さっそく、、!!![]()
私自身留学を決めたのは19歳でした。19歳というのはバレエ留学をするには遅くない?って思う方もいると思います。
はい、もうちょっと早くてもよかったかな?とも今は思いますが、当時16歳の時、コンクールでいただいたスカラシップで
オーストラリアのバレエスクールの入学許可もいただいたこともあったのですが、私自身その時はバレエやめたい!スランプに陥っていまして、、笑 ちょっと本当のことを言えば、そのオーストラリアに二週間だけスカラシップ留学、いわばお試しに無料でバレエ学校のカリキュラムを受けれた貴重な経験をさせてもらったのですが、その時に最大の悲劇が起こりまして、、、、、14歳の時にイギリスのサマースクールに参加してたりはしてて海外が初めて!ってわけではなかったんです。なんですが、、、そのオーストラリアに行った時はメルボルンにスクールがありました。日本からだとシドニーで乗り換えて行く訳ですが、シドニーに降り立ち金属検査を再びさせられた時に、貴重品をトレーに乗せて自分で流すっていう作業あるじゃないですか?そこで私は現地で過ごす生活費、パスポート、キャリーケースの鍵、乗り換えの航空チケットを紛失しました!!!!!![]()
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もう当時16歳の私には悲劇過ぎて、後先真っ暗な状況。。救いだったのが現地の日本人の先生に引率してもらっていたので通訳してもらい、盗みとしか考えられないと思い、防犯カメラを見せてもらいました。すると、私の後ろの男の人が私の貴重品ケースの上に自分のパソコンを上に乗せて流していました、、、巧妙な手口すぎてもう帰ってくることはないなと本当にお先真っ暗状態、、メルボルンに向かう飛行機の中で永遠に大号泣していました(笑)![]()
なんか私、本当にびっくりすることが人生で起こりがちなんです、、(笑)
けどこの話にもオチがありまして、、当時は携帯だけあったので母に連絡した時にも大号泣、、本当にありがたかったことは日本人の先生がいてくださったことが何より心強かったです。学校にお金を借り、、パスポートも利用停止するために大使館に出向く必要があり、日本から両親にも来てもらい、今思えば散々な状況、、
そんな中でバレエ学校はハードスケジュールで電車通学していました。バレエスクールのスケジュールは7時からマラソン、筋トレをするなかなかのスパルタでした。。。体力と筋力アップにしても尋常じゃなかった。。滞在したのはホームステイだったのでそこは楽しく過ごすことが出来ました。コンクール経由の留学だと何かしら日本人の先生がサポートしてくださったりするのでそこは安心です。
貴重品エピソードが強すぎてバレエのことが書けない、、![]()
結局!!貴重品はというと、、、、、日本に帰国してから2か月後のある日連絡が来て、私の貴重品が見つかったのこと。!!(笑)
なんとその私のうしろにいた男の人、カップルでバカンスに来ていてパートナーの持ち物だと思い上から乗せたのこと、、っておーーーーーーーい!!!!!旅行から帰るパッキングをしていた時にお互いに、え?誰の?ってなったそう、、二か月後に、、(笑)
なので無傷でお金もそのまま帰ってきたのですがもうそのパスポートも使えることもない状態でちゃんちゃんって感じでした。
この経験から、海外でトラブルがあった時にはどう対処するのか、自分が何をすべきなのかを学びました。
なので、冷静になりまず現地でパスポートを失った場合、ネットで現地の日本大使館に連絡をしアポイントをとることが最優先。です![]()
その時の私の状況といえば、たくさんの人に頼りっぱなしでした。その甘さを現地のバレエ学校の先生に見抜かれたんでしょうね。
”あなたがプロになったとしても気にかけない”とまで言われてしましました。。その時、パスポートの状況が一番大事なのに
私はバレエ学校で授業を受けていました。先生からすれば、もっとすることがあるやろ!ってことだったんでしょう。![]()
人間として喝をいれられたと同時に、海外で生活するには自分がどうにかしないといけないという責任感もその時学びました。![]()
そんな事もあり、自分自身、私には留学はだめだ、、とバレエに対しても自己肯定感だだ下がりに入っていきました。
ちょっとこの話が長すぎたので、次回は留学を決意した時編に書きます。
悲劇だけではない、メルボルンでのおいしかったもの!!チュロス屋さん![]()
画像はっときますね![]()
読んでいただきありがとうございました
また♡
