高校を卒業して、私は予定していた専門学校に進学した。
けれど、あまり環境の変化に対応するのが得意ではなかったことと、同年代の少ない、女性ばかりの環境に戸惑って初めはほとんど行かなかった。
そんな時にずっと一緒に居てくれたのは、彼を通して知り合った2人の共通の友人だった。
いい意味でも、悪い意味でも、どこかで彼と私は繋がっていた。
彼は、出版社に就職した。
本当に偶然にも地下鉄で隣の駅という近い場所だった。
あまりにも学校が辛くて、帰り道に1人その駅の周辺を歩いたりした。
もしかしたら、彼にばったり会えるかも知れない。一目だけでも顔が見れればまた頑張れる。
今考えると一歩間違えばストーカーと思われても仕方ないけれど、当時はそんなこともわからないくらい追い詰められていた。
それも1~2ヶ月程だった。
同じ専門学校で良い人に出会えて、彼にもう一度会いたいという思いは変わらなかったけれど、恋愛感情は薄れていった。
その頃に丁度彼と共通の友人の結婚が決まり、私も彼も式に呼んでもらうことになった。
共通の友人も状況は分かってくれていたので、無理はしなくていいと言ってくれたけれど、無視されてもいいから彼に会いたいと思った。
恋愛感情を抜きにしたって、彼は私を作ってくれた特別な人に変わりはなかった。
それでも、式当日まで行かない方がいいかもしれない。彼にまた無視されたら普通でいられるだろうか…と不安しかなかった。
けれど、当日話しかけてくれたのは彼だった。
私もずっと溜まっていたこと、そしてちゃんと好きな人が出来たことも話した。
余興で歌を歌うことになっていたので、前に出る時も彼は横に着いていてくれた。
その日はみんなで彼の家に泊まって、翌朝彼の家を出たとき初めて安堵の涙が出た。
人目も憚らずわんわん泣いた。
私はこれほど彼に会いたかったんだと実感した。
それからは彼と出会ってから初めて友人関係での時間を過ごした。
共通の友人と集まったり、あるときは実家に泊まりに来てくれた。
もう戻ることはないけれど、やっぱり特別であることに変わりはないね。と、お互い確認しあって、久しぶりに手を繋いで眠った。
それからも友人関係は続いた。
けれど、3年前。東日本大震災があった年の秋に彼は突然居なくなった。
共通の友人達から連絡がつかないと私に連絡がきて、しばらく様子を見ようということになったけれど、SNSも全滅だったし、彼が意図的に姿を消したことだけは分かっていた。
そこから1年が過ぎた。
いよいよ後輩が彼の実家へ行ってみる。という話がではじめた時だった。
彼が行方不明になる前まで、本当に偶然に彼のお兄さんが私の住んでいる近所のスーパーで働いていて、一度は異動になったけれど、また戻ってきていたのだった。
うちの母が気付いて、私に知らせてくれたので、私はすぐにお兄さんのところへ向かった。
お兄さんはなんとなくだけど、私を覚えていてくれていて、自分から話していいか分からないので、親に聞いてから電話すると言って下さり、電話番号を渡した。
するとすぐに彼のお母さんから電話をもらった。
彼はある朝突然会社にも出勤せずに、携帯を解約して姿を消してしまったそうだった。
捜索願も出したけれど、未成年でもないので警察が動いてくれるはずもなく、1年が過ぎた。
そして、少し前に免許の更新が出来ないから捜索願を取り下げて欲しいと一度だけ連絡があったとのことだった。
だけど、住所や連絡先は教えられない。
また連絡するから。
と、それ以上はわからなかったらしい。
お母さんは不安そうにしていたけれど、私は彼が生きていることがわかっただけで、全身の力が抜けた。
バカなことを考えてないといいと思っていた。
丁度その1ヶ月前に、私の父は自ら命を絶っていたから。
生きていてくれるだけで充分だと思った。
彼は家族のためにずっとずっと自分を犠牲にしていたから、自由になれたのだと、安堵さえした。
あれから1年以上経った今も彼はまだ帰って来ていない。
けれど、生きていればいつかまた会えると思っている。
月並みだけれど、私はそう信じている。
そう信じて何とか生きている。
その日まで、彼がくれた歌を彼のために歌い続けようと思う。
今、彼はきっと自分の夢を自分で叶えている最中だろうから、遠くから、聞こえなくても。
君のために僕は歌うよ。
