがかると言うことはまだ起こってはいない。もっとも此処は弓手村の奥地、そう人が来る場所ではないが。

 そうは言っても、時折聖職者が聖水を作りに来ることも有るし、全く安全な場所ではないと言うのも確かだ。

 聖職者と言えば理性の塊、お堅く落ち着いたイメージがあるかもしれないが、何のことはない、奴らも同じ人間。スケベ心もあるし、プッツンする事も有る。

 事実、此処で女性を口説きまくっている輩もおるしな。

 全く嘆かわしいことだ。

 そんな理由で、此奴の危機感のなさに一回お灸を据えてやる必要があると思うのだが……。

 どうやら、妾の代わりにやってくれるものが現れたようだ。

 その者は無言で背後に立つと、どこからともなく取り出した槍を掲げ――振り下ろした。

 スコーーーーンと、とても良い音がした……ような気がする。

 叩かれた頭を抱え、涙目になりながら後ろを振り向く。

 そこにいるのは、先ほど脱ぎ捨てた物と同じ、クルセイダーの鎧を纏い、槍を担ぎながら半目で見下ろす一人の女性。

 年の頃は同じ程、腰の辺りまで伸ばした白金色の髪。多少つり上がり気味の目が僅かにきつい印象を与えるだろうか。

 両者とも負けず劣らず端麗な容姿をしているが、ある者がたとえて言うには、それぞれ太陽と月の美しさなのだそうだ。

 言い得て妙だとは思う。もちろんこちらが月で、先ほどまで恥じらいもなく水遊びに興じていた方が太陽だ。

「ミリュウ……全く貴方はフラフラと何処に行ったかと思えば……」

 呆れたようにため息を付きつつ、片手で顔を覆う。

「うぅ……ミアってば酷いよぅ。頭がベコってへこんじゃったらどうするの~~」

 ミリュウと呼ばれた方が、頬を膨らませながら抗議する。

「貴方の頭はエンベルタコンより硬いから大丈夫よ」

 ミアと呼ばれた彼女が、澄まし顔で言い放つ。

「何その中途半端な堅さ……。ていうか、その槍オリデオコンで精錬したやつじゃない。エンベルタコンより硬いよぉ……」

「柄の部分で叩いたんだし、気にしない方が良いわよ」

「気にするもん……」

 などと言いながら、頭に出来たこぶをそっと撫でている。

 この二人、ミリュウとミアは所謂相方というやつだ。

 加えて言えば、此処――フェイヨン水場前をたまり場にするギルドの、マスターと副マスターでもある。どちらがマスターかは言うまでもないだろう……。

「とりあえず、早く鎧を身につけなさい。出かけるわよ」

「えー。さっき帰ってきたばっかりなのに……。それに、鎧着ると暑いし……」

「は・や・く・着・る・のっ」

 ミアが再び槍を掲げながら、にっこり笑顔でもう一度言う。

「あぅぅぅぅぅぅ」

 賑やかと言うか騒がしいというか……。

 妾の見ている前で、あわてて鎧を身に付け始めるミリュウ。

 あまりに急いでいる所為か、バランスを崩してよろけ、ミアを巻き込んで転んだりしている。

「ちょ、ちょっと 早くどきなさいってばっ」

「そ、そんな事言っても……む、胸、胸つかんでるよ~」

 全く何をやっておるのだか……。

 そんなささやかな騒動も有ったが、ようやく身支度を整えると、ミアに引きずられるようにつれて行かれるミリュウ。

 むぅ……どうにも目が離せない。ここはひとつ、妾も付いていくとするか。

 とは言っても、実際はここから動くことの出来ない身。葉を一片、ミリュウの鎧の隙間に忍ばせておくことにしようか。これで離れていても、変わらず様子を見聞きすることが出来るだろう。

 ――そうそう、名乗るのが遅れたな。

 妾の名は『奉莉(まつり)』

 此処フェイヨンで少しは名の知られた――

 ――楓の樹だ。


【2】

 

 

「う~……う~……」

 情けない唸り声が聞こえる。

 此奴の名はミリュウ。ミリュウ・セレネという。

 そんな此奴に睨まれながら前を歩いている女性の名はミア。正しくは――そう、ミアリエル・シュワルゼスと言う長ったらしい名前だったと思う。親しい者には、ミアと縮めて呼ばれている。

「う~っ、う~っ」

 ミリュウの唸り声が心持ち大きくなる。

 ミアが諦めたようにため息を付きながら振り向いた。

「なによ。言いたいことがあるなら言いなさいよ」

「頭が痛い……」

 ジトッとした目で相方を見ながら、恨めしそうな声で言うミリュウ。

 妾から見ればどちらも子供みたいなものなのだが、こういった仕草をすると実年齢よりもっと幼く見えるのが、ミリュウという女性だ。

 もっとも、そんな行動が似合ってはいるので、悪いのかと言われると、そうでもないと答えるしかないのだが。

「ふぅん……風邪かしらね? 毎晩寝苦しいとは言え、キチンと布団はかけて寝た方が良いわよ」

 微妙に視線を反らせつつ、その様なことをうそぶくミア。

「ミアが叩いたからでしょ~っ。すっごく痛かったんだから。泉に落ちそうにもなるし……」

「そのくらい当然よっ。貴方ねぇ、あんな所であんな格好で……もう少し考えて行動しなさいっ。来たのが私だったから良かったものの……男に見られでもしたらどうするの!」

 ミアがキリリと眉をつり上げながら詰め寄る。

「あぅ……いや、でもほら、別に裸になっていたわけでもないんだし……」

「それに近い格好になっていたでしょうがっ。あまつさえ、頭から水を被ったりなんかして……どういう状態になっていたかなんて全然分かっていなかったでしょう」

 さらにズズイッと顔を近づける。

「どういう状態かって……なにが?」

 少し体を反らせつつ、キョトンとした顔で訊くミリュウ。

「透けていたのよっ」

 さらにズイッと。

 それに合わせて身体を引くミリュウ。頬に指を当て、暫し考え込むと、納得がいったようにポンッと手を打ち鳴らす。

「なるほど~。それは危なかったかも」

 分かっているのだかいないのだか、晴れやかな笑顔でそう答える。

 此奴の場合、危機感が薄いというか、自分自身の魅力を過小評価しているというか、精神的に子供というか……とにかく天然なのだな。

 夏の陽気でこのようになっているならまだしも、一年中こんな感じなものだから、相方であるミアの苦労も察して余りあるというものだ。

「……とにかく、気をつけなさい。世の中色々な意味で危険がいっぱいなんだから……」

「でも、今までそう言う意味で危険な目にあったことなんてないけど……」

「私がさんざん苦労して、そうならないように気をつけているからでしょうがっ。勘違いした男どもを追い払ったり、さっきみたいに危ういところで止めたりっ」

 ブンブンと槍を振り回しながら、真っ赤な顔で怒鳴るミア。

 その槍を器用に避けながら、落ち着かせようとするミリュウ。

「あ、あはは……いつもありがとうねぇ。ほら、そんなに槍振り回すと危ないし、落ち着いて、ねっ?」

 ハァハァと息を切らせながら、ミアがため息を付く。

「ホントにもう……そう思うなら少しは気をつけてよね……。おかげで周りからは私達がデキているとか思われるし、勘弁して欲しいわ……」

「ん? できている……?」

 ミリュウがキョトンとした顔で首を傾げる。

「貴方と私が、その……只ならぬ関係と思われているって事よっ。その所為で、聖騎士団や教会の一部の子達からは熱っぽい目で見られたりもするんだから……」

「あぁ~、確かに。ミアってばちょっとお姉さまっぽいところがあるものね~。うん、似合ってる似合ってる」

 晴れやかな笑顔で、ポンポンとミアの肩を叩くミリュウ。

 こ、此奴は……。

「誰の所為だと思ってるのよ! 大体貴方だって他人事じゃないでしょうが!」

「ん~、そうだねぇ。でも、仲良きことは美しきかなって言うし、あんまり気にしないのが一番。あたしもミアと仲が良いって言われるのは嬉しいし~」

 うむ、とても良い笑顔だ。だが、もう少し空気を読むと言うことをした方が良いと思うぞ、妾は。

「貴方が気にしなくても、私は気にするのよっ! 私はノーマルなのっ。普通の恋がしたいのっ」

「う~、あたしだってノーマルだもん……」

 此奴らがノーマルかどうかは置いておくとして、仲がよいのは確かだな。

 数年来ほぼ毎日一緒におるわけだし、たびたび怒りつつもミリュウのことを見限る様子がないのも、結局の所此奴のことを気に入っておると言うことだろう。

「ふぅ……もういいわ。とにかく! 今後は色々と気をつけてよね」

 こめかみを押さえつつ、疲れたようにミアが言う。

「はーい。今度からは鎧着たまま水浴びすることにするねー」

「違・う・で・しょぉぉぉぉ」

 ――グリグリグリグリ

「やっ、イタイイタイッ、じょ、冗談だってば。グリグリしないでぇ~~~」

 ミリュウのこめかみを拳で挟んで締め上げるミア。

 まあ……多分、気に入っておるはずだ……。



【3】

 

 

「うぅ……さっきよりさらに頭が痛く……」

「自業自得という言葉を知っているかしら?」

 こめかみを揉みほぐしながら歩くミリュウの横で、その原因を作った人物が涼しげな顔で言葉を返す。

 まあ、その通りなので妾としても言うことはない。

「もう、今夜の晩ご飯はおはぎ尽くしにしてやるんだからぁ……」

「それは、私がアンコを大の苦手としているのを知っての発言かしら?」

「ふーんだ。あたしはアンコ大好きだもん」

「それをやったら、明日の朝ご飯はトマト尽くしよ」

「あ、ひどい! あたしがトマト大嫌いなの知ってて!」

「私はトマト大好きですから。トマトジュースなんて最高よね~」

「む~、あんなもの、人間の飲み物じゃないもん……」

「さらに言えば、明日の晩ご飯はピーマン尽くしにするからね」

「な、なんて諸行! あたしの嫌いなものばっかり持ってくるなんて。 心ある人間のする事とは思えないわっ」

「貴方が先に言い出したんでしょうが……」

 まあ、なんだ。その低レベルな争いは置いておくにしても、とりあえず好き嫌いはなくせと妾は言いたい。

「えっと……そうそう! いきなり連れ出されたけど、いったい何の用なの?」

「唐突に話題を変えるわね……」

 旗色が悪いと見て、誤魔化したな……。

「まあ、いいわ。さっき聖騎士団の方からWISが来たのよ。フェイヨンダンジョンで遭難者が出たらしいわ」

 WISというのは、ささやき・耳打ちとも呼ばれるが、要はどれだけ遠く離れていても瞬時に届く、伝書みたいなものだな。

 個人によって違う特別な波長を持って伝えられるため、他の者には決して聞こえず、そのため他人に聞かれては困る事を伝えるのにも用いられるらしい。

「遭難者? でも、あたしの所にはなにも連絡来てないよ?」

「貴方がWISを切りっぱなしにしていたんでしょうが!」

「あはは……そう言えばそうだったかも……」

 ミアに睨まれてモジモジと小さくなるミリュウ。

「ホントにもう……。聞くところに寄ると、一次職同士でパーティーを作ってフェイヨンダンジョンの地下二階で狩りをしていたところ、二人ほど姿が見えなくなってしまったらしいの」

「迷子になっちゃったって事?」

「最初ははぐれただけ、そう思ったらしいんだけどね。パーティー会話で呼びかけてみたところ、どういう訳かダンジョン最下層――地下五階に居るらしいことが分かったのよ」

「何でまたそんなところに……」

 頬に指を当て、首を捻るミリュウ。パーティー会話というのは、お互いに魔力を通じ合わせることによってWISと同じようにパーティー内のみの意志疎通を可能としたものだという。

「分からないわ。ハエの羽を使ったにしてもそんな所に飛ばされるはずはないし、今のところ原因不明って感じね」

「なるほどぉ……。蝶の羽は持っていないの?」

「パーティー内にアコライトが居たから、ワープポータルで帰って来るつもりで用意していなかったらしいわね。さらに言えば、怪我も負っているらしいんだけど、これまたアコライトのヒール頼りで回復材も持っていないと来て……。全く……最近の若い子達はどうも冒険を甘く見ている節があるわね」

「ミア、そんな事言うとなんだか年寄りくさく……って、あわわ、何でもないよ~」

 ジロリと睨まれて、あわてて余計なことを言いそうになった口を押さえてパタパタと手を振るミリュウ。

「自力で帰ってくるのも不可能。自分たちで救出に行くのも実力の面から言って無理。そんな訳で、話を聞いたカプラ経由で聖騎士団に連絡が行って、そして私達の所に依頼が来たのよ」

「ふぅん、そう言うことなのね。だったら早く助けに行かなきゃ! ミアってば、そう言うことはもっと早く教えてくれなきゃメッよ」

 ピッと指を立てながら腰に手を当てて、その様なことを言うミリュウ。

「あ、貴方ねぇ……」

 ミアの奴め、こめかみがプルプルと震えておるな。……心中察するぞ。



【4】

 

 

 愚鈍なゾンビ共や鬱陶しいフェミリアをあしらいつつ、フェイヨンダンジョン地下一階を何事もなく通り過ぎる。

 続く地下二階。此処が件の現場だな。

「とりあえず最下層に急ぐとしても、此処は少し注意を払いながら向かうとしましょ」

 辺りを見回しながら、僅かに険しい顔でミアが言う。

「パッと見、特におかしなものは感じないんだけどね~」

 盾とそして武器――ファイヤフランベルジュと呼ばれる火の魔力を宿した片手剣だ――を持ち替えながら、ミリュウがそれに応える。

「油断は禁物よ。低級の狩り場とは言え、誰かが古木の枝なんかを折った可能性だって有るんだから」

「ホントに真面目だよね~。そこまで気を張り巡らせることもないと思うけどな。ミアの高速ツンツンとあたしのグランドクロスが有れば、大体の敵は倒せるでしょ?」

「高速ツンツンとか言うなっ」

「えー、可愛い言い方だと思うのに……」

 その呼び名は世の中の槍クルセイダーに失礼だと思うぞ。妾も……。

 先ほどまでの真面目な空気も何処へやら。二人言い合いながら地下三階への道のりの半分程まで来たとき……。

 いきなりミアの姿がかき消されるように見えなくなった。

「え? あれ? ミア~~何処行っちゃったの~~?」

 辺りを見回せど姿は見えず。むぅ……不可解な……。一体何が……。

 と、その時、足下からなにやら微かに声が聞こえてきた。

 よくよく見れば、草むらの影に崩れたように大きくぽっかりと穴が開いていた。

 声はどうやらそこから聞こえてくるようだ。

「ミアの声……よね? これって」

 なるほど……。ミリュウとの会話に気を取られている内に足下への注意がおろそかになり、結果床を踏み抜いて下に落ちたという訳か。

「全くミアってばドジっ子なんだからぁ。しょうがないなぁ、もう」

 ミリュウよ……。お前に言われてはミアも浮かばれないと思うぞ……。

「とりあえず、早く下に行かないと……。ここら辺から降りられないかな?」

 そう言うと、穴の周りでガシガシと鎧を鳴らしながら飛び跳ね始める。

「むぅ~、無理かなぁ? かと言って普通に進んだら時間かかるし……」

 急がば回れと言う言葉もあるだろうに。とりあえずミアの二の舞になるような行動は辞めろと言いたい。

 そう、妾が思った矢先。いきなり足下が崩れ、宙に身が投げ出される。

「わ、やった!」

 次の瞬間、激しい衝撃と共に、着地するミリュウの身体。

「あぅ……痛い……。お尻打ったよぅ……」

 何をやっておるのだが……。考えなしに行動するからこう言うことになる。

 そしてミリュウが腰をさすりながら顔を上げてみれば、そこには――

 ヒドラ池の真ん中でもみくちゃになっているミアが居た。

「え、えっと……触手プレイ?」

「そんな訳ないでしょう! 落ちたところが此処だったのよっ」

 なんとまあ、運が悪いというか何というか……。

 此処フェイヨンダンジョン地下三階には、どんな理由かヒドラが群生しているところが一ヶ所ある。

 通称ヒドラ池と言われる所だ。此処にひとたび足を踏み入れればかなり熟練した者といえども、ヒドラ共の攻撃に晒され一歩も動けなくなってしまう。

 それ故、冒険者の間では鬼門とされておるのだが……。

 見れば、ミアは自らにヒールを使いつつ必死で耐えている様子。

 まだそれなりに余裕はありそうなものの、早めに何とかしなければ拙そうだが……。

「とにかく、私にヒールお願いっ。その間にコイツらを殲滅するわ」

「OK! 任せて」

 そう言うが早いが、手にしていた槍――ファイヤランスを地面に刺し、新たな武器を手にする。

 構えるは雷気を纏う一本の槍。魔槍ゼピュロスだ。

 

 『スピアクイッケン!!』

  ――SKILL・SUCCESS!――

 

 ミアの身体が黄金色に輝く。

 精神を研ぎ澄まし、肉体の反応速度を限界まで強化するクルセイダーの奥義、スピアクイッケン。

 一振り二振り、魔槍が翻るたびにヒドラが塵と消える。

「これで仕上げよ! ハァッ」

 気合い一閃。轟音と共に、辺りに雷が降り注ぐ。

 ゼピュロスに秘められし魔法、サンダーストームだ。

 苛烈なる力が辺りを焼き尽くした後、そこにはヒドラは一体たりとも残っていなかった。

「お疲れさま~~」

 シンとした辺りに、ヒールをかけ続けるミリュウの気の抜けるような声が響く。

「ハァ……まったく、酷い目にあったわ……」

 フワリと白金の髪を掻き上げつつ、疲れた声でミアが言う。

「災難だったねぇ」

「全くよ……。でもまあ、これでいきなり最下層にまで行ってしまった理由が分かったわね」

 なるほどな。あそこと同じような場所が他にも有ったのだろう。

 我らと同じように直ぐ下の層に落ちたならまだしも。運悪く、そのまま最下層まで突き抜けて行ってしまったと言うことか。

「まあ、それはともかく、貴方まで穴に落っこちたの? これは相当地盤が緩んでいるのかもね……」

「ん~、あたしの場合は落ちたというか、わざと踏み抜いてきたんだけれどね。あたしの体重じゃ床が抜けなかったから」

「……ちょっと待ちなさい。何よ、その私が重かったから床が抜けたような言い方は」

「やーねー。別にそんな恥ずかしがらなくても良いわよ~。ミアの方が背がちょびっとだけ高いんだし。それに最近ダイエッ……ムグムグっ」

 顔を真っ赤に染めたミアによって口を塞がれ、バタバタと手を振るミリュウ。

「い、言っておきますけどね。もし仮に重かったから床が抜けたにしても、それはほとんどこの鎧の重さの所為ですからねっ。わ、私が重いからじゃ決してないんだからね!」

「モゴモゴ(そうなの?)」

「そうなのっ」

 まあ、そのなんだ、頑張れ……。

 妾は何となくそんな言葉を贈りたくなった……。



【5】

 

 

 そして此処はフェイヨンダンジョン最下層。

 ムナックやソヒーをやり過ごしつつ、此処までやってきた。

 遭難者はと言えば、ここは運良くというか入り口の直ぐ近くにに隠れていたのを、特に苦労もなく見つけることが出来た。

「さて、これでお仕事は完了ね。早いところ街に戻りましょ」

 ヒールで傷の手当をしながら、ミリュウが見上げて言う。

「そうね……って、ちょっと待って、何か居るわ!」

 辺りの気配を注意深く探る。なるほど……確かにひときわ濃く禍々しい気がこちらに向かって近づいてきておるようだな。

「あれは……ジェネラルスケルトン!? クッ……やっかいな奴が来たものね」

 此処最下層に最近現れるようになったという、高位不死種族。一次職では言うまでもなく、二次職連中でもかなり手こずるだろう。

「どうする……? ミア」

 ミリュウが遭難者を庇うようにして立ち上がる。

「……倒しましょう。とりあえず貴方はこれを。危険だから先に街へ帰っていなさい。ヒールで回復したから動けるようにはなっているはずよ」

 ミアが遭難者の手に蝶の羽を握らせる。

 それを握りつぶし、この場から完全に消えたのを横目で確認すると、ミアは槍を握り直し、敵に向かって構える。

「取り巻きは最初の一撃で片づけるわよ。いいわね?」

「了解っ」

 ミリュウも盾をかざし、右手のファイヤフランベルジュを強く握りしめる。

 

 『スピアクイッケン!!』

  ――SKILL・SUCCESS!――

 『オートガード!!』

  ――SKILL・SUCCESS!――

 

 飛び出すは同時。

 左右から挟み込むように、敵へと向かう。

 

 『『マグナムブレイク!!』』  

  ――SKILL・SUCCESS!――

  ――SKILL・SUCCESS!―― 

 

 唱和する声。

 全くの同じタイミングで繰り出された爆炎によって、取り巻きのソルジャースケルトンが跡形もなく崩れ去る。

「一気に片を付けるわよっ」

「うんっ」

 

 『マグナムブレイク!!』

  ――SKILL・SUCCESS!――

 

 ミアの放つ技によって、ジェネラルスケルトンの身体が宙に吹き飛ばされる。

 

  ――CHAIN!!――

 『ホーリークロス!!』

  ――SKILL・SUCCESS!――

 

 聖なる気が込められた十字の閃光。

 負の気が篭もった身体に、致命的なダメージを与える。

「止めっっ!! ミリュウ!」

 

  ――CHAIN!!――

 『バッシュ!!』

  ――SKILL・SUCCESS!――

 

 渾身の力を込めた攻撃で叩き落とす。

 そして、ミリュウが放つは魔に属するものにとっては必殺の技――

 

  ――CHAIN!!――

 『グランドクロス!!』

  ――SKILL・SUCCESS!――

  ――FINISH!!――

 

 目も眩まんばかりの光と共に、聖なる十字架が不浄なるものを焼き尽くした。

 クルセイダー――対闇・対不死のスペシャリスト。

 それを二人も相手にしては、いくら高位種族といえども勝てる道理は全くと言っていいほどなかったな……。



【6】

 

 

 今日も容赦なく日差しが降り注ぎ、夏真っ盛りのフェイヨン水場前。

 ミアが額に汗を浮かべつつ、此処へとやってくる。

「ミリュウ? 此処にいるの……って、きゃぁぁぁぁぁぁぁ」

 覗き込んだ泉の真ん中にポッカリと浮かぶ水死体がひとつ。

「なっ、なっ……」

 ――ザバーーッ

 驚くミアの前で、水死体がいきなり立ち上がった。

「あれれ? 誰かと思ったらミアじゃない。何やってるの?」

 水死体はミリュウだった。

 ……いや、別に死んでいたわけではなく、ただ浮いていただけなのだが。

「あ、あ、貴方、一体何やって……」

「ええとね、ほら、水浴びがダメだっていったじゃない。だから中途半端な事しないでいっそのこと全部浸かっちゃおうと思って~」

 口にくわえているのは、シュノーケルとか言うJの形をした管。

「ミアもする? もう一個有るよ~って、何でゼピュロスなんか持ち出すの……? え、そんなの水に入れたら……イヤァァァァァァァァァァァァァ!!」

 ……今日も今日とて、フェイヨンは平和だな。

 妾は眼下の惨劇から目をそらせつつ、そっと葉を揺らすのだった……。

 

 

 

 

 

〈END〉