僕は自身がアレルギー反応を起こしてしまうのではと思う位、苦手な「魔法の言葉」があります。なぜ苦手なのか、整理したくて書きますので、オチとかないのでご了承ください。
魔法の言葉
①「もし、何かあったらどうするの?」という疑問の投げ方
②「俺(私は)は構わないけど、アレはやめた方がいいよ」という指摘の仕方
以下は考察です。
①について
「もし、」はいかほどの確率のことを指しているのか。その言葉でどれだけの自他問わず可能性や意欲を潰してきたのでしょうか。
繰り返し①のように言われると無気力の学習という負の強化をもたらします。その方の内側から発したものであれば、なおさらのことではないでしょうか。
そもそも、確率があることに対して、抑制の意味を込めて①のようなことを言うのであれば、
事故死の可能性がある車の運転なんて出来ませんよね。外出もそうでしょう。
私たちは普段から生死に関わる行動をしています。要はやり慣れているかいないか、ということなのかもしれません。
なので決まり文句のような①には違和感や不快感が残ります。
では解決策は、
「私は何を心配しているために①のように思うのか」
を表現していただくことかもしれません。そこから「私・あなた」が心配しているリスクについて、リスク管理の議論に展開(建設的なやり取り)していくこともあります。どのように行えば、より安全に目的を達成できるのか、と。
②について
これは言われる人によって受けとる印象が変わりますが、あえて突っ込みたいので書きます。
「俺(私)は構わないけど」って言って指摘をするなら、指摘をする人にとってすでに構わない話ではなくなっているのではないでしょうか。という突っ込みです。
指摘をする人が構いたい部分だから、その方なりの助言をしますよね。もうその時点で「俺(私)は構わないけど」に矛盾があるので聞いてて素直に入ってきません。
やんわり伝えようとする意図はみえますが、中身は嫉妬や妬みが垣間見える場面で②の表現を聞いたことがあるためか、アレルギー反応があるかもしれません。
解決策は、「俺(私)はアレが辛かった(その時の感情をありのまま表現)、なぜなら〜(心を痛めた理由を表現)、なので、こうしてもらえないだろうか?」と素直に表現することでしょうか。
最後に
つらつら〜と書いてて、少し言葉にできた、という達成感があります。最後までお読みいただき、ありがとうございました(*^_^*)
