昨日、主治医から母と兄に話しがあり、
一週間ぐらいで急変する可能性があるので心積もりをしてくださいと言われました。
母からも一昨日ぐらいから急に様子がかわった気がするとラインが来ていたので、
なんとなくそういう話しは予測がついていました。
しかし私や妹はもう帰省しても病院には入ることが出来なくなっています。
コロナのせいで、今、仕事はゆるくなってしまったので今なら帰省できるのに、
そのコロナのせいで帰省できないという状態です。
話しを戻すと、
帰省して付き添いで丸一日をホスピスで過ごして、
父の妄想や看護師や家族への暴言は病気や病気による認知症などの影響とは他に
薬のせいではと思い、主治医とお話しをさせてもらいました。
主治医は入院した当時の父は「もう放っておいてほしい。死にたい」と繰り返すばかりで、
自暴自棄に見えた。
なので抗うつ剤を処方したのだと話します。
それで私は父は口ではそういうことを言うけれど、
前向きな気持ちもないわけではないと話しました。
丁度昨日も家庭菜園の話しで6月頃の計画を聞かされました。
「体調が悪ければ死にたくなるし、良くなれば気持ちも上がっているようでシーソーのようにそれが繰り返されている状態に感じます」
という話しをしました。
それでも父が以前に比べると看護師にそこまでひどい態度をとらないのは抗うつ剤のおかげだと思うと言うので、
「父の中では、医者や看護師に良い態度をとって外泊を許可してもらい、
そのままこの病院から逃げ出すという計画があります。そのための演技のようなものでもあると思います」
と答えました。
確かに入院当初よりは幾分まともだったのかもしれないけど、
母に対する態度やトイレ介助の看護師さんへの態度は変わらずひどかったし、
周りが全員敵だと思いながら一日を暮らしていくのは、父自身が一番苦しいだろうと思うのです。
なのでこの症状をなんとかしてほしいという思いが強くありました。
主治医も「確かに今の雰囲気では抗うつ剤は必要ないかもしれない」となり、
その日の夕方から抗うつ剤の処方は辞めて向精神薬が処方されました。
父の付き添いでたぶん母が一番疲弊していたのが夜のトイレ介助です。
その前の晩まで夜は短いときで45分おき、長くても2時間ごとにトイレで目を覚ましていたのですが、
そのお薬を飲んだ日に突然8時間ぶっ通しで眠ってくれました。
あまりに驚いて朝来た看護師さんに「睡眠薬を増やしたんですか?」と聞いたら、
その向精神薬が眠気の作用が強いものだという話しでした。
最初は「これは良いことなのか、悪いことなのか」と不安になったのですが、
目を覚ました父は「久しぶりによく寝た。トイレに起きなかったよな?」と機嫌よく話し始めました。
その日は外泊の予定でした。
私は父は一時間でも早く帰宅したいだろうと思ったので、
朝の点滴の時間を早めてもらい、点滴終了と同時に病院を出られるように、
事前に薬や酸素吸入器を手配してもらい、全て車に積み込んで準備万端にし、
一応念のため「着替える?」と聞いてみました。
容態が悪くなってからは父は着替えるのをすごく嫌がっていて、
それ以前の帰宅のときはパジャマ姿のままで帰ったそうです。
ところが今回は普通にポロシャツやスラックスなどへの着替えに応じました。
とはいえこの帰宅時はまだまだ態度は最悪で、私は何度も喧嘩をするし、
母も最初は着替えたことを喜んだり、父の好きなものを作ったりするのに頑張っていましたが、
母への度重なる暴言に家の中は険悪な雰囲気になっていました。
それでも久し振りの自宅での食事はやはりおいしかったのか食欲は旺盛で、
なんとかよろよろしながらもダイニングのテーブルについて食事をとることも出来て、
別荘の方の温泉にも入ることが出来、悪くない帰宅となった思います。
最後のお昼の食事も終わり、
私は再び父を車に乗せて病院へ向かいました。
最初は大した話しをしていませんでしたが、父も穏やかっだったのでつい、
「自分でなんでもしようとしないで、もう少し看護師さんに頼った方がいいよ」と話しました。
普通はここで険悪になるのですが、そのときは素直に
「そうだなあ。もう自分では何にも出来なくなってしまったしなあ。頼るしかないよ」と言いました。
そこから母の話しになり、「お母さんを頼むな。いろいろと身体も悪くなってるから」と言われ、
「だったら優しくしなよ」と心の中で思いましたが、そこはとりあえず「そうだね」と返しておきました。
さてその日の病院に戻ってからの夕飯。
なんと父は完食こそはしなかったものの、ビニールへの隠し捨てを行わなかったのです。
更にはなんだかとっても落ち着いていて、
看護師さんへの態度もものすごくよく、トイレ介助の度に「悪いね。ごめんなさい。」と繰り返し謝りまます。
夜の薬を飲んだあとは、いつもは口をきかず寝ているのですが、
その日は二時間ぐらい横になったままいろんな話しをしました。
自分の仕事のこととかこれまでやってきたこととかです。
子供の頃に父親を亡くしているのですごく苦労しており、結婚した当初も貯金はほとんどない状態でした。
それがサラリーマン時代を経て、会社をいくつか経営するまでに至り、
家や別荘も持てて、献身的な兄がいて、
娘たちは遠く離れてしまったけど、こうして短時間でも戻ってきて喧嘩しながらも手助けしてくれて、
「お父さんの人生は成功だったんじゃない?」というようなことも言いました。
そこから三日間ぐらいは母も「お父さん、どうしたんね?」と言うぐらい穏やかで、
兄も妹も「薬をかえてよかった」と喜んでくれました。
あの時のあれは薬のせいだったのかなんなのか今となってはわかりませんけど、
そのあとはまた微妙に悪くなっていくので、体調に関係していたのかなとも思います。