先日、ある経営幹部の方がこんなことを言われていました。
「いや~、聞く耳をもたないのは困りますよ。
ああ言えばこう言うし、こう言えばああ言うし・・・」
このような思いになった経験がある方は結構いるのではないでしょうか。
でも、なぜこの方が言われた言葉を覚えているかというと
その思いに共感したというより、
その言葉の中に、久しぶりに耳にした言葉があったからです。
それは、
「聞く耳」
私の経験では、最近聞かれなくなった言葉のように感じられてなつかしくもありました。
昔、ガンコおやじが奥さんから
「うちの旦那は、まったく聞く耳を持たないんですから・・・」
なんてぼやいていたときに使われていた言葉として
映画の一場面のように記憶に残っています。
この「聞く耳」って言葉
耳は音を探知する器官
音声情報を探知するための器官
だから、耳をわざわざ「聞く耳」と言っているところが
考えてみると面白く、愛嬌をも感じてしまうのです。
他に
「見る目がない」って言葉もありますよね。
「しゃべる口がない」?? これはないかな・・・。
でも、「聞く耳」も「見る目」も
その機能がちゃんと働いているかを言っている言葉ではないということですよね。
「見る目」は本質を捉える目であり、
「聞く耳」は意図や思いを受け止める耳
ということではないでしょうか。
どちらも、その本来の機能とは別のところで
感じ取ることで磨かれていく機能だということ。
でも、そこに情が加わるとややこしくなったりします。
時に、感情が感じる機能を停止させてしまったりするんです。
人という相手がいる「聞く耳」においては特に要注意ですよね。
音声情報だけの機能では、満たされるコミュニケーションは生まれませんから・・・。