最後の日の出来事。  


病院に入院してからは

毎日毎日いろんなことがあったので、

その前後がこんがらかってしまいます。 


ノートには記録してあるのですが 

今はまだ見ることができません。 


ずっとずっと、頭の中で時系列を合わせています。


今思い出すに 

あの日はこんなことがありました。 


ちょっと話があるからこっち来いと

手招きするので 

私はベットに登って夫の傍に座りました。 

声がほとんど出なくなっているので

傍に行かないと聞こえないのです。 


 🌿 🌿 


 「シャワーをしたとき、体重が70キロあると誰かに囁かれたんだ、見ろ、こんなに贅肉があるだろ」

と、私にお腹を見せます。 


「 お父さん、もう骨と皮になっちゃてるよ」  

と言ったら 


「 反論はするな、よく聞きなさい。」  

というので、


よく聞いたら 

「 これからはダイエットすることにしたよ」 

というのです。 


 意味は不明でしたが 

「 あっ、お父さんそうなんだ。分かった。」  

と返事をしたことを覚えています。 


 食べれるようになることが目標になっていた夫に 

食べたら太るという話が聞こえてきたというのも


ある意味、

自身の食べれなくなっている現状に

 整合性を持たせるかのような

幻聴を聞いたんだと思います。


そこまで頑張る夫が不憫で 

涙が流れて来ます。 


 もっと心安らかになってほしいと思いながら 

うまくそこに持っていけなかったのは 

私の力不足のせいだったと思う気持ちが 


ずっとこの間、私を支配してきました。 


ですが、 

今日訪ねてくださったお客様のお陰で

 私は、自分の考えはもしかして間違っているかもしれないと思うようになりました。 


 「旦那さまは本当に最後まで生き抜きましたよね」、、、


 とおっしゃってくれたのです。 


 確かに自身の信念に沿って 

体力の限界を上回って 

生き抜いた夫だったと思います。 


この生き抜く姿勢は 

ひょっとして命の際にあっても

貫かれ


気を抜くことなく

そのままの調子で歩みを続けて

向こうに渡ってしまったのかもしれません。 


 もしそうだったら 

私もどきが口を出して 

夫を止めれるはずもありませんでした。 


彼特有の粘り強さで 

自分の体と向き合い続けたのは 

彼にとっては

ごく自然のことだったかもしれません。

本当によく頑張ったと思います。


それを不憫と思うのはきっと私の奢りと思います。