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faniko的小話

2014.6月現在、3歳♂、2歳♀の年子ママしてます-。
日々戦闘態勢で挑んでますが敗北の毎日です--。
彼らのエネルギーはんぱない。
奮闘中に時間見つけて書いてるブログです---。

タイトル、気取ってるわけではありませんが。
本心でそう思ったので。


私のおじいちゃん(父方)が夜中の2時に亡くなりました。


昨年1月に、
おじさん(父の弟)が急逝したのをきっかけに、
おじいちゃんが一人暮らしになってしまうことが決定的となったので、
お父さんや私の実家家族の全員が私の実家に一緒に住もう、
と決めました。


ですが、
実家は決して広くはなく、
おじいちゃんがゆったり住めるようなスペースがまずないし、
それにおじいちゃんも80年以上生きてきて自分の生活スタイルがあるに決まってるので、
それじゃあ、と全員納得して、
実家が持っていた土地の上に、
おじいちゃんが自分のおうちを新築することにしました。


それが昨年の7月の話。


おじいちゃんが越してきて丸一年。


今年5月から肺炎をこじらせ市立病院に入院し、
認知が始まってしまったこともあり転院することになったりしたので、
結局新築したおうちには1年も住まずに…。


7月の20日頃におじいちゃんのお見舞いに行ったのです。
その時もおじいちゃんは苦しそうではあったけど、
また来るねと手を振ったら振り返してくれたんです。


回診に来た先生に、
いつからご飯が食べられるのか?
と聞いてたりなんかして。


認知が始まってるのに、
私のことを分かってくれて、
子供たちがいて大変なのに悪いな、
なんて言ってくれたりして。


それからわずか10日。


おじさんの時もそうでしたが、
人の命ってなんなんだろう…
とふいに考え込んでしまいます。


つい昨日まで息をして話していたのに…
今日はもう冷たく硬くなって…
というのを目の当たりにすると本当に命ってなんなんだとあてもなく考えてしまうのです。


よくわからないのですが。


私は妹を4歳で交通事故でなくしてますが、
それこそ前日までシルバニアファミリーで一緒に遊んでたんですよね。


それからかもしれませんが。


とにかく今この瞬間が最後かもしれない、
と思ってひたすら不安になることが、
よくあるのです。


今いってらっしゃいって言ったのが最後だったら…
今けんか別れしたのが最後だったら…


例えば相手がたった今までしっかりしてたのに、
数分後には倒れてしまったりなんてしたら、
そのたった今っていう瞬間が、
相手の中でのその人について強く印象に残る部分=相手の人の中でのその人全てになってしまうんじゃないかって。


よくわからないですね。


寸前までべったり仲良くしてたらとってもいい印象でいてもらえるけど、
寸前までけんかしてたら、
その人にとったら悪い印象が主に残っちゃうのかななんて。


おじいちゃんにとってお見舞いに行って手を振った私が最後に見た私だった。
私はどんな表情だっただろう、とか。
おじいちゃんはどんな私を覚えてて思い出すのかなあ、とか。


でも死んじゃったらそんなの関係ないのかしら…


と考えて考えてこんがらがって疲れてやめてしまいます。


何が言いたいかわからないですが…。


いつそうなるか、
それは自分かもしれないし誰かかもしれないのだけど、
そのいつができるだけいい状態でいれるように、
ニコニコしていよう、
と思ったりしていつも考え込むのを終わりにするのです。