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群れをはぐれ、羊の群れの中で育ったライオンは、自分も羊だと思うらしい。

 

人間の群れで育った僕は、自分も人間だと思っている。

 

が、そろそろ人間突き抜けて、大気圏ぶちぬいて往くところまで往くときな気がしてる。

 

こういうこと書いてたらまた地に足ついてない夢想家か社会不適合者だと思われるんじゃないかとか、しょうもない囁きが横から聴こえるけど、そんなもん人は人、僕は僕でしかなく、僕は僕がいいと思うものを体現し、僕が素晴らしいと思う空間に飛び立ちたい。

 

 (物理的には今日もコーチング、新作稽古、役作り、、、)

 

かつて僕は、すべての人間を愛していた。それはきっと、全ての人間がそうだったんじゃないか?少なくとも三歳くらいまでは。でも僕はそれを26歳のときにラオスに居た時に一度だけ(二週間だけ)取り戻した。街を往く人、飯屋で出会う人、挨拶を交わす人、バスの運転手、みんなみんな素敵で大好きで、特に子ども、特に子ども!子どもと遊んでるのがもんのすごく楽しくて、いつまでもいつまでも遊んでいた。

 

 

 

今日の新作舞台の稽古で、演出家のアニシモフさんが言った。

 

「究極的に意識を高めて、宇宙の声のような高尚な声を聴きとれるようになると、同時に世界の悲鳴のようなものも聴こえてしまうようになる。現代という今、人類はまさに悲鳴をあげている。現代人は、日中は皆時間と仕事に追われてそれを忘れているが、夜になって人々が寝静まる頃夜な夜な人々は声にならない声で叫び、私には意識の深いところからそれが鳴り響いてくる。」

 

なんか、少しだけ分かる気がする。

 

 

人は皆、他人がどうなろうが知ったこっちゃない。

海の向こうで人種の違う民族が飢えようが銃で撃たれようが、北朝鮮が核ミサイルを開発しようがそれがアメリカ軍産複合体の差し金だろうが、そんなことは知ったこっちゃない。つまり、関心がない。愛の反対は憎しみではなく無関心です、とマザーテレサは言ったけど、そうなんだろうなあ、と思う。

 

 

26歳のとき全人類に(再び)恋に落ちて、みんながみんな好きで好きでしょうがなくなったとき、同時に、毎日30000人の子どもが餓えとか争いとかで生きることを阻まれる状況にいるってことが、理屈抜きで悲しくて苦しくて、まるで戦争が終わって屍が積み上げられた荒野に一人三角座りしてるような気持ちになった。一日30000人ってことは、3秒に1人、そう思うと、3秒に1回、胸が痛んだ。本当にズキって胸が痛んだ。せめて30秒に1回だったら、生きることはこんなに苦しくないのに、って思った。

 

 

でもそんな感情にフタして、他人の悲しみを悲しめない生き物は、それは人間と呼べるのだろうか?それを生きると呼ぶことができるだろうか?

 

 

僕はもう大気圏突き抜けて、銀幕の雲海を見るしかないのではないか?

 

 

すべての声をこの身で受け止めて、それでも愛に生きる、愛なんていう触れない食べれない生活の足しにならない代物に、捨て身でこの身捧げるときじゃないだろうか?

 

 

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今日は4月の最後の平日で、コーチングのクライアントさんがコーチングフィーを入金してくれた。一般の人は月2万円、エグゼクティブ(社長さん)の方は月5万円、毎月お振込してくれる。入ったお金をそのまま熊本の家族に送る。お母さんは子ども達の写真を僕に送ってくれる。僕はそれをiphoneの待ち受けにする。4歳のタオと、もうすぐ2歳のマニ。彼らが同じ時間に同じ地表に生きてるというだけで、心に温かいものが流れ込む。僕にも生きる意味や働く意味が在るのだと思う。そしてそれを支えてくれるクライアントさんに心から感謝する。患者なしには医者が存在し得ないように、クライアント抜きにはコーチは存在し得ないのだ(観客なしに演劇も存在し得ない)。すべては(良い意味の)共依存、相関関係の縁起の中に存在している。僕は一人ではないのだ。

 

最近のコーチングセッションでは、当たり前のように奇跡が起きる。僕の目の前で、人生でこれまでこんなことはなかったとクライアントさんが口にする。長年のトラウマから解放され、人生の意味を言語化し、日々が充実していると僕に伝えてくれる。仕事がかつてなくうまくいき、家族関係が深まり、新たな挑戦に足を踏み出す。

 

すごいなあ、すごいなあ、人間ってすごいなあ、と僕は思う。「日本むかしばなし」のエンディングテーマの「いいな、いいな、人間っていいな」って曲が流れる。

 

幸せだ、と僕は想う。36年かかって、やるべきことをやれるようになった。

 

そう、紛れもなく僕は幸せなんである。どこかの誰かが不幸に喘いでいても、僕は胸を張って笑うんである。その権利や資格を僕は僕に与える。

 

 

ビジネスの世界では、皆が嘘をついて客(あえて客と言おう)と煙に巻いている。もちろん純粋に他者のために働いている人もいる。でもほとんどが嘘である。ほとんどがまやかし、大義名分を掲げた虚偽、欺瞞に満ちている。

 

みんな他者の注意を惹き付けようとする。ウェブ広告、コマーシャル、けばけばしい飲食店の看板、暑化粧をまとう女性、TVから流れる音楽、ぜんぶ、99.9%ぜんぶ。僕の書いているこれだって、そうじゃないとは言い切れない。

 

それでも僕は、無条件に自由に、10本の指でキーボードの上で踊りたい。よい良いリズムで指ダンスを踊りたい。enterキーは、なるべくいい音でポチ!と押したい。

 

 

「交差点があって、どっちへ行こうか迷ったら真っすぐ行くんだ」

 

 

と、タオの本当のお父さんが昔言っていた(と聞いた)。

 

 

僕も真っすぐに走りたい。光の射す方へ、太陽の昇る方角へ、もしくは頭上まっしぐら真上に、まっすぐに進みたい。脇目もふらず、心が望む方へ身体を押しやりたい。

 

そんなんでうまくいくわけはない、なんてわけはない、ってことを証明したい。それはいつか誰かの希望に、灯台になるのではないだろうか?

 

 

シェイクスピアやドストエフスキーや、村上春樹(騎士団長殺しは2回目読み終えてこれから3回目読む!)や、ゲバラや高杉晋作や、カズやイチローや田臥勇太や、かつて勇敢に高潔に生きた人達の遺した想念や夢が、足跡が、僕に方向性を指し示してくれている。僕はそのコンパスを頼りにあくまでも直進する。

 

 

その上で(そのために)、徹底的にスキルを磨くんだ。徹底的にオモシロイものを創り上げ、人を笑わせるんだ。嬉し泣きさせてやるんだ。そして大好きな友達と新橋の駅前でハイタッチするんだ(桜木と流川みたいに)。

 

 

僕の敬愛する吉田松陰先生は、「二十一回猛士」といって、その29年の短い生涯において21回の狂人的な挑戦をしたのだという。例えば鎖国時代、外国に渡ろうとすることが死罪とされる時代にそれを試みたり、将軍を暗殺しようとしたり。そして二十一回失敗した。彼は、物理的には事実として何一つ成し遂げてはいないのである。

 

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なのに、東京は世田谷区の住まいから歩いて15分の場所に、神社が建っている。松陰神社があり、彼はそこに祀られている。それは彼の生き様と死に様、彼の志が物質化したものなのだ。彼は確かに何かを遺したのだ。

 

僕は人生で三回居候させてもらったことがあるのだけど、3カ所とも松陰神社まで徒歩15分圏内で、それは偶然ではないと思っていて、それは必然にすべきことだと思っている。



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「やらなきゃならないことをやるだけさ、だからうまくいくんだよ」

(映画「アイデン&ティティ」)

 

 

言葉が多すぎるかな、

行動。行動しなきゃな。

行動とは?行動の意味と価値とは?

 

 

明日も新作舞台の稽古、そしてコーチング。

 

僕にはやるべき仕事がたくさんある。

 

ピッチ上げてこ!!!角度と確度上げてこ!!



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