7月2日(土)、3日(日)
宮城県石巻市
ピースボートの支援活動に参加してきた。

作業要員であるとともに伝道師役でもあるようである。気分的というか倫理的というかあまり写真はとれなかった。少し言葉と写真で表してみる。
間もなく4ヶ月。当時テレビで見ていた映像とは違い、道路のガラや泥はほぼ片付けられていた。片付けられたといっても、集積されてそのまんま。車の往来はできているが、道はボコボコ。

今回作業を行った新館は、海から1kmくらいのエリア。津波が押し寄せ1階住戸は天井まで浸水している。
自宅に住めない人は、避難所や仮設住宅に住んでいて、仕事や学校など日常の生活を営みながら休日になると自宅に戻り片付けを行っている状況。水道や電気は復旧してたりしてなかったりらしい。

自分が1階のアパートに住んでいたとして、津波がきて天井まで黒い水に飲み込まれたと想像してみる。
まず窓ガラスが割れて浸水。やがて水が引き、ベッド、テレビ、パソコン、アウトドアギアの収納、押入、キッチン、トイレなどいたるところ足の踏み場もないくらいヘドロまみれ。お気に入りの服も、高かったアークのバックパックも、撮りためた写真データも、親の形見も思い出もみんな。
冷蔵庫の食品は腐って虫がわき、雑誌や衣類は乾くことなくカビが繁殖。カビ、腐敗、ヘドロが異臭を放つ部屋。山のトイレのほうがまだましだ。そんな立ち入ることも戸惑う状況。そんな手付かずの状況が今になってもまだそこにあった。
そんな部屋の家財を全て運び出し、ヘドロをかき出した後の写真。


2日間の作業。長袖のTシャツ、防水の長ズボン、安全長靴、防塵マスク、ヘルメット姿。曇ってる時間が長かったけど、汗だくでTシャツが絞れるくらいだった。水分補給をかなりしっかりしないとヤバい。
本部兼宿泊所になっていた工場の建物。はんぱないハエの数。じっとしているとハエがまとわりつき、気になってなかなか寝付けない状況。何十人が隣合せで雑魚寝。環境がいいとは言えないが、水が潤沢に使えたのがせめてもの救いだった。

数多くのボランティアさんが参加してきたのだろうけど、まだまだ、やることは山積み。