1・17
阪神淡路大震災があった日ですね。
震災から満16年
私も震災と同じく16歳になりました。
私は両親を知りません。
お父さんもお母さんも顔は写真とかで見たけれど
たまにお母さんの性格とかはお婆ちゃんに聞いたけど
お父さんのことは一切知りません
私は震災で母親を亡くし、
父親は私が2歳の時に私の前からいなくなった、と聞いています
今は祖父母がお父さんとお母さんの代わりです。
でも、私は思うんです。
震災がなかったら私は今この場所に住んでなくて
小学校、中学校、高校の人たちや
私が今まで関わってくれた大切な人たちと
出会えていなかった。
私は今、どこで、何をしていたんだろう?と思うと
不安もわいてきますし、ちょっと怖いです。
そして、震災が残してくれたもの
ぬくもり、仲間や生きる希望などなど…。
あしなが育英会の関係者。
生き残ったんだったら、亡くなった人の分までちゃんと生きよう
と最近思います。
小学生までは20歳まで生きればいいとか思ってたけど
一生に一度の人生だから、できるならちゃんと生きたい!
年をとるにつれ考えってやっぱり変わるものですね
私はあしなが育英会と出会ったのが
人生で1番大きいといっても過言じゃないかもしれません。
私のように両親がいない人。父、母がいない人…
同じ傷をおった仲間がそこにはたくさんいました。
まだ、私は幼かったけど、今はあしなが育英会に少しでも恩返しをしようと
毎回あしなが学生募金には参加しています。
そこでもやっぱりぬくもり、というのが感じます
「がんばってね」と言ってくれる人、差し入れをしてくれる人…
私は募金をする度、「頑張ろう」と思えます
あれから16年
大分神戸の町も戻ってきてきました。
亡くなった人は戻ってこないけれど、
私は、亡くなった人の分まで1日1日を大切に生きてます
お母さんとお父さんが私をどんなに愛してくれたのかは知りません。
ただ、母子手帳の日記を見る限りは
大切にしてくれたんだなって思います。
震災遺児は私達、16歳で最後なので
一人でも多くの人に¨阪神淡路大震災¨を伝えられればいいな
そう思います。
最後に亡くなられた多くの方々にご冥福をお祈り致します。
阪神淡路大震災があった日ですね。
震災から満16年
私も震災と同じく16歳になりました。
私は両親を知りません。
お父さんもお母さんも顔は写真とかで見たけれど
たまにお母さんの性格とかはお婆ちゃんに聞いたけど
お父さんのことは一切知りません
私は震災で母親を亡くし、
父親は私が2歳の時に私の前からいなくなった、と聞いています
今は祖父母がお父さんとお母さんの代わりです。
でも、私は思うんです。
震災がなかったら私は今この場所に住んでなくて
小学校、中学校、高校の人たちや
私が今まで関わってくれた大切な人たちと
出会えていなかった。
私は今、どこで、何をしていたんだろう?と思うと
不安もわいてきますし、ちょっと怖いです。
そして、震災が残してくれたもの
ぬくもり、仲間や生きる希望などなど…。
あしなが育英会の関係者。
生き残ったんだったら、亡くなった人の分までちゃんと生きよう
と最近思います。
小学生までは20歳まで生きればいいとか思ってたけど
一生に一度の人生だから、できるならちゃんと生きたい!
年をとるにつれ考えってやっぱり変わるものですね
私はあしなが育英会と出会ったのが
人生で1番大きいといっても過言じゃないかもしれません。
私のように両親がいない人。父、母がいない人…
同じ傷をおった仲間がそこにはたくさんいました。
まだ、私は幼かったけど、今はあしなが育英会に少しでも恩返しをしようと
毎回あしなが学生募金には参加しています。
そこでもやっぱりぬくもり、というのが感じます
「がんばってね」と言ってくれる人、差し入れをしてくれる人…
私は募金をする度、「頑張ろう」と思えます
あれから16年
大分神戸の町も戻ってきてきました。
亡くなった人は戻ってこないけれど、
私は、亡くなった人の分まで1日1日を大切に生きてます
お母さんとお父さんが私をどんなに愛してくれたのかは知りません。
ただ、母子手帳の日記を見る限りは
大切にしてくれたんだなって思います。
震災遺児は私達、16歳で最後なので
一人でも多くの人に¨阪神淡路大震災¨を伝えられればいいな
そう思います。
最後に亡くなられた多くの方々にご冥福をお祈り致します。