ふかマンのhobby

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ふかマンの趣味ごとを書いていきます。
普段は手相やライフカウンセリングなんかをやってますが。
ここでは全くの私事。
カメラ。バイク。旅行。プラモデルなどの趣味をテーマ分けして書いていきます(笑)

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17番め
江の島

今回表紙と見開き
同じ写真をそのまま使いまわし。
ただ、その写真内容だと多数印刷紙には採用しないようなものだと思うので
そういうのが大きく載ってるのは別な意味で興味深く、ゆっくり眺められる。
手抜きっぽさを感じさせるが、興味深く感じてしまった私の負け(苦笑)
 

所在地・神奈川県藤沢市

所属諸島・無し

面積・0.38km2

標高・60m(記載なし)

人口・368人

日本三大弁財天を祀る、江の島信仰の象徴
『江島神社』には
裸弁財天像として有名な〝妙音弁財天〟を始め

三姉妹、三女神を江島大神を祀る。
辺津宮の田寸津比賣命(たぎつひめのみこと)

中津宮の市寸島比賣命(いちきしまひめのみこと)

奥津宮の多紀理比賣命(たぎりひめのみこと)
他にも上記三女神の父親を祀った、八坂神社の須佐之男(スサノオ)
龍宮(わだつみのみや)、秋葉社や稲荷社などがある。
急ぎ足で駆ければ、奥津宮より奥の岩屋まで行って、瑞心門まで戻ってこれる。

が、できればゆっくりと雰囲気を楽しみたい。

江の島グルメは『江の島丼』という、だしで煮たサザエの身を卵と玉ねぎで閉じたものが有名。

他、海そばの出し物らしくサザエやハマグリ、ホタテ。シラスなどがある。

 

その他の島々紹介

喜界島

所在地・鹿児島県喜界町

所属諸島・無し

面積・56.82km2

標高・214m(記載なし)

人口・7,212人

現在でも隆起し続けてる〝成長の島〟としては東京都の硫黄島(毎年1m)が有名だが。

ここ、喜界島も毎年2ミリずつ隆起してる。
喜界島は現在進行形の隆起珊瑚礁で形成された島だ。
歴史として興味深い話に、源為朝伝説がここにもあった。
保元の乱で捕らえられた源為朝は伊豆の大島に流される。ここで伊豆諸島を従えて反乱を起こそうとしたところで討伐隊に鎮圧され、伊豆大島の館で自害したと言われている。が、ここから源為朝伝説が始まる。
伊豆諸島の八丈小島まで流れ着き、ここで自害した。とも。
そこから更に南へ流れていって、初代琉球王舜天となったとも。
何ともはやスケールの大きい男である。

ところで、ここ喜界島での伝承は琉球に渡る途中にしけにあった為朝さんが喜界島に人がいるのかどうかを試すために雁股の矢を放った。そして上陸した為朝さんが弓矢を抜き取ると、そこから清水が湧き出た。という。
それが今尚も湧き出る〝雁股の泉〟
うーん、あちこちに伝説残るし。

八丈島から琉球に渡るために喜界島を通ったり。そして、初代琉球王舜天になったり。

本当にそうだったかも?と思わせてしまう、歴史ロマン。
 

他には、サンゴを生活なかに巧みに取り入れていく話やサトウキビの話。
島ゆみた、という喜界語の保存伝承の話。
島グルメとしては、サクナー(長命草、ボタンボウフウとも言う)という薬草を天ぷらにして食べる。
他にも白ごまを年間50トンも作り、日本一の生産量だ。夜光貝も刺身にしたりする。

戦争と戦跡

喜界島は実は、沖縄戦の次に喜界島が米軍侵略予定の地だった。
そのせいか、戦争と戦跡に関して2ページ特集と異例の記事が載ってる。
そして、昭和6年(1931年)、海軍不時着飛行場を造った事から喜界島の戦争が始まる。
太平洋戦争末期、沖縄防衛作戦の航空機中継地点として位置付けられる。

そうなってからは、襲撃機や特攻機の整備や給油、鹿児島から飛び立った機体の不調機の着陸整備場ともなった。

今尚も、島内あちこちに戦跡が散らばる。
代表的なところでは、喜界空港傍に〝戦闘指揮所跡〟、灣集落に〝掩体壕〟、川嶺集落の〝トーチカ跡〟。

あと、特攻花として有名になったテンニンギクも忘れてはならない。
喜界島はいつか行く。
そしてゆっくりと回ってみたいものだ。

 

野忽那島(のぐつなしま)

所在地・愛媛県松山市

所属諸島・惣那諸島

面積・0.92km2

標高・96m(オイラン山)

人口・106人

平安時代から続く歴史を持つ半農半漁の島。

島影としては、小さいながら山やくびれた海岸線、中央の平地と変化に富んでいる。
ここで特筆するべきは、シーサイド留学という制度。
21年間の間に全国各地から120人ものの児童を受け入れ、小学校存続を成功させた。という背景。

八重山諸島の人たちだったら、どっかで聞いたような話だな?と思うだろう。
鳩真島の小学校存続のために、様々な事情で親が育てられない児童を引き受ける里親制度を設けた話。

その実話をエッセにしたものを紹介しておく。

書籍『子乞い―沖縄孤島の歳月』

ただ、野忽那島の地図をみると(休校中)となってる。

平成21年(2009年)に最後の卒業生が出ていったあと休校となった。

野忽那小学校は130年の歴史だそうだ。

コロナ禍が落ち着いたら、また復活して欲しい。

 

鵜渡根島

所在地・東京都新島村

所属諸島・伊豆諸島

面積・0.40km2

標高・209m(記載なし)

人口・無し

小さな無人島ながら、立派な山が屹立する。
記事には〝まるで北アルプスのよう〟と例えまでしているのが面白い。

さて、この島は明治時代の一時期。青年とその母親が半年から数年の間住んでいたことがあったそう。

そういう話はなかなか検証取りにくいものだが、この記事にはしっかりとした話が残っていて大変興味深かった。

他、鵜渡根島には今尚も唯一の人工物があるそうだ。

この記事を書いた人も直接、その人工物を目撃できたとの事。

記事にはその人工物は何なのか書いてあるが、ここでは敢えて割愛する。

たった2ページ特集ではあったが、読み返すほどに面白い内容だった。

 

しま山100選

ドンデン山

標高940m/佐渡島/新潟県佐渡市
佐渡島の代表的な山。
ただし、最高峰は金北山(きんぽくさん)1172mという山で日本の離島でも3位(但し、順番には注意)の高さとなる。
こちらでもネットで調べたところ、この記事の〝離島3位〟というところに突っ込みしたくなった。
その3位というのは曲者で、北方領土の択捉島爺爺岳(1822m)と国後島単冠山(1634m)を省いた順番となっている。
全体的には実際に行かれたかは不明ながらも、高山植物や山行などを織り交ぜよく書いてるだけに、私にとってはこの部分が非常に残念な物書きになってしまった。
 
日本列島の成り立ち 休載
日本の島総覧17「かみ」~「かん」
 

次号はなんと!

わが故郷『石垣島』、『下地島』、『保戸島』

どんな記事になるんだろう。
予告表紙は、やっぱりというかの王道。

川平灣風景となってる。

ええい、電信屋にせんかい。と⇒そんなのに反応するのは戦跡マニア位かと(苦笑w)