しゅーろんやりつつ、greeとか色々見てたんだけれど、

この企画ってやっぱいいなーって思った。


コンセプトは、「自分の目標ややりたいことを目指して、カッコ良く働こう!」ってことなんだけれど、

いいなーって思うのは、

なんだろう、やっぱり、「一緒に」っていうところなんだよね、きっと。


コンセプトビデオも、「一緒に」っていうのが前面に押し出された内容になっているけれど、もちろん、あれを上映したのが登山お疲れ会だったからそんな構成にしたっていうのもあったのだけれど、それを抜きにしても、「一緒に」っていうのは、とても心地良いし、このプロジェクトが持つひとつの大きな魅力だと思う。


夢とか希望とか、やりたいこととか、追い求め続けるのは、やっぱり絶対しんどいことだけれど、でも、違う分野とか、違う業界とか、あるいは違う立場とかで、必死に頑張っている”仲間”がいるっていうのは、とても大きなことなんだろうと思う。


つながってる感、っていうのかな。


夢とか、やりたいこととか追い求めてるのって、自分だけじゃないんだよ、みたいなね。


皆、悩みながらも、でも、自分に甘えず、頑張ってるんだよ、っていう、気持ちを後押しするような感じ。

人の頑張りをみて、あ、自分も負けてられないな、頑張ろうって思える気持ち。


それをもっと前に出して行けたらいいな、と思う。


きっと幸せに生きる、自分らしく生きるためには「強さ」以外にも何かが必要で、その「何か」をつかむヒントが、そこにあるような気がするのです。

最近の僕は「強さ」ばかりを追い求めていたような気がするけれど、それ以外にも、きっとあるよね。


可視化や具体化出来ないかなぁ。


blogとかrssとかうまく使えたらいいな。

誰か、その辺りのプログラム、ささーっと組める人いないかなぁーー。


web強い人ってやっぱいいよな。
デザインセンスとかもすごいって思います。

flashやっておけば良かった。



というわけで、出来るよ!是非やるよ!いいもん作ろうよ!という方がいらしたら、ご連絡くださいませ。

皆さんは、初詣しますか。


僕はここ数年、きちんと元旦に行くようにしています。
冬の寒い中並んだことも結構あります。


関係ないけど、明治神宮行ったときにはめちゃめちゃ寒くて、そして、めちゃめちゃ人がいて、23時ごろから何人か倒れはじめて、救急隊の人に運ばれていきました。。”一年の計”なのに、、、 そして「トイレに行けない」(ぎゅうぎゅうで動けない+一度列から抜けたらもう二度と並べない、というか並ぶ気力が失せる)のが結構きついので、やめた方が良いかもしれません。


で、そうそう、初詣。


ていうかね、神はいるのですよ、突然書くけどね。


神はいます。


なぜなら、ここ数年僕が願ったことは、全て叶っているからです。


もうこれは神のおかげです。絶対そうです。


神に願いをかなえてもらうには、ですね。

ポイントがあるんですが、

そのポイントは、二つだけです。


1、あまり無茶なお願いごとはしない。
   -不老不死になれますように、とか、女優と結婚できますように、とか、
     いくらなんでも神でもムリです。

2、必ず自分でそのお願いごとを達成するための努力をすること。
   -寝てても大金持ちになりますように、とか、宝くじ3000円買うから
    一億あたりますように、とか、ありえません。


神のパワーはですね、実は限られているのですよ。限られているから、毎年、毎年、誰に力を貸してあげるか悩むわけ。神会議が開かれるのですね。毎年。

で、そんときにですね、決めてが、「本人の頑張り」なわけ。

たとえばですね、目標が100だとして、

本人の努力で、97まで持ってった人と、30ぐらいの人がいるとしますよ。


神は、「どーすっかなー」と色々考えるんだけど、やっぱり97の人を選ぶわけですよ。ま、基本的にはね。なぜならそっちの方が神にとって「楽」だからです。


というか、もっと言うとですね、神は、30の人を100には出来ないわけですよ。


ま、実際ぶっちゃけちゃうとね。


数値的には、神の力はせいぜい”3”ぐらいです。基本的には。


そういっちゃうと、「うわ、神だっさ、しょぼ!」みたいになりそうなので、ちょっと言い方を変えると、ジグソーパズルみたいなもんですね。

パズル組み立てるでしょ、97ピースまでは自分で頑張るわけですよ。


で、残り3ピースを神にはめてもらうわけだけど、その3ピースみたいなのって、実は神しか持ってないわけ。基本的には。


だから、やっぱ神は偉い!


だから、さっきのを復習するとですね、


1、あまり無茶なお願いごとはしない。
2、必ず自分でそのお願いごとを達成するための努力をすること。


つまり、自分でせめて80ぐらいまではやれそうなことをお願いしつつ、必死こいて頑張る、と。そしたら、神が残りのピースをはめてくれて、お願いごとが適う、というわけです。


初詣のお願いを決めるときの参考にしてください。


ちなみに、基本的には、と何回か書いたけれど、もちろん、「例外」だってあります。本人が本当に本当に本当に頑張ったけれど、でもダメだったときもあるんですね。そういうときの対処の仕方は、また別のときに話します。あと、「病気」とかもなかなか難しいです。「死」も、そうですね。(ふと、祖母のことが頭に浮かんだので、話を戻します。。) あと、逆に30しかやってなかったのに、100になったりする場合もありますね。突然ね。

そうそう、

神しか持っていないピースのことを、「偶然」と言ったり、それから、30ぐらいしかやってなかったのに、突然100になった時のことを、「奇跡」とか言ったりするそうです。


というわけで、要するに僕が何を言いたかったかというとですね、


修士論文、頑張るので、あと、初詣も行くので、

奇跡よ起きろ!!!!」

ということです。




頑張っても30の予感。

って、なんか似てますね。


「安全だって言ったでしょ!!」


どっちも気付いてからじゃ、遅い、と。



まあ、実際に地震起こってないからあれだけどさ。



「ま、地震なんて起こらないだろうし、大地震着たらみんなつぶれるから同じだろ」


「ま、狂牛病になんてならないだろうし、潜伏期間長いし(10~30年)、そんときには原因特定されないから大丈夫だろ」



これで日本も狂牛病大国なんかな。



すき屋はいい感じ。 ⇒米国産牛肉輸入再開についての当社の見解「安全な食の提供がゼンショーの使命」



「ミッション」を忘れて、「金」に走ると、きっと「安価で儲かる牛肉」に行くんだろうな。
ビジネスの本質は「金儲け」では絶対ないですよ。

皆が本当に自分がやるべきこと、ミッションを考えて働けば、
「カッコよく働く」だけでなくて、不正も起こらないはずなのになぁ。



全員が自分のミッションを追うこと。


みんなが、
利権に目がくらまないまっすぐな信念を持ち、
安易な甘い誘いに乗らない強さを持ち、
自分のミッションを貫くことができるような社会、

っていいなーと思うんだけれどな。


やっぱ、働くことを考えるときに、自分のミッションを考えることは、重要だ。



what do you live for?

what do you work for?



そして、それを考え続けることも。


これが一番難しいから、富士山100人プロジェクトは、それを確認し続けられる場でありたいと思います。



そんな場を創造することが、おれのミッションだ。



ずっと前から同じこと言っているように見えるかもしれないけれど、
色々考えているわけですよ。

書いてあることも、書いてないこともね。

そして、「想い」は、どんどん強くなる。



テンションあげていこーと思います。



よし、がんばるぞ!

だ、と就職活動本に書いてあったらしいです。

プレゼンだ、とも書いてありました。


だから、商品(自分)の良さも悪さも、きちんと把握して、相手に伝える努力が必要、と。



ごもっとも。

本当にその通りだと思います。



けれど、重ね重ね僕が言いたいのは、


「あんた、なんでその商品売るの?」っていうことです。



とりあえず皆売るらしいから、売るとか、意味が分かりません。



結論を出せ、と言っているわけじゃなくて、

考えろよ、と言っているんです。



就職活動は確かに営業であり、プレゼンであると思うけれど、

そもそもなんで、君は、就職活動をするんですか?



どんな基準で、どんな軸で、「働く」ということと向き合うんですか?



なんで勉強するのか分からないまま勉強していたのと同じように、

なんで仕事するのか分からないまま、仕事するんですか?


それでカッコ良く働けますか?

そんな人生に満足できますか?



そういうことです。



しかし、就職活動って言う言葉と同じくらい「自己実現」っていう言葉も怪しいなぁ。




てか。


怒涛の年末ですよ。


ありとあらゆる忘年会を

まだ年忘れできません

と断って研究室です。


ぐおー

体調を崩したので昨日は1時ぐらいに家に帰ってきました。
が、これからまた学校に行って、そのままテニスコーチのバイトに行きます。
悪化しないように、全力で厚着しよう。。。。。

その前にブレストします。

なんか、「もどかしーなー」っていう人いたら、こう思うよ的なこと言ってくれるとうれしいです。


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昨日のを見て思ったのは、僕は自分の言いたかったことの4割も書けていないってことです。なんだかなー。

考える っていうことと それを文章に落とし込む っていうことは、また別の次元の話で、とても難しいですね。


とりあえず、もう全然わからんちんなので、もやもやしたものをもやもやしたまま書こうと思います。書いていく上で、何か分からないかな、という若干の希望も込めて。


えっと、

そもそもなぜ、僕が「サラリーマンを壊したい」のか、と言うと、

今の就職活動生の現状や、高校生などの「働くということに対する自分なりのポリシー」の欠落みたいなのは(もちろん、高い理想を掲げて頑張ろう!としている人は沢山いるけれど、それと同じくらい、「だりーよ」「内定がすべてじゃね?」「まあ、所詮仕事なんてさ」という人を沢山僕は見てきたのです。就職活動生も、ベネッセの仕事で接してきた、沢山の高校生も)、それって、サラリーマンに原因があるんじゃないの?と思っているからです。

同じような話は過去にも書いたので、ちょっと違う視点から書くと、

サラリーマン、というか全ての人は、「生きる」という点で、後に続く「後輩」に、きちんとした、というか筋の通った生き様を見せる「責任」があるんじゃないかと思っていて、じゃあ、みんながみんな良い「背中」を見せているのかといえば、そうじゃないんじゃないのか、と思っているわけです。

もちろん、メディアや、人の目に触れやすい部分がそういうところばかりだから、っていう要素は大きいとは思うのだけれど。きっと、メディアの見せ方が悪い「だけ」とか、露出度の高い部分がたまたまそうなっている「だけ」じゃない。


なんか経済活動や、ま、いろんなところで、「頑張っている」、その理由の大きなものとして、「自分たちにつづく後輩や子供のため」っていう視点を僕は持っているのです。「生き方」や「希望」を見せることで、それをバトンに、どんどんつないでいくべきだ、と。

負のバトンも、正のバトンも、確かにあって、それって確実にわたっていくから。


サークルの運営なんかを見ていて、それを痛感したから、というのが、ひょっとしたら僕の問題意識のスタート地点かもしれません。僕らは、確かに下の代にバトンを渡した、そして下の代も、またバトンを渡した、そうやってバトンを渡し続けていったのだけれど、確実に、何かが違ってきているな、と思うのです。例えば、入ってくる新入生の数が、今年の新歓で激減したのですが、激減したのは、「新入生」の質に問題があったとは、僕は思っていなくて、明らかに勧誘のやり方とか方向性、取り組み方に問題があったのだと思っています。そして、その取り組み方の問題は「幹部学年の質」が悪かったのではなくて、彼らが渡された「バトン」が悪かったころも、きっろ大きな理由だろうと思うわけです。じゃあ、彼らに直接バトンを渡した代が悪かったのか、というと、きっとそれも違うわけで、多分、一代だけでは、そんなに問題にならない、小さな、しかし確実な変化が積み重ねていったのかなぁ、と。多分、僕らのバトンの渡し方にも、問題があったんだろう、と今は思います。

どんな問題か、というのは、まあ、違う話なのでここでは触れないとして、とにかく僕が言いたいのは、組織や社会において「バトン」ってのは、本当に重要で、「負のバトン」を渡してしまうと、確実にそれは連鎖して、やがて何代か後には、致命的な大きさにまでそれが広がってしまう、ということです。(例えばサークルの話をすると、僕らの代では入ってくる新入生の数は圧倒的に一番だったのに、今の代(3つ下?)では、数としては半分、そしてそれまで二番だったほかのサークルにも負けてしまいました。もちろん「数」が全てではないけれど、とりあえず「数」をひとつの指標としてとらえた場合、それは大きな変化です。結果、予算が圧倒的に足りなくなり、運営に支障をきたしている。)


だから、「バトン」ということを考えると、「エゴなんじゃないか」という疑問が頭の片隅にある一方で、「もっともっともっと考える」ということを、みんなに要求したいわけです。

自分の「ミッション」はなんだ?
自分の「やりたいこと」はなんだ?
自分の「想い」はなんだ?
自分の「生き方」ってなんだ?

それを大事にして、そして「カッコ良く働いて欲しい」というか、正確に言うと、「下の代に、働くということに向き合う姿勢」っていうのを伝えていってほしい。というか伝える責任がある。

そう思うわけです。


が。


ここでまた問題なのは、さっきのサークルの話に戻すと、

・果たして、新入生が入ってくる数が減ったのは、悪いことなのか?

という点です。



サークルの話をすると横道にそれるので、問題を言い換えると、さっき僕が言ったようなこと、

>自分の「ミッション」はなんだ?
>自分の「やりたいこと」はなんだ?
>自分の「想い」はなんだ?
>自分の「生き方」ってなんだ?

働く上でこれを考え「ない」ことは、果たして「負のバトン」なのか?


ということです。


それを考え出すと、「正と負はそもそも存在するのか」とか、「おれにとっての正と、他者にとっての正は確実に違う」とか、「考えている段階がそもそも誤っているんじゃないのか」とか、「考えないと、『働くことに対する気持ち』を前向きにすることは出来ないのか」とか、「そもそも全員が考えることは可能か」とか、なんかもうわけがわからなくなる。


とりあえず、今思っているのは、


少なくとも、上のことに賛同してくれる人はカッコ良く(カッコ良いの定義もまた微妙ですが、ま、『自律的』がキーワードっていうのは、以前書いたので、とりあえず省略)働くだろうし、そんな人の姿をもっとクローズアップさせて、そんな働き方っていいよね、っていうメッセージを伝えていくこと、、、が、出来ることの一つの方法なのかな、と思っているわけです。

が、それは実は非常にありきたり。


もっとインパクトが、もっと説得力が、もっと必然性が、必要なんだろうなと思いつつ、上の段階で頭が混乱しているので、先に進めません。


「富士山」はある意味で、ひとつの「メディア」となりうるんじゃないのか(もっと大きくなって、もっと立ち位置が明確になれば)、というのが、うっすらぼんやりと僕が思っていることです。



が、とりあえず混乱しています。


働きながら考えます、とはHRの人に言ったけれど、なんかもうそれまで待てない。



と、そんな感じです。



とりあえず頭を切り替えるためにシャワーを浴びて、学校に行き、修士論文を書こうと思います。


何か気付きや意見、反論(?)があったら、教えてください。

最近僕が、修士論文をやりながらも考えてしまうことは、

僕がやろうとしていることは、

単なるエゴではないのかということです。


僕は、皆が、自分の人生に責任を持つような生き方をしたらいいのに、と思う。


特に、働くときに、その人がどんな決断をするのであれ、真剣に考えて、考え抜いて、自分と向き合って、考えつくして、進路を選び、そして歩んでいく。

みんながみんなの「ミッション」や「想い」を持ち、そして、みんながみんなをリスペクトして、そして、みんなで頑張れたらいいなと思う。

それが良い循環を生み出すような社会にしたい、と思う。


けれど。


実際は、違う。


リクルートの内定者が、じゃあ、本当に「自分のミッション」を意識して、「自分の生き方」を考え抜いて、リクルートにしたのかといえば、多分違う。

「どんな生き方をしたいの?」

「働く上で、絶対に提供したい価値って一体なに?」

「それは、本当に考えつくしたものなの?」(もちろん、考えることにゴールはないのだけれど)



多分、この問いにすらすらと答えられる人は、あまりいない。
僕だって、きっとつまります。

つまるけど、少なくとも、それはとても大事なことだと思うし、毎日毎日、考えていきたい。
もっと”深く”考えることが出来るようになりたい、と思っている。


でも、


「考えたけれど、良く分からない」


という人に、僕はなんと言えばいいのか、分からないのです。


「もっと考えたら?」としか言えない。


「甘いって見えるの?」
「ぬるいって思うの?」

という問いに対しては、答えられない。


そんなとき、何だかなーって思います。

おれってダメだなーって無性に悲しくなるわけです。



色んなひとのblogを見ていると、すごく深いところまで考え抜いて、そして見事に言語化している人がたくさんいて、すごいな、と思います。僕より全然すごい。


そんな人からみたら、多分、僕も「浅い」のかもしれない。



ただ、思考の深さっていうのは、多分、限度がないから、

そうなると、より「深い思考」をする人からみたら、それより「浅い」人っていうのは、みんな浅くなるのかな。


「深い思考」をする人は、「深いところまで物事を考えられる」けれど、じゃあ、そのレベルまで達しない人っていうのは、一体どうすればいいんでしょう。


というか、「自分はまだ考えたりない」と思える人は、きっといいのかな。


例えば、僕は、なんか考えることが止まらないわけです。

ふっと気をゆるめると、自分はどう生きるべきかとか、幸せとは何かとか、自分のやろうとしていることはエゴか、ということが、どんどん頭の中で始まってしまう。

きっと考えれば、もっともっと気付きが得られるし、なんかもっと考えることが出来るんだろうな、と。

「考える」っていう点においては、多分、僕も、甘いんだろうと思うわけです。

「考えている人」のblogを見ると、特にそう思う。


そういう意味で、僕は自分の至らなさが分かるから、なんか、考えなきゃ、と思う。いや、考えなきゃ、というよりは、なんか勝手に考える。


考えるけど、実際、そんな大したことはないので、なんかあっさーいところをループしてる気もする。


けど、ループしながらも、「想い」みたいなのは、確実に深まっていくから、まあ、そこはいいのかなと思うわけです。



問題なのは、「考えることを放棄している人」です。


これが実は意外と多い。


で、まあ、なんかもう文章がひっちゃかめっちゃかになってしまっているのだけれど、色々なところに拡散している僕の思考をまとめるのは諦めるとして、今、最も僕がわからんと思って考えているのは、

「考えることを放棄している人」に対して、「考えることを求める」っていうのは、実際どうなのか?っていうことです。


それはおこがましい行為じゃないのか。

上から下に見ている行為じゃないのか。

そもそも、お前自身が「考えぬけていない」くせに、偉そうなんじゃないのか。



そして、同時に、どうすれば「考えることを放棄している人」は再び「考える」んだろう、ということを考えると、ますますわけがわからなくなってくるのです。


多分、これは、自戒をこめてだけれど、「考えることを放棄した人」の一番の問題は、自分が「考えることを放棄したこと」に気付いていない、ということだと思うのです。あるいは、「もう十分考えた」と満足してしまっている。


考えることに限界はない、と僕は思うのだけれど、「おれはもう考えた」とか「考えているつもり」の人は、そうは思わない。


というか、僕自身、「考えているつもり」になっているんじゃないかっていうのが、すごく不安です。


でも、「考えたつもり」になって、考えることを止めている人がたくさんいるようで、そして、その人に対する言葉を持たない自分の無力さ、というか、浅さが、なんだかとてもはがゆいです。

そして、「みんながみんなお前ほど強いわけじゃない」という友人の言葉も気になります。
人はどう生きるべきか、というのは、なんかあまりに大きすぎる。


だから、イベントをやろうと思っているのだけれど、とても不安です。


富士山も、同じように、不安です。
配属面談だったので行って来た。
久しぶりのG8。

スーツで行くつもり満々が、他のやつに聞くと、全員私服。

なんだそりゃ。

まあ、そっちの方がめんどくないので(スーツは実家にある)、私服で行く。


人事と聞いていたので、人事の誰かかと思いきや、HRの人だった。イベントに人事の人来てもらえないかと思って、カジュアルに提案するつもりが、いきなり計画頓挫。


営業かMPかという話をする。


最初は営業がいいよ、と言われ、「そうですね」と答える。



希望とか優先順位とか何も聞かれなかったわけですわ。
「実家はこっちなんだよね?」って聞かれたくらい。


でも、自分がやりたいことを考えると、やっぱり最初はHRの営業っていうのが、一番良いと思う。(ミーハーだからR25とかやりてーって思うんだけど。)

やっぱり”現場”知らないと。

『就職活動』の現場はある程度分かったつもりなので、次は採用側を見てこよう。


でも、焦る。

早く色んなことを吸収して、社会にアウトプット出来るようになりたい。ていうか、インプットとアウトプットを同時並行にやりたい。(多分、キャパオーバーなんだろうけど)

リクナビと就職ジャーナルをいじれるようになりたいな。
R22をもう一度やりつつ、色んな仕掛けをしていきたい。
何か、新しいことを。

ずーっとHRでやってきた、ということだけあって、今までになかった視点ももらえた。「サラリーマンがカッコ悪い」っていうのは、「経営者のレベルのせいだという理由もある」ということ。働いている人のモチベーションをあげるのは、経営者の仕事だ、と。モチベーションが高ければ、その人は多分カッコ良いよね、と。サラリーマンも、だろうけど、経営者も時代の変化についていけていないんだろうな。

なんだかリンクみたいだ、と話を聞いていて思った。
小笹さんは人事の前にHRとかだったんかな??
そして、こりゃこうしなきゃいかん、と思われたのでしょうか。

他にもいくつか参考になったんだけれど、それはまた別の機会に。


とりあえず、社会に大きなうねりを作りたい。
そのための地力を付ける2,3年にしよう。

可能性は常に探っていよう。
いつチャンスが来ても、大丈夫なように。


「何か聞きたいことある?」

と聞かれたのだけれど、
なんだか頭がもやもやしすぎていたので、

「働きながら考えます」

と答えた。


その前に卒業・・・orz



てか、こんだけ書いて、「ゼクシー東海ね」とかだったら、まじ笑えねー。




まあ、ネタとしては最高に面白いけどさ。


そしたら歌って踊れる神父さん目指します!


いまんとこ、歌えないし、踊れないけど。
kazuがシドニーFCでのラストゲームを勝利で飾った。

トヨタカップの5位決定戦。
アルアハリに2対1で勝った。

カズが頑張ってたころっていうのは、おれらは鼻水たらしてたから、多分今の世代は、ひょっとしたらあまり彼のことを知らないのかもしれない。

15歳でブラジルに渡って武者修行。
セリエАに日本人で初めて行ったのも彼だった。
Jリーグ元年では、ど派手なスーツで登場して、それまでのスポーツ選手のイメージをガラッと変えたし、点を決めた後のパフォーマンスとか、色んなところでとりあえず目立っていた。あの頃は、サッカー=カズで、カズがサッカーの代名詞だった。

本当の意味でのパイオニアだと思う。

あれから、10年以上がたった。

カズって、もう年じゃん。
ワールドカップには、多分、もう出られない。
フランスの時だって、中山は呼ばれたけど、カズは呼ばれなかった。

あー、もうカズは終わりだなって思っていた人も、きっと少なくなかったと思う。

第一線で活躍できなくなって、リーグで優勝争いするようなチームではレギュラーがとれなくなって、残留争いをするチームに行き、そして、J2のクラブに行った。

なんで、引退しないんだろう。
同じ頃活躍していた選手は、もうほとんど引退してるのに。
優勝や、J1や、ワールドカップは、もうほとんど見えていないのに。

ジェフにいたリティに呼ばれて、シドニーに行った。
レンタル移籍で、わずか6試合のみ。

でも、迷わず、行った。

そして、今日。

FWとして、プロとして、ゴールはあげなかったけれど、
最高の試合をした。


試合後のカズのコメントがすごく心に刺さった。

『毎日が集中した、本当に充実した日々だったし、スタジアムで声援を送られて幸せでした。

これが自分の今後のサッカー人生に生きてくると信じてます。』


38歳、まだ挑戦者。




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中田の前にはカズがいて、イチロー、松井の前には、野茂がいる。


スポーツ選手って、スポーツできるからカッコ良いんじゃなくて、
いつまでも自分自身に挑戦できる、その姿勢がカッコ良いんだな。


それが、おれの好きなカッコ良さだ。


頑張ります。



てかやっぱりみきてぃーかわいい、と、ま、僕が言いたいのはそういうことですよ。