今週末の茶事を間近に控えて、ほぼ頭のなかは4月の茶事でいっぱいなのだが、茶事の準備をしながら、5月の茶事のお客様について思う。 

まだ、決まっているのはおひとりなのです。


濃茶を練るのに、もっとお客様がおいでになれば、美味しく点てられるなあとも思う。

茶事ができるのも、お客様がおいでになるからこそ。もう少しご参席を募りたい。さて、どうなることやら。


さて、四月の茶事か終われば、ただちに五月の茶事、初風炉の準備となる。

炭溜めの炉の炭を、風炉の炭にチェンジする。このタイミングで炉の炭、風炉の炭の数を確認して、足りなくなりそうな炭を注文。


炉の灰をあげて、炉を塞ぐ。

しばらく前は、土用の丑の日を過ぎたあたりで、灰の手入れをしていたが、昨今の殺人的な猛暑で、とても無理な状態になってきたので、炉灰の手入れをゴールデンウィークのあたりでやることにしている。


炉灰の手入れは、なかなかの重労働なので、助っ人を募ってやっている。

今年も来て下さる方たちがいて、ありがたい。


炉を塞ぎ、初風炉を向かえるのは、茶室の設えも一新し、爽やかな気分になるものだが、うちではその準備は、通常の茶事より、道具の出し入れに加えて、炭のチェンジと炉灰の手入れが加わって、仕事が多い。

仕事の多さに身構える気持ちがあるので、私にとっては、初風炉は特別な感じがするのだ。


通常の茶事にくらべてと書いてみたが、ふと、茶事には通常ということがないなあ、とも思った。

日本の季節はうつろい、月々に趣を変えるのだから、その季節を写す茶事はそれぞれに違う。それぞれが特別なのだ。


亭主の都合で、初風炉は特別と思っているだけだが、他のそれぞれの月の茶事にも、それぞれに苦労も楽しみもある。お客様にとってどんな茶事でも、そのときの茶事が、心に残るいい茶事になるように励むのみとも思う。


お茶の仕事は、粛々と回数を重ねることによって、大変なことも気にならなくなっていくようにも思っている。