![nuko](https://stat.ameba.jp/user_images/f0/7f/10022165463_s.jpg?caw=800)
悪いクセで、テーブルに、つきっぱなしのヒジが痛い。
その街に住んでいる彼女に会っていた。
その店の冷房は、ガタガタガタと音をたて、
それでもなんとか冷気を吐き出していた。
天井に掛かった安っぽいシャンデリアがその風で、チラチラ揺れていた。
「ここはどう?」と訊かれ、初めは彼女の質問の意味が判らなかったが、
この街の事だと思い、昨日来たばかりなのに、好きだと答えた。
僕らは、遠距離恋愛だった。
いつもは彼女が僕の街に、
もしくは全然違う街で待ち合わせしていたから、
僕がこの街を訪れるのは、初めてだった。
まだ、たった一日しかその街を歩いていなかったけれど、
好きだなぁと思ったのは本当だった。
そういうことって、ごく稀にある。
よく知りもしない場所や、人。
理由を説明しろ、といわれると、言葉に詰まるのだが、
何かがピッタリきた、と言うしかない。
一目ボレと言うのもなんだか照れ臭いが、不思議な感覚だと思う。
「なんちゅうかさ、何もない贅沢、何もしない満足って感じかな?」
「ふうん、でも、そぅいうのってナンかイイよね!」
もぅどれくらいこの店にいるのか?
話している時間より話していない時間の方が長かった。
彼女は店の外を眺めていた。
ワイシャツが汗だくのサラリーマン、
スカートからのぞく日焼けした脚の高校生、
マジックミラーのようなサングラス、
裾を引きずって歩くボロボロのジーンズ、
半ズボンで走り回る子供。
そして僕は、そんな彼女の横顔を見てる。
「ん?」
ニコニコと笑う顔を見ると、何故だか僕は目を伏せてしまう。
「あのね」
午後5時20分という、ものすごく中途半端な時間。
カフェの客は途絶えて、店員がヒマそうにしている。
彼女は突然、話し始める。
「あのね、あのね。」
顔は少し笑っているけど、たぶん真剣に話している。
「あのね。あれ、風船がなんとか、って歌、知ってる?」
「ん?え?なにそれ、知らない。」
「あのさ、二人の間に風船があってね、
それを割れない様にって、
それとあれ、飛んで行かないようにって、歌!」
僕は目の前の彼女との間に風船を思い描いた。
確か、聴いた事があるはずだ。
でももう、歌詞は思い出せないし、
音程は気の毒なほどふわふわしている。
確か少し難しいメロディーだったと思う。
夕方の街はまだ暑くて、埃っぽくて、やっぱり暑い。
街全体が濃いオレンジ色のような感じ。
彼女は氷の溶けたカフェラテをストローでぐるぐるぐるぐる
かき回し続けている。
その後も、僕らはどーでもいい話をボツボツ話した。
彼女が駅まで一緒に歩いてくれたが、
何故だか僕は、少し一人になりたくなって、
「明日、急な仕事があるから、また!」と言った。
こんな時、時々、ウソをついてしまうことがある。
「じゃあ!」と、彼女は小さな白い手をピラピラと振った。
帰りの汽車の中で、彼女と一生ここに居られればなぁ、と思うくらい、
その街が好きだと思った。
そして、あの風船の歌。
二人の間にあった風船は、
割れる事もなく、
飛んでいく事もなく、
ずっとそこにあったのだろぅかと考えた。
たぶん最後は、ハッピーエンドなんだろうな!
歌や、映画のラストはハッピーエンドが多いからな。
そのあとの物語が知りたいと思う時もあるけれど、
やっぱり知らない方がいいと思う。
たとえ何もなくても、
何もしなくても
現実はリアルに続いていくのだから。
それから暫くして、彼女の訃報を知った。
事故で、即死だった。
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