最近、何をやっても集中できない。
理由は分かっている。
自分がやりたくない、と思っていることをやっているからだ。
自分がやりたいと思っていることを、うまく人に伝えられないことに落ち込んでいるのではなくて、それを隠して周りに合わせて、気に入られようとして振る舞っていることに違和感を感じる。
誰もがカイロプラクティックというと、整体とかマッサージのようなものだと認識している。
知り合いに言われても、そうゆうもんだね、としか言えない自分が情けない。
そこで、いや、カイロってね・・・としっかりと伝えなければいけないのに、
変な目で見られたくないとか、そうゆうことばかり考えてしまうのだ。
僕は単純に本来の自然治癒力を取り戻すことだけに集中して、
背骨から健康を引き出せるためのお手伝いをしている、
そう思っていても、周りの人や患者さんはそうは思っていない。
痛いから少しでも早く楽になりたい、もっとしてほしいという欲求に
僕が応えてくれることを期待しているから、
どこか物足りなさを感じてしまうことだろう。
だけど、その必要性を訴えれば訴えるほど、
多くの人から理解を得られなくなり、場合によっては目の前から去ってしまうかもしれない。
それでも、自分にとって本当に価値あるものを提供したいとするなら、
それはある意味、必要な痛みなのかもしれない。
100人に訴えたら、もしかしたら1人はそれを感じてくれるかもしれない。
僕があきらめずに訴え続けたら、誰かが心から手を差し伸べてくれるかもしれない。
自分から何もしなければ、
そうゆう未来は絶対に生まれない。
だから、自分から訴えていかないといけないのだ。
人から嫌われれば、ある意味自分のやりたくないことはやらなくていいのだから、
いろいろな嘘やしがらみから自由になれる。
それは甘えでもなんでもないし、
そもそも他の人がどう思うかは関係ない。
自分が何をやりたいのか、それは自分の中で完結していいのだ。
自己満足でなにがいけないのだ。
自分のやりたいことが表現できるなんて、
こんなにいいことはないじゃないか。
そうじゃなきゃ、
人にその価値なんて絶対に伝えられない。
誠実に自分や他人と向き合う勇気がもてるかどうかだ。
