8月3日。
僕のクソ程大事な仲間が、夫婦で事故に遭いこの世を去った。
新横浜のオフィスビル群の中にあるライブハウスを
小さい身体でオープンからひたすら護り続けた一人。リエちゃん。
それをひたすら大きな笑顔で包み込んであげるこーじ君。
誰もが耳を、眼を疑い、誰もがパニックになった。
「意味が分からない」のである。
虚無感と喪失感がもの凄い勢いでやってくる。
あらゆる人が、あらゆる手段を使って、あらゆる事を行う。
僕は電話と面談以外のカンタンに出来てしまう情報の共有を一時的に止めた。
誤解を恐れたし、喪に服す為に自身の情報も露出しなかった。
そんなコトで取り乱しそうになるくらいギリギリだったのかもしれない。
自我の確立。「動かなければならない」コトを念頭に1週間を過ごした。
今日(9日)で初七日となったので書き溜めている。
リエちゃんとは10年ちょっとの付き合いだろうか。
一時的に同じ照明会社に所属していたのだけど、お互いそれを知らないまま
僕はフェードアウト。リエちゃんは新横浜のライブハウス《ベルズ》に拠点を落とす。
それから数年後、僕の起業を境に僕がベルズに顔を出し始めてからのお付き合い。
同じ照明会社だったということもあり、いつしか仲良くなっていたように記憶している。
ベルズで起こる様々な事件を正面から受け止めて、いつもいつも悩んでいたと思う。
数年後、僕が一時的にベルズのブッカーとなってからは、少しは楽しい時間を
過ごしてもらえたのではないのかなと思ってはいる。
でも、そんなリエちゃんと指しで呑んだのは、去年の暮れか今年の頭だったか。
なんか二人でスゴい呑んで、リエちゃんは駅から歩いて帰れなくて
家に着いてずーっとトイレに籠っちゃったらしく、こーじ君に「呑ませ過ぎ!」と
メールで怒られた。
先月の中旬だったか。新横浜でばったりリエちゃんに会って
「8月になる前にこーじ君と3人で呑もうよ」なんて話をしていたのに
それももう難しい話だ。
こーじ君は、僕がベルズに入るようになってから、リエちゃんに紹介されたんだと思う。
よく呑み、よく笑い、良いギターを弾く。そんな人だった。
よく話したりするようになったのは、ブルースナイトが始まってからかも。
ほんわかしてるように見えて、まぁほんわかだけど筋は一本通っていて。
酔っては「リエがカワイイ」だ「オレが守る」だ言いながらベロベロだから
リエちゃんに担がれながら帰って行っていたのを思い出す。
相思相愛という言葉以上のバカップルに、いつも呆れて笑っていたが
それはもう感心を超えて感動・憧れる位のステキな夫婦だった。
リエちゃんには、僕の会社がある程度大きくなったら、事務をお願いしたいと思っていたし
こーじ君はweb系の事を仕事にしていたから「いつか一緒になんか出来たらオモシロいね」
なんて話していたけど、あっさり僕の人生設計はズレてしまう。
昨日(8日)に彼女達夫婦はようやく地元に帰ってくる事ができて
お別れ会が執り行われた。
なんと650名を超える人たちが、二人に会いにきた。
「どれだけみんなに愛されてるんだ」と。
バカップルの本領発揮である。
1階で献花を終えると、2階の振る舞いに通されるのだが、
(誤解を恐れず表現すれば)何も知らない人が、2階の様子を見たら
「なんの祝いの席だ?」と思うに違いない。
そのくらい盛り上がっていた。
よく食べ、よく呑み、よく笑い。
こーじ君のソレを体現するかのように
二人に引き合わせられた人達が二人の思い出を肴に酒を呑む。
恥ずかしいから自己表現を楽器や詩に持ち替えて表現する
音楽家達が揃いも揃って二人の思い出を口にする。
バカップルが今世で仕掛けたイベントは大成功だった。
最期の最期で「してやられた感」満載だった。
本当に愛すべきバカップルだ。
産まれてきた以上、いつかは死んでしまうし
それが思いがけない時に突然やってきてしまうコトもある。
それに目を背けて生きていたら一生懸命にはなれない。
というコトを改めて教わったような気がしています。
お別れ会と初七日を無事に迎え、一区切りついたので
ひとしきり、僕も泣いてみました。
二人の想いを少しずつ分けてもらって背中に乗せて生きていこうと思います。
お別れ会が終了して、ベルズスタッフみんなで食事に行った際。
15年間リエちゃんに迷惑を掛け続けた、ベルズの社長・小山が乾杯の際、言いました。
「リエとこーじ、先に呑むぞ!悔しかったら帰ってこい!」だからリエちゃんは頑張れたんだと思います。
「ありがとう」とか言わない。
だってまだ全然悲しいからね。

photo by mico65