劇団月のシナリオ2024年5月公演『器』に向けての

思いを綴りました。


もう少し早く上げたかったのですがうまくまとまらず

書き始めてから2週間くらい経ち、その後もちゃんと言葉にできているか不安になって色々書き直していたら、いつの間にか公演間近になってしまいました。


●『器』との出会い


『器』は、中島梓織さんが書かれ、演劇団体「いいへんじ」さんが2022 年に上演された作品です。


今回、その作品をシナリオクラブのメンターでもある

清家栄一さんが演出し、劇団月のシナリオのメンバーが演じます。


いいへんじさんの当時の公演挨拶では、

「現代社会を生きる若者の陰にひっそりと隠れる

「死にたみ」について考える機会となる作品を

目指します。」

と記載がありました。


また、公演開始後のコメントで中島梓織さんは以下のように述べられていました。

「「死にたみ」について考える二本立て公演と銘打っていますが、それぞれまったく違う角度から生きることをおもしろがれる作品になっていると思います。」


この『器』という作品に込められた想い、中島梓織さんといいへんじさんが伝えたいことをどこまで汲み取れるか、そして、観てくださった方にちゃんと伝えられるか、これが今回の公演で私が一番大事にしたいことです。


私が『器』を知ったのは、

今回の公演でやることがきっかけでした。

そのため、2022年に上演されたオリジナル版を

観ることはできていません。


ですが台本を読むだけで

心に響くものがたくさんありました。


●「死にたみ」について(私の場合)


カズキくんほどではありませんが私も20代の頃に

何度か心が疲れてしまったことがありました。

私にとっての「死にたみ」を感じたときでした。


起きなきゃとわかっているのに身体が動かない。

漫画などで重力の攻撃や敵の圧力を受けて動けなくなるシーンとかの感覚ってこんな感じなのかなと思いました。

私は身体が動かなかったのは1〜2日くらいでしたが

それでも結構しんどかったので毎日の方は本当につらいと思います。


他にもこんなことがありました。

駅のホームを歩いているときや横断歩道で車を待っているときに、飛び込んでしまえばもう何も考えなくて済むのかというのが頭をよぎる。

現実だとわかっているのに自分の身体や世界が作り物のように感じる。


これらのことは今でもたまに感じるときがあります。


『器』を読んでいくなかで「死にたみ」という言葉では説明が難しい心の動きを丁寧に描いていると感じました。

経験がない人にはピンと来ない部分もあるかもしれませんが少しでも心の疲れを感じたことがある人には観ていて伝わるものがあると思います。


また、カズキやメランを始め登場人物達の言葉に共感できる部分がある。

共感できる表現がそこに存在してくれているというのがありがたかったです。


この作品をもっと早く知りたかった、

オリジナル版を観たかったという思いで

いっぱいになりました。


『器』と二本立て公演されていた『薬をもらいにいく薬』も台本を買って読んだのですが、こちらも好きな世界観で劇場でぜひ観たかったです。


●「いいへんじ」さんの新作公演


『器』のオリジナルを観たかったと思っていたところに

嬉しい機会が訪れました。


「いいへんじ」さんが新作を上演されるというのです。

タイトルは『友達じゃない』


大人になってからの友達がほしいという気持ち。

お互いにこの人と友達になりたいと思っているのにどこまで踏み込んでいいのかわからず悩んでいるところ。

相手に気を遣ったことで起こってしまったすれ違い。


登場人物である吉村さんや真壁さんの思いや行動に

観ていて心がじんわりと温かくなりました。


実際に作品を観て中島梓織さんの書かれる作品や

演出がますます好きになりました。

大好きなだけに劇団月のシナリオ公演の『器』が

どこまで作品に寄り添えているか不安にもなりました。


●舞台において原作を大事にするとは


稽古が始まったのは3月頃からでした。

ちょうどこの頃、漫画の実写ドラマ化について

ニュースになっていました。


そういったこともあり、舞台作品において原作を大事にするとはどういうことなのか考えていました。

漫画やアニメの舞台化については原作が明確ですし

キャラクターの設定も明確に決まっています。


しかし、舞台のオリジナル作品を

他の団体が演じる際には原作の手がかりが

台本しかありません。


台本からどこまで作者の想いや登場人物の背景を汲み取れるか。また、台本には書かれていない余白の部分を演出家や役者が作り上げていくなかでどれだけ作品に合った内容にできているか。これらが重要になってくると思いました。


また、原作となる初演を見られるのであればそこから得られるものがたくさんあるのですが、初演を見ることはかなり難しい部分があります。


配信やDVDなどの媒体でまだ残っていればいいのですが

、それも年数が経って販売が終了していると見ることができません。


舞台作品はその性質上台本という原作を読むことはできますが、実際に上演されたときの演出や雰囲気などがどうだったか知れない側面があります。


今回の『器』では、いいへんじさんが『器』(思索と試作ver.)の短い映像をYouTubeに上げられていたので少し雰囲気を知ることができました。

また、『器』(思索と試作ver.)の台本と『器』(2022年上演)の台本を見比べて作品がどのように変わっていったのか見たりもしました。

(思索と試作ver.のサキとカズキの最後のやり取りも好きです)


それでもわからない部分はあります。

作品が作られていくなかでの演出家さんと役者さん達の対話で語られたことや演出の指示で話された設定などについて。

しかし、それは作品を作られた方々だけが知っている大切なものや時間です。踏み入ってはいけない部分でもあると思います。


できることがあるとすれば、台本から演出家さん、役者さん、照明さん、音響さん、美術さん、各セクションの人達がどのような思いで臨まれていたのか想いを馳せる。(「想いを馳せる」は、私の好きなある舞台作品の言葉です)

それが一番大切なことかもしれません。


●劇団月のシナリオ公演に向けて


『友達じゃない』でいいへんじさんの舞台を見て

その世界観や雰囲気が大好きになった一人として

今回の劇団月のシナリオの『器』がどう受け入れられるか不安やプレッシャーはあります。


劇場の大きさが違うこと、20代〜60代の人達でこの作品を演じること、音楽があのマリンバの音色で彩られないこと……


それでも月のシナリオのみんながこの作品に向き合って

もがいて頑張っている姿をカズキ役として私はずっとそばで見てきました。

そして、みんなの存在が私の「死にたみ」を和らげて

少し「生きたみ」を感じるようにしてくれていました。

そんな素敵な人達が演じる今回の公演を自信を持って届けたいと思います。


月のシナリオの公演を観に来てくださった方が

何かを考えるきっかけになりますよう。