「藤田」という「名字」の由来。「藤田」は「小野妹子」の子孫!? -21ページ目

「藤田」という「名字」の由来。「藤田」は「小野妹子」の子孫!?

藤田という名字の人は、武蔵国 榛沢郡 藤田郷(現 埼玉県大里郡寄居町藤田)にあった「花園城」城主 藤田政行の子孫、さらに遡れば小野篁(たかむら)
(小野小町の祖父)の子孫、さらに遡れば小野妹子の子孫、さらに遡れば第30代天皇 敏達天皇の子孫である可能性があります。


毎年、5月の第二日曜日は、埼玉県寄居町で、「北條まつり」
が行われます。
花園城主 第15代 藤田康邦が、北條氏邦
(北條早雲のひ孫)を養子
にし、藤田康邦は、用土城を作り隠居、
藤田となった氏邦が、花園城、鉢形城主
となりました。
「北条」というと、元寇の時の鎌倉幕府の執権
であった北条時宗などが有名ですが、
北条早雲は、この子孫ではなく、「後北条氏」
と呼ばれているように、別の系統です。