いい母親ではなく泣かせちゃいけないって思ってたのはやっぱりいい母親になりうとしてたのかもここで悪い母親でもいいってやると なんかモヤモヤだから「自由でやりたい事に一生懸命な母親」という事にしたこの言葉の方がいい感じだな悪い母親になりたくないこれがいい母親になろうとして自分を縛ってたかもただの「お母さん」より自分にあった形容詞をつけた方が心が自由になった感じ罪悪感 少しは薄れたかも?