ありがたいねー。
生きて美味しいごはんが食べれる事って、こんなにありがたいのね。
毎日気にかけてくれること、おせっかいなくらい考えてくれること、こんなにありがたいのね。
毎日当たり前やったのに、こんなときに気がつくんやね。
ところで。
昨日の私と今日の私。
中身、そっくり入れ替わったでしょうか。
心も体も、ああ、量子学的には入れ替わってるかもしれないけど、そんな実感ないわね。
何も変わってないそのままの私は、それでも価値が変わったのでしょうか。
人から見たら変わったかもしれへんけど、それって私の中身じゃなくて、付属品が変わっただけ。
付属品に価値があって、本来の自分に価値はないのか、って考えると。
じゃあ、赤ちゃんには価値はないわね。
付属品で生きるって、しんどいなあって思ったの。肩書きとか持ち物とか、過去の栄光とか。
見栄とか自慢とかって、そんな価値だけを信じてるからでちゃう。
私は何も変わってない。
付属品で生きるか、そうじゃないかだけ。
自分がどう見られるか、に価値を感じるより。
自分が自分の価値を信じてたら、それでいいんじゃね?と思った。
だって、単純よー。
付属品なくした瞬間、人って変わるもん。
付属品付けた瞬間、寄ってきたみたいに。
私自身の価値じゃないものに、右往左往する人見てたら、しょーもなーって思うよね。
雪アナじゃないけどさ。
ありのーままのー姿みせるのよー♪
ありのーままのー自分になーるーのー🎶
って、付属品に頼らず、自分の価値を信じて自分が自分の味方であるコトよね。
私の価値は何も変わらない。
付属品が変わっても。
昨日と今日で、何も変わらない。