久しぶりの投稿になってしまった。
朝夕は寒いながらも、ときどき暖かい日もあって今年は2月なのに早々と春の気配すら感じてる。
就寝時には一応まだ暖房をかけているのだが、たまに暑いぐらいのときもあり、そんなときは息子は布団を蹴散らして大の字で寝ていたりする(笑)。
なかなか温度調節が難しい。

そんな2/20は我が家にとって忘れられない特別な「再会の日」だったりするのである。

それは息子が生まれる前の2019年の冬。
まだコロナショックも始まって無かった頃だ。

奥さんの妊娠が分かりとても嬉しい気持ちで迎えた2020年の正月。
ちょうど転職しようとしていた時期だったのもあり、新しい日々を夢見て新年を迎えたのだった。

しかし、そんな矢先に父が倒れ緊急搬送されたと連絡が入った。
新年会でたくさん酒を飲み、帰宅してから意識が無くなったと。

当時の俺は東京に住んでいたので慌てて地元に戻り搬送先の病院に駆け付けるも、父は意識不明で1週間の昏睡が続きそのまま1/19に亡くなった。

あまりに突然の事で何の整理もつかないまま、葬式を終わらせ諸々の手続きを済ませ父を見送った。
父は孫の誕生を心待ちにしながら、結局誕生を見ることも無く旅立ってしまったのだ。

そして翌月。
恐れていた事が起きた。
2/20に奥さんのお腹に宿った小さな命まで旅立ってしまったのだ。初期流産だった。

あまりに立て続けの出来事に思考は全く追いつかなかった。
これは何かしら悪い夢でも見てるんじゃないかとすら思えるぐらい現実とは思えなかった。

初期流産はよくある事だと病院では言われたが、機械で見せて貰った小さな小さな心拍が忘れられなくて涙が出た。
せっかく宿ってくれた命に何もしてあげられなかったもどかしさに苛まれながら、しかし身体に宿した奥さんの方がもっと辛いだろうと精一杯楽しくいようとした。
2人で傷心旅行にも行った。

その間、世の中は一気にコロナ禍に入ってしまった。
謎の中国製ウイルスが世界を一変させてしまったのだ。

コロナによる著名人の訃報が次々と報道され混乱の最中へ。
街はシャッター街へと姿を変え不要不急の外出禁止令が出る。

デマや誤情報も飛び交い、何の保証も無い日々の中でみんなが藻掻いていた。
もちろん転職もままならなくなり奥さんと相談した結果、我が家は地元に戻る事にした。
しかし一番厄介だったのはウイルスよりも何よりも、他人の目だった。
理由があってもどこかへ向かえば必ず後指を刺される。

このタイミングでの転居だったので、近しい友人にだけこっそり打ち明け夜逃げのように引越しした。

無事に引越しは終わり、ひとまず決まった仕事は残念ながらあまり良い職場環境ではなく。
すぐに退職し、せっかくなので資格試験を受けたりしてから次の職場を見付けそちらへ移った。

そしてようやく新生活の目処が立った頃。
希望の光が我が家に差し込んだ。

2021年の2/20。
奥さんの身体に再び命が宿った。

そう。
それは奇しくも小さな命が旅立って行った日のちょうど1年後。同じ日にちに妊娠が発覚したのだ。

今度こそ!もう俺たちの前から消えないでくれ!
そう願いながら大切に大切に日々育んだ命は、以前とは比べ物にならないぐらい力強い心拍を見せすくすくと育ってくれた。

今では近所から苦情が来るほど家で大暴れして遊んだり、時には熱中して塗り絵したり、1日1回は奥さんと親子で喧嘩してすっかり一丁前に文句まで言うようになりました(笑)
だけど元気に育ってくれてるだけで息子には感謝なのだ。

もしかしたらあの期間は、孫に会いたがっていた父が息子を1年間だけ連れて行ってしまってたのかもしれないし、息子は息子でコロナ禍を避けるために1年間どこかで待っていたのかもしれない。
その真相は誰にも分からないけど。
でも分からないままだから良いのかもしれない。

2/20。
それはかくして我が家の「再会の日」なのである。


これは船を眺める息子。