皆さま新年明けましておめでとうございます🎍
今年も宜しくお願いいたしますおねがい


さて、文永12年の正月1日に日蓮大聖人様が門下の南条時光に宛てて送られた『春の祝御書(はるのいわいごしょ)』といわれるお手紙がございます。「祝」とあるから、おめでとう!!今年もよろしくね!!という内容のお手紙かと思えば、そうではございませんでキョロキョロ


『春のいわいは、すでに事ふり候いぬ。
さては、故なんじょうどのは、ひさしきことには候わざりしかども、よろず事にふれてなつかしき心ありしかば、おろかならずおもいしに、よわい盛んなりしにはかなかりしこと、わかれかなしかりしかば、わざとかまくらよりうちくだかり、御はかをば見候いぬ。
それよりのちは、するがのびんにはとおもいしに、このたびくだしには人にしのびてこれへきたりしかば、にしやまの入道殿にもしられ候わざりし上は、力およばずとおりて候いしが、心にかかりて候。
その心をとげんがために、この御房は正月の内につかわして、御はかにて自我偈一巻よませんとおもいて、まいらせ候。「御とのの御かたみもなし」なんどなげきて候えば、とのをとどめおかれけること、よろこび入って候。
故殿は、木のもと、くさむらのかげ、かよう人もなし、仏法をも聴聞せんず、いかにつれづれなるらん。おもいやり候えば、なんだもとどまらず。とのの法華経の行者うちぐして御はかにむかわせ給うには、いかにうれしかるらん、いかにうれしかるらん。』

まず、時光の亡くなったお父さん南条兵衛七郎との短い間の親交を述べられているんですね。

そして、駿河に行った際に2度目のお墓参りをしたいと思っていたが叶わなかったので、弟子を遣わして法華経の自我偈を兵衛七郎のお墓の前で読ませたいと。
また、兵衛七郎の形見がなんにも無いと悲しんでいたが、時光という立派な法華経の行者である息子を残してくれたことは日蓮の喜びである!!
その行者である時光が兵衛七郎のお墓に訪れること、亡きお父さんがどれほど嬉しがられることかと、時光を讃えて励まされているお手紙なんですね『春の祝御書』というのは。

因みに、遣わされた弟子は日興上人らしいのですが定かではございません🤔
ですが大聖人様から最高の励ましを送られた南条時光は、新年の決意を固め進んでいったことでしょうニコニコ

そういうお前は何か新年の決意をしたのかって??
酒を呑んで食べてばかりで何も決意できておりません滝汗
それじゃダメじゃん笑い泣き

それではまたキラキラ
皆さま佳き新年をお過ごしくださいませ〜
👋ニヤニヤ