日本人の1日の平均睡眠時間ってどれくらいなんでしょう?

(ググる)↓

だいたい6時間だそうです。それでも世界レベルでは少ないっぽい。
でも1日6時間寝ると、一週間で42時間寝てるワケで。
7日のうち2日は寝てる事になる。
となると一ヶ月のうち、約一週間寝てる事になるんすよ。

お化け出るわ。

でも、寝ないとパフォーマンス落ちるじゃないですか。
それはもう困ります。

ボクは大体睡眠時間3~4時間なんですけど
それでも一ヶ月のうち5日位は寝てるわけで。


お化け出るわ。


でも「何もしなくて良くて、ずっと寝てていいよー」って言われたら。
永遠布団から出ないで居られる自信もある。かなりある。


特に言いたい事とかないんですよ。
眠いのに寝れない環境と現在奮闘しているだけで。


そういえば今年は餅をひとつも食べてない。
買ってあるのに。


お化け出るわ。
ワン。(午年です)


どうでもいいダジャレが思いついただけで
コレに似た映画だかドラマは1秒も観た事がございません。
しかも、年も明けた事なので、もう振り返らないんですけど。

今年も何か色々起こりそうな匂いがしています。
とりあえず今年もやろうと思ったコトをとりあえず「やる」って言ってみて
それからワタワタしたいと思っています。

やろうと思ってる事が全部できたらきっと最終回です。


では本年もどうにかよろしくおねがいします。
今年はblogもたくさんアップしよう。
今日は月に一度の《ほとんど発言する事はないけど、ものすごく緊張する会議》
にギリギリで辿り着いて、胃をヒリヒリさせながら
普段は逢う事も出来ない方々の意見に耳を傾ける。

打合せが延長となり、ボリュームのあるチキンカツを
頬張りながら更に大人達の意見に耳を傾ける。
胃はヒリヒリするが、毎回勉強になる有意義な打合せだ。

ちょっと長引いた打合せのあと急遽入った打合せに、細いビルの3階へ。
店に入るなり白い犬に身体中を舐められるという洗礼を浴びながらの打合せ。
一度しか会ってなくて、お互いの技量もなにもわからないのに
《ノリ》の波長のみで仕事を頼む方もほうだが、受ける側もスゴいという話。



突然の雷雨。



緩やかな坂道が川のようになっている。
しばらく待機。白い犬とは違って、黒い犬はずっと寝ている。


雨が少し穏やかになり、店主に雨宿りのお礼をして外に出る。
橋を渡りコインパーキングに向かうと小銭がない。
仕方なくその先のコンビニにお金をくずしに向かう。



小降りとは言えないが、本降りでもない雨に打たれながら
コンビニに向かう途中、タクシーから女性が飛び出て、イタリアンの2階にあるお店に駆け上る。
手で雨をよけながら走り抜ける彼女はもの凄い笑顔で、まるで雷雨でさえ楽しんでいるかのよう。
しばらくすると少し、いや、かなり大柄の男性がタクシーから出て来て彼女の後を追う。
少し呆れたような、でもやはり笑顔で彼女が鍵を開けて入って行ったお店に向かう。


僕は立ち止まり、雨に打たれながら2人の様子を眺め
2人が彼女のお店に入ったのを確認してまた歩き出した。


今日の突然のものすごい雷雨は、2人にとっても、もの凄い思い出になる雷雨だが
雷雨が降ったおかげで雨宿りをして時間を稼ぎ、小銭がなかった事で
幸せな2人を眺める事ができた、ステキなサプライズの日。




明日は2組の2人の大事な日になる。
僕は仕事。でもこの日記が書けた事で満足。
まぁ。なにか。ここ数年。
目の前で色々なコトが起こったり、通り過ぎたりしたからか。
もしくは想像以上の情報量がinputされたからなのか。


どうか。


そういった意味で。
自分と向き合う。というか。
自分を俯瞰してみる。というか。


なんというか。


「あ。それって一般的な傾向と対策ではないのか。」


という場面によく出くわす。
《人と違う》とかそういうコトを言いたいんじゃなくて。
約20年近く情報量が少ない状態で生きてきて。
それが丁度半分になったくらいの年齢で。
情報を天秤に掛けられているのかなぁ。とも思ったり。


思わなかったり。



何が言いたいのかと言うと。
最近よく。



「人として何かが欠けている」



と言われるので言い訳を考えている(笑)。
ちょうど一年前のこの時間は
まだ2人は愉快な宴に包まれていたに違いない。


何事もなかったかのように
たくさん笑ったし、怒ったし、少し泣いたし。
そういう気持ちをかき消すかの勢いで
仕事が舞い込んで来たのは、実は2人の計らいかも。
追い込まれた時は「君達を少し分けてもらってる」と踏ん張ったりもした。

2人が居た空間を少しでも残しておきたいと
思って引き継いだ場所も100日程度しか保てなかった。
でも、少しは残せたからイイかなとか。思ったり。

2人に出来るコトなんて何もなくて
残ったヤツらに何か出来ないかなんて烏滸がましくて。


なかなか変われないもんだなと。


2人の名前と写真とLINEのやりとりを
時折見返しては、そんなコトを思う1年だったかなと。




でも、たくさんの人に会って。
助けてもらって。ちょっとは役に立って。
その度になんか「ちゃんとやんなさい!」って言われてる気がするよ。

今日、新しいプロジェクトがスタートするよ。
成功したらオモシロいよ。面白がってくれるかなー?

そんな日が今日だなんて偶然じゃない気がする。
とか思うと、ちょっとステキと思う。

2人の企みかね。

「ときどき全てが無意味に思える それでも僕らは詩をつくる」
というはじまりの唄がある。

今年の8月3日に突如僕らの前から居なくなってしまった
2人のためのイベントが、昨日・一昨日と新横浜の地下で行われた。

総勢50組。

15時に始まり、なんとか23時過ぎに終ったイベント。
2人のために、唄って、呑んで、騒いだ。

みんな自分の穴を埋めようと必至になった約3ヶ月。
結局誰も埋められず、昨日を迎える。
でも結局埋まらなかったと思う。未だにポッカリしている。

ぼくは行くつもりはなかった。
というか行けないと思った。
まだ全然自分の中で解決していないので
半ばそこで強制的に解決したかのようになってしまうのが
イヤだったし、だいいちそんなに強くない。


加藤カオル(kaoru) というオトコが居る。


冒頭の詩を書いた人。
リエちゃんをベルズに入れた人。


世間から見れば《ダメな人》カテゴリに入ってしまうだろう
自称&総称《チンピラ詩人》は外に出るのもままならないメンタル状況下で
やってきた。みんなが困惑する。

たくさんの憧れを抱かしたオトコは
たくさんの迷惑も掛けたからだ。
得てしてその《時代》のバンドマンはそういうもので
かくいうぼくも憧れたし、救われたし、スゲー迷惑も掛けられた。


ジェネレーションズ という唄がある。


冒頭の詩だ。



その《時代》のベルズの住人にしてみれば珠玉の一曲。
2人にも良くも悪くも思い入れのある曲に違いない。


ピアノの伴奏はガタガタで歌詞もチョイチョイ間違える。
でも、全員が口を揃えて「ずるい」という。


どんなに私生活がダメでも全てを払拭してしまう詩をつくる《チンピラ詩人》。
長年連れ添ったヒサカタさんですらライブの後に
「やっぱカオルには叶わねぇな」と漏らす。



2人もそう思ったのだろうか。
泣きながらカオルさんに「ベルズで照明をやりたい」と言わなかったら
こーじ君には会えなかったリエちゃん。


「離れた街で暮らしても 合図をしたら集れよ」(ジェネレーションズ)



ラッパは誰が吹くのか。



やはり自分の中で解決してないので
全くとりとめのない文末になる。


本来はその後に山田晃士さんが《ひまわり》を唄うという
どうしようもないくらい「ずるい」コトがあったのだが
長い付き合いの末、カオルさんを持ち上げる事にした。

2人もしかたなく頷いてくれるだろうとは思う。


kaoru ジェネレーションズ PV
横浜ってやはりどこか偏っているらしい。
良い意味で。

横浜の人ではない人と話をすると
特に仕事の話だと

「横浜ってなんか不思議ですよね」

と、よく言われる。
「不思議」とは要は「変」なのだろう。

昨日もそんな話を肴に横浜の人と呑んでました。
僕らにしてみたらフツーのコトも
変に見える。

のが文化。なのかな。


話を拡げようと思いましたが、眠いので寝ます。
1回書かなくなるとナカナカ。
ハマジョのみんなには「書けー!」とか言ってるのに。

これじゃあいかん。
という事で日々の更新を目標に実行する次第。

でも、日々の居場所はfacebookで明らかだし。
それに伴いやってる事もほぼ公開しているし。


殊更書く事も無いんですよね。

あー。来月から新しい事業がひとつ増えそうです。
まだ書けない事を書いてみました。


最近は本当に廻りの方々に助けられています。
リエちゃんとこーじ君が亡くなって
改めて人と人との繋がりの大事さを思い知るわけです。



色々な人と会って、色々な事を話して。



オモシロいコトが出来たらステキなコトです。

8月3日。
僕のクソ程大事な仲間が、夫婦で事故に遭いこの世を去った。



新横浜のオフィスビル群の中にあるライブハウスを
小さい身体でオープンからひたすら護り続けた一人。リエちゃん。

それをひたすら大きな笑顔で包み込んであげるこーじ君。




誰もが耳を、眼を疑い、誰もがパニックになった。
「意味が分からない」のである。
虚無感と喪失感がもの凄い勢いでやってくる。
あらゆる人が、あらゆる手段を使って、あらゆる事を行う。
僕は電話と面談以外のカンタンに出来てしまう情報の共有を一時的に止めた。
誤解を恐れたし、喪に服す為に自身の情報も露出しなかった。

そんなコトで取り乱しそうになるくらいギリギリだったのかもしれない。
自我の確立。「動かなければならない」コトを念頭に1週間を過ごした。

今日(9日)で初七日となったので書き溜めている。



リエちゃんとは10年ちょっとの付き合いだろうか。
一時的に同じ照明会社に所属していたのだけど、お互いそれを知らないまま
僕はフェードアウト。リエちゃんは新横浜のライブハウス《ベルズ》に拠点を落とす。
それから数年後、僕の起業を境に僕がベルズに顔を出し始めてからのお付き合い。
同じ照明会社だったということもあり、いつしか仲良くなっていたように記憶している。
ベルズで起こる様々な事件を正面から受け止めて、いつもいつも悩んでいたと思う。
数年後、僕が一時的にベルズのブッカーとなってからは、少しは楽しい時間を
過ごしてもらえたのではないのかなと思ってはいる。

でも、そんなリエちゃんと指しで呑んだのは、去年の暮れか今年の頭だったか。
なんか二人でスゴい呑んで、リエちゃんは駅から歩いて帰れなくて
家に着いてずーっとトイレに籠っちゃったらしく、こーじ君に「呑ませ過ぎ!」と
メールで怒られた。

先月の中旬だったか。新横浜でばったりリエちゃんに会って
「8月になる前にこーじ君と3人で呑もうよ」なんて話をしていたのに
それももう難しい話だ。


こーじ君は、僕がベルズに入るようになってから、リエちゃんに紹介されたんだと思う。
よく呑み、よく笑い、良いギターを弾く。そんな人だった。
よく話したりするようになったのは、ブルースナイトが始まってからかも。
ほんわかしてるように見えて、まぁほんわかだけど筋は一本通っていて。
酔っては「リエがカワイイ」だ「オレが守る」だ言いながらベロベロだから
リエちゃんに担がれながら帰って行っていたのを思い出す。


相思相愛という言葉以上のバカップルに、いつも呆れて笑っていたが
それはもう感心を超えて感動・憧れる位のステキな夫婦だった。


リエちゃんには、僕の会社がある程度大きくなったら、事務をお願いしたいと思っていたし
こーじ君はweb系の事を仕事にしていたから「いつか一緒になんか出来たらオモシロいね」
なんて話していたけど、あっさり僕の人生設計はズレてしまう。




昨日(8日)に彼女達夫婦はようやく地元に帰ってくる事ができて
お別れ会が執り行われた。


なんと650名を超える人たちが、二人に会いにきた。


「どれだけみんなに愛されてるんだ」と。
バカップルの本領発揮である。


1階で献花を終えると、2階の振る舞いに通されるのだが、
(誤解を恐れず表現すれば)何も知らない人が、2階の様子を見たら
「なんの祝いの席だ?」と思うに違いない。
そのくらい盛り上がっていた。

よく食べ、よく呑み、よく笑い。

こーじ君のソレを体現するかのように
二人に引き合わせられた人達が二人の思い出を肴に酒を呑む。

恥ずかしいから自己表現を楽器や詩に持ち替えて表現する
音楽家達が揃いも揃って二人の思い出を口にする。


バカップルが今世で仕掛けたイベントは大成功だった。


最期の最期で「してやられた感」満載だった。
本当に愛すべきバカップルだ。



産まれてきた以上、いつかは死んでしまうし
それが思いがけない時に突然やってきてしまうコトもある。
それに目を背けて生きていたら一生懸命にはなれない。
というコトを改めて教わったような気がしています。


お別れ会と初七日を無事に迎え、一区切りついたので
ひとしきり、僕も泣いてみました。
二人の想いを少しずつ分けてもらって背中に乗せて生きていこうと思います。




お別れ会が終了して、ベルズスタッフみんなで食事に行った際。
15年間リエちゃんに迷惑を掛け続けた、ベルズの社長・小山が乾杯の際、言いました。




「リエとこーじ、先に呑むぞ!悔しかったら帰ってこい!」




だからリエちゃんは頑張れたんだと思います。



「ありがとう」とか言わない。
だってまだ全然悲しいからね。


$fujirooooooooog.

photo by mico65
新横浜に居座り続けて15年。
ひっそりと佇み続けどうしようもない音楽家達を排出し続けた
ライブハウス。その名を【BeLL's】。
名物社長の【トックリ on デニム】でお馴染みの
小山社長との付き合いは長い。

学校にも行かないのに高校に入学した僕が
バンドブームよろしく、気がついたらバンドマンになっている訳だが、
当時バイト仲間だったT君が横浜のライブハウスで働き始める。

オシャレスポットのひとつとして横浜では名のある【ビブレ】。
今から20年前に実はライブハウスがあった。
まだ、ビブレのB1Fが八百屋だった頃の話。

小山は(愛を籠めて呼び捨て)、そこのブッキンブマン。
もう20年前だから、当時は今の僕より若い。
その頃は「横浜でライブをやるならビブレ」っていう感じだったから
小山も(愛が籠ってる呼び捨て)当然イケイケだ。

ほどなくして、僕もT君の後に続いてバイトとして働き始める。
当時の日給は1,000円(交通費込)往復してご飯食べると赤字。
音楽を愛しているかどうかを見定められているバイトだったと今では美化している。
その時の小山は(愛も枯れ始める呼び捨て)、それはもう【恐い人】だった。

「あの人に逆らったら横浜でライブ出来なくなる」

そんなヒトだった。と思う。
高校生活のメインをそこで過ごしたが、
その時は小山とは(愛が。。。)あまり会話はない。
怖かったし、高校生の僕がおいそれと声を掛けられるようなヒトではなかったのだ。

その後、紆余曲折あって、今から15年前に小山が(情が芽生える呼び捨て)
BeLL'sを立ち上げる。と、同時に僕は同じく新横浜でデザイン事務所を立ち上げる。
小山の(情け情けの呼び捨て)事務所と僕の事務所の距離は100m。

それからはもう、今とあんまり変わらない。
衣装はデニムで口癖は「いいじゃん。いいじゃん。」。
アイスを与えておけば大人しい。
みんなが知ってる小山である(餌を与えないでください)。


そんな小山が(ダメゼッタイ!)、BeLL'sの15周年を記念して
2枚組のベストアルバムをつくると言ったのは今から半年前。去年の暮れ。


「デザインお願いするからさー。なんか考えて」


と、言われた瞬間から僕の中では今回のジャケに決まっていた。

《15年のミュージシャン達の積年の思いを今、小山にぶつけずにいつぶつけるのか》

しかし、小山は(介護に近い呼び捨て)、身長と比例してプライドがバリ高い。
そんな事をノリでポロッと言えばスグ却下だ。
慎重に慎重を重ねて、言うタイミングを探す。

結局「もうやらないとヤバい!」という締切ギリギリまで何もしない事にした。
(まぁ、毎回やらないだけなんですが)
その後、何回かの「それは嫌だ!」というの繰り返し、最終的にGOが出る。


で、今回のジャケットが出来上がる。


昔から小山という男を知っている人にしてみれば
「良くあの人がコレをやったな!」と思う1枚。
どちらかといえば、音楽関係者・ライブハウス関係者に見てもらいたい。


みんなにメンドクサガラレながらも、
このタイミングでこの写真を撮る決意をする、この小山という男を
実はみんな愛して止まないのではないのだろうか。

アンダーグラウンドに根を張り、小さな花を咲かせた30曲は
ジャンボシラガー“トックリ・デニム”こと《小山宏一》に芽を摘まれたのかどうかは
新横浜の地下にまつわる7大都市伝説のひとつ。


あとの6つは30周年に。


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$fujirooooooooog.

新横浜ベルズ15周年記念コンピレーションCD
「15×2~Double Feature~」


Red Shoes Records / Sea See Records RSR-1042
CD2枚組 全30曲収録 税込み定価¥1,500
Official Web http:// shinyokobells.jp

お買い求めはBeLL'sか収録バンドのライブ会場で。