こんにちは。
函館と聞いて、南関東在住で前期高齢者の特に旅行好きでもない平凡な何のとりえもない男性が思い浮かべるのは、五稜郭、函館山、そして函館朝市です(^^ゞ
ということで函館朝市にも行ってみました(^^)/
現地に着いたのは朝8時ころでした。
クルマが停められなかったらどうしようと思いましたが、駐車場はたくさんあってすぐに停められました。
朝市のお店はたくさんあり、20分ほどどこに入ろうかうろついてみました。
生簀で泳ぐ活イカを釣ってその場で調理してくれるというお店などもありましたが、自分の趣味ではないのでパス。
結局入ったのは、ガイドブックにも載っていたこちらのお店でした。
きくよ食堂さんは昭和31年創業という老舗です。
店内はこんなふうに細長くて庶民的でしたが、かつて紀宮内親王(当時)もご降臨あそばされたとか!
朝市とはいえさすが老舗店ですね(^^)/
せっかく来たのだからと、三種類の具が載った海鮮巴丼を注文しました。
カニ、イクラ、ホタテの海鮮巴丼。
(具はほかにウニもあり、その中から三種類を選べます)
テーブルに届いた丼を見て、その丼の小ささに驚きました(@_@。
自分的にはこのサイズは丼とは呼びません。少し大きめのごはん茶碗です。サービスのみそ汁のお椀はかなり小さなサイズです。
まあ、特にお腹が空いているという訳でもなかったので量的にはこれで十分でしたが…。
味ですか?
普通にカニ、イクラ、ホタテの味でした。
代金は2,480円也…。(涙)
駐車場の割引券をもらえたのでクルマを置いたまま、すこし足を延ばしてみました。
函館に来たらぜひ行ってみようと思っていたのが、
若松町の「土方歳三最期の地」です。
ガイドブックの地図では函館駅からそう遠くではないと思ったものの、歩くとかなりの距離で汗だくになりました(^^ゞ
土方歳三は司馬遼太郎さんの「燃えよ剣」を読んで以来のファンです。
残された写真を見ると、どうも自分と顔が似ているような気がして、他人とは思えないという点もファンになった理由かもしれません(^^ゞ
今でもこうして花を供える方たちがいるんですね。
戦死した土方の遺骸は五稜郭に埋められたという説もありますが、その場所は今も特定されていないそうです。
そこでこの場所にお参りする方たちがいるんですね。
さて司馬遼太郎さんといえば、↓の本を読んで行ってみたいと思っていた場所があります。
それは江差町の開陽丸記念館です。
函館から江差までは国道227号を使っても70km以上離れていますが、北海道なら信号は少なくて渋滞もないだろうと見当をつけて行ってみました。
思ったとおり、1時間ちょっとで着きました(^^)/
オランダに残っていた設計図をもとに復元された幕末幕府海軍の旗艦ともいえる開陽丸です。
開陽丸諸元=
バーク型三本マスト、補助蒸気エンジン400馬力(スクリュー推進)
排水トン数=2590トン
最大長=72.8メートル
最大幅=13.04メートル
帆の面積=2097.8平方メートル
備砲=26門(うち18門は16センチクルップ砲)
乗員=350~500人
速力=10ノット
開陽丸は新政府軍との闘いでは海上戦の主役となるはずの軍艦でしたが、明治元年11月、江差沖で座礁し沈没してしまいました。
1990年、江指町によって復元され、今は資料館として内部を公開しています(入場料500円)。
当時としては最強といわれたドイツ製クルップ砲を搭載していました。
マネキンがリアルで怖かったです(^^ゞ
海底から引き揚げられたクルップ砲の砲弾。
いわゆる椎の実型で中に火薬が詰められており命中すると爆発するタイプです。
水夫や下士官はこうしてハンモックで寝たようです(^^ゞ
ほかにも海底から引き揚げられた遺物が多数展示されていて、見ごたえがありましたよ(^^)/
開陽丸の製造に立ち会うために2年間もオランダに留学していた榎本武揚は開陽丸沈没で戦意を失ってしまったんでしょうね。
記念館にはぷらっと江差という名称のお休み処があったので、ここでニシンそばをいただきました(写真撮り忘れました)。
見本の写真と違ってニシンの小ささに驚きましたが、お味は美味でした。
でもどうやらニシンはここで獲れたのではなさそうでした。
江差はかつてはニシン漁で栄え、「江差の五月は江戸にもない」といわれるほどの賑わいをみせたそうですが…。
帰りは七飯町の道の駅「なないろ・ななえ」に寄りました。
JAFの会員証を見せるとアイスクリームが30円だか50円割引になるというサービスをやっていて、配偶者はたいそう喜んでおりました(^^ゞ
アイスはとっても美味でした(^^)/
その3に続く。
最後まで読んでいただき、ありがとうございましたm(_ _)m















