「藤田」という「名字」の由来。「藤田」は「小野妹子」の子孫!? -10ページ目

「藤田」という「名字」の由来。「藤田」は「小野妹子」の子孫!?

藤田という名字の人は、武蔵国 榛沢郡 藤田郷(現 埼玉県大里郡寄居町藤田)にあった「花園城」城主 藤田政行の子孫、さらに遡れば小野篁(たかむら)
(小野小町の祖父)の子孫、さらに遡れば小野妹子の子孫、さらに遡れば第30代天皇 敏達天皇の子孫である可能性があります。

久しぶりに更新します。

「藤田」という名字は、現在の

「埼玉県大里郡寄居町藤田 」という住所が発祥で、昔は、

「武蔵国榛沢郡藤田郷」に住んでいた、小野姓 武蔵猪俣党

の 政行が、住所から名字を取って、「藤田政行」と名乗った

ことから、全国へ広がったようです。

1100年頃から、秀吉の北条攻めで、花園城、鉢形城が落ちる

まで、約400年間、城主でした。

城主以外は、各地に赴任したため、 今このブログを読んでいる

あなたの先祖も、この末裔かも知れません。

私の先祖は、花園城主6代 藤田重国の10代後の

藤田安明が 播州 播磨 摂津国 現在の兵庫県へ

赴任しており、その末裔であると思われます。調査中です。

私も、隣町の埼玉県大里郡花園町 出身でしたが、このことは

知りませんでした。

寄居町藤田 の  近くにある「藤田善導寺」の近くの

農家の方によると、ここ30年で、何十人もの 藤田さん

が、全国から、「花園城」「藤田善導寺」を訪ねてきて

いるそうです。

インターネットもない時代なので、代々語り続けている

のかもしれません。

詳しいことは、このブログの最初の方を、見てください。

また、新情報があったら更新します。