90才の母が他界し、その母が介護していた97才の伯母が残った。

家族のいない伯母のこれからをどうするか、悩ましい問題である。

正直言えば、母が後だと思っていた。母は元気だったし、母の様子を見に子供が交代で訪れていて、そのついでに伯母の様子も見ていたから、このまま伯母を見送り、それから母ならば、なんとかなると高をくくっていた。

ここが逆転してしまうと、なかなか難しい。

自分の親ではないから、介護するといってもおいそれとはタッチできない。

介護は、金銭面の問題が大きい。親のことは家計を全て子供が管理していたから、どのくらいの介護ならできるとか、将来の設計とか全部できたけれど、伯母は自分の家計は自分で管理しているし、教えてはくれないから、一体どのくらいの介護計画ができるのか、全くわからない。

なんとなく予想した上で話してみるが、なかなか話が進まない。

一人で置いておく事に不安があるから、いい施設に入ってもらいたいことを伝えるが、施設見学をしても結構つまらないところで、気に入らなくて帰ってくる。伯母から見れば、施設など狭い個室に押し込められるように思うのかもしれないが、伯母の家は、1人で住むには広すぎるし、その広い家に荷物がぐじゃっと押し込められていて、歩くのも危ない状態。全部片付けて安全にするならいいか、老人はゴミが捨てられない。もう死ぬまで2度と見ないし、着ないし、存在も忘れてしまったようなものが家中に溢れているけど、どれ一つとして捨てられない。

母も同じで、伯母の家より大きい母の家に、隅々まで無駄なものが山ほど合って、母の死後それを片付けるのが本当に大変だった。家の片付けに遺品回収業者を何日も入れて、何十万もかかった。家の始末にこんなにお金がかかるのかと、愕然とした。

それと同じ事を伯母もやろうとしている(と言うか伯母の死後誰がそれをやるんだろうか。やっぱり私達だろうか)

 

私達から見れば、矛盾と理不尽の巣窟のような老人達の生活だが、だからといってこちらの勝手にもできず、どうしたいかと言えば、現状維持で暮らしたいらしい。

だが、自分の死に方を選べる人はいないし、死ぬまでにどんな介護を必要とする身体になるかも選べない。突然倒れて動けなくなる可能性もある。そういうときに慌てて施設を探しても思い通りの処はないし、家とか土地はすぐには売れないし、お金がなければ環境の悪い施設で我慢しないといけないし。

母で何度も経験し、だからこそ言っているのだが、伯母は全く聞いてくれない。

 

こういう老人の姿を見ていると、自分達の老後についてやっぱり考えてしまう。

自分達もこの年になると同じなのだろうか。

まあ、迷惑をかける家族もいないけれど。