母レイコからの突然の電話で、弟のトモの死を知った。
「え、誰が!?、トモ!?、何、言ってるの?」
何が起きたのか全く分からず、ただ茫然と立ちすくむしか出来なかった。
電話のやり取りを聞いていた妻の方が先に泣き崩れていた。
朦朧とした状態ですぐに何をしたら良いか分からず、煙草を立て続けに5本位吸った。
トモならはっぱをふかしたかも知れない。
ようやく耳に残った母の言葉が反復されて、起きた事の重大さが理解出来た時、涙が溢れてきた。
何なんだ、この感情は。。
よく分からないまま、ひとしきり泣いた後も身体が動かない。
どれだけ時間が過ぎたか分からないが、
教えられた「旗の台」の病院へ電車で向かう。
車なら事故ってたかも知れない。
車中、乳児を抱いた女の人に席を譲った。
何故か、素直に優しくなれた。
もう、人に優しいトモの効果なのか?
なんては思わなかったけれど、贈る言葉のワンフレーズ
♪人は哀しみが多い程、人には優しくなれるのだか?ら?♪
が頭をよぎった。
鉄矢、良い歌詞書くね。。どん兵衛だけじゃない!
病院の受付で霊安室の場所を聞き、エレベーターに乗る。
余談だが、エレベーター外側の案内には「霊安室」の表示がない。だけど、内側にはある。
恐らく遺族や関係者に対する配慮なのだろう。
霊安室に入ると直ぐに天秤座の弟と目があった。
瞬間的に顔を歪ませた彼に呼応して、トモの顔を見る前に僕は既にまずい状態に陥ってしまった。
父、母は朝4時に一度対面しているせいか、
少しは落ち着いているように見えた。
今思えば、ただ堪えていただけで、本当はボロボロだったはずだ。
家長として、親としての強さだったのかもしれません。
トモの顔を見ても触っても、実感がなく、眠っている気がした。
というか、信じようとしなかったんだと思う。
ただ、ただ、涙は湧き出る。
どうして出てくるのか、あまり泣くとウチの犬(HUG)みたいに涙やけが出来て、ほうれい線になるのかなぁ。
それはちょっと困ります。
皆が集まっても、なかなか言葉が出ない。何を話せば良いのか、皆、分からないんだ。
気の利いた言葉なんてあるのか、こんな時に。
ポツリポツリと父マサジが昨夜からの事を話し出す。
そして遺留品を見せてくれた。
又、沈黙。。
涙。
それにしても待たされる。
警察、監察医、また警察。。
警察なんて昨晩、いや明け方4時に両親にトモの事を聞いてるのに。
今日は違う担当者、部署らしいけど、こんな時に又、同じようなこと聞くのか!?
会社なら「引き継ぎをちゃんとしてから来い!」って言えるけど、今は無理だ、そんなパワーはない。
他殺、事故、自殺、何で奥沢駅に居たのか?
知らないよ、こっちが聞きたい位だ。
「先ずは聴取の目的、そして分かった事、確認したい事を明確にして欲しい。」
って、これじゃあ、会社で思う事と同じだ。
散々待たされた後、監察医の検案も終わり、病院の霊安室から斎場へ移動することになった。
あの世への旅支度をするため、トモの両手、両足にお遍路さんが着けているようなものを家族で着けてあげる。
既に天秤座の弟は泣き崩れ、着けてあげるのもやっとだ。
ようやく病院での一通りの事が終わった。
病院を出たのが夕方で、トモは病院指定の斎場に連れて行かれた。
メルセデスのワンボックスタイプだ。
アイツはメルセデスに乗った事あったのかなぁ?
トウクトゥクの方が似合うな。
乗れないか、小さくて。
斎場では落ち着く間もなく、ほぼ直ぐに打合せだ。
説明を受けるが、こんな時には冷静に考えられない。
判断力が鈍くなる。
斎場の人が良い人かどうかが重要になりそうだ。
一通り、今日の時点で確認や決定する事が終わりかけたころ、
又、警察から電話だ。
トモの部屋に行きたいそうだ。
部屋に入るには家族の同意が必要らしく、天秤座の弟と祥吉の三人で向かうことにする。
トモみたいに太陽や星じゃなく、
文明の道具「ナビ」を頼りに。
トモは会社の同僚(昔からの悪友)と部屋をシェアしていた。
未だ、日が浅い事もあり、家族が足を運ぶのはこれが初めてだ。
部屋の状態はトモの名誉の為、割愛します。
刑事さんも入るのを躊躇した気がした。
僕達も「アイツは海外生活が長かったから、日本の畳文化を忘れたのか。」と思ったくらいだ。
片付けても良いかと刑事さんに聞くと、問題無いとのことだったので簡単に片付けた。
テレビやオーディオもなく、荷物も少なかったので、さほど時間はかからずに終わった。
男子の部屋お約束の物だけは持ち帰った。
これはちょっと恥ずかしい、自分も気を付けないと。
その後、天秤座の弟と祥吉と実家に泊まるが、あの時に取った食事ほど味がなく不味かったものはない。
母レイコの食事ではない、出前の寿司だ。
寿司屋の腕の問題以上に僕達の心の問題が影響していた。
皆、ほとんど手を付けなかった。
もりもり食べる程、無神経な家族はいなかった事に安心した。
軽くビールとトモの部屋から持ち帰った「鍛高譚(たんたかたん)」を飲み
ながら、トモの話題になると誰かが泣き、を繰り返した。
その晩は疲れているのに眠れなかった。
人生40年で一番泣いた日だった。
祥吉の紹介は別にします。