Fuchiの勝手気ままなつぶやき -100ページ目

Fuchiの勝手気ままなつぶやき

SS501 Kim Hyun Joongに只今夢中なアジュンマが
気分でひとりごとをつぶやいていこうかと・・・
そんな勝手気ままなブログです。

ASIA STAR 2015 投票 中国サイトの投票です


ここの韓国枠にリダもいます。


一昨日くらいから始まりました、


最初 リダは4ページ目にいたんだけど昨日は2ページ目に


そしてさっき 1ページ目に上がってきました!


1位2位はスヒョン君とミンホがいますけど・・・




投票はこちら↓


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30分ごとに出来るようです


ファイティン!

恋の矢毎週のように週明けから韓国記事にドキドキさせられながら


ちょっと覗いては胸をなでおろしたり、怒りに吠えてたり


なんだか休まることなく過ごしていた。


先週の収束宣言から・・・それでもまだ安心できずにいる


まあ終わってないので仕方ないんだけど


過剰なメディアプレイが無くなっただけでも少しはいいのかも?


ペンはもちろん一般人でさえ疲労感マックス状態にさせられたのだから


落ち着かないのは当たり前


毎回ここに書くたびに情緒不安定を物語る内容になってるけど


見守る・・・見守る・・・見守る・・・


何回書くんだろうね?(・・;)


そんな状態


でもリダの覚悟とご両親の覚悟を見守るしかできないし


この先まだまだ想像すらできないことがあるかもしれないし


事件として発展するかもしれない


そのくらい根が深い事件だと思う


私たち一般にはもしかすると最後まで知らされないかもしれないし・・・


表に出ずに終結してしまうかもしれない・・・


そんな風にも思える


その方がいいのかも?  いやいや・・ここまで騒ぎ立てたんだからキッチリみんなの分かるように解決してくれ!


ってな想いもあるけど?


ただ・・・考えてみたら・・・


ダブルのファンになり、キム・ヒョンジュンのファンになり、追いかけてる傍ら


あまり私生活、プライベートを探ることはしなかった


本人がそこはOpenではなかったから


一貫してそれは言わないというステイタスで来ているから


まあ、詳しい(なぜそんなに知ってるのかは分かりませんが?)チングがいろいろ教えてくれるので耳にはしてたことも多々ありますけど


それでも、スルーしてた


今回のように本人の意図に反してここまでまことしやかに出て来てしまうのはやっぱり辛いでしょう


だから、今回もそこのところはスルーすることにしよう!


一度 目にし、耳にしたことを、スルーできるのか?


疑問におもうかもしれないけど、努力する心でいたいと思います。


そうやって見守ることに専念しようと


GEMINIで語った彼の言葉一つ一つに重さを感じて、


「忘れてもいいけど、この瞬間だけは覚えておいて」


「僕が生きているのは」を撮らせてくれて忘れそうになったら思い出して!というメッセージ


みんな、彼がもがき苦しみながらも残してくれたサインだから


「この場所に立ってることが一番幸せ」と言っていたこと


芸能人を辞めることになったとしても今は守るべきことがある・・・と判断したキム・ヒョンジュンの勇気


全てを受け入れて、そのうえで戻るべき場所を維持出来るように


一番輝いてる場所に戻してあげなければ


僕の色」の場所に



*:..。o○☆゚・:,。*:..。o○☆ ユンジフの横顔が本当に美しくて・・・この横顔 너무 좋아恋の矢


김 현 중 기다릴게요.





この時期になると毎年報道やTVは戦争の話題でいっぱいになる。


今年は戦後70年という節目の年ということもあって特に話題が多い


私世代はもうすでに戦争を知らない世代で、戦争体験者は数少ない世代になっています。


語り継がれていくけどだんだん意識が薄くなりがちで・・・


実際聞いたり、動画もしくは映画など見聞きしても「悲惨」「痛み」「苦しみ」「辛さ」等など・・・


想像が出来ない。


資料などを見ても難しいことはわからないけど、なぜ、こんな勝ち目のない争いをしたんだろう?


あまりにも犠牲が大きすぎて・・・


唯唯思うことは、絶対に繰り返してはいけないこと




ここで、母に聞いた叔父の話しをひとつね


私の母は11人兄弟の下から2番目


11人のうち一人は子供のころに病死


そして長男が学徒出陣で戦争に行きました


叔父は頭が良くて大学に通っていたと聞いています。


その頃はそういった学生が召集されたようです


そうして戦地に行った叔父は陸、海、空、のうちの海で戦死しました。


戦死の通知が思いのほか早くて、祖母はこのことがきっかけで他の叔父たちを大学には行かせなかったと言っていました。


「戦争に連れて行かれるから・・・」と


終戦後、一人のちょっと障害をもつ方が訪ねて来たそうです


その方は叔父と一緒に船に乗っていた方で、叔父が船と一緒に沈んで亡くなったこと、自分は助かったけどしばらくの間は捕虜になっていたことを聞かされたと言っていました。


なので、お骨も何もない空の骨壷には戦死報告の紙だけが入っていると・・・


とても優しくて、その障害のある方を常に気にかけ庇ってくれたそうで、その方が疎開先を探して訪ねてくれたんだと言っていました。



こういったお話はきっと沢山あるんだろうと思います。


私は随分前に聞いてたんですが、この時期になると思い出します


この時代の麻痺してるとしか思えない感覚と


送り出さなければならない親の想いが


祖母の話しから遠巻きではあるけれど感じます



なんだか暗い話しになってしまったわσ(^_^;)


まあ、キム・ヒョンジュンに夢中になって色ボケしてるおばちゃんとしては


今こうしていられる幸せに感謝しなくてはと思うわけです。


リダのいるお国はまだ終わってないのですね


地雷の事件に恐怖を隠せなかったです


こんな無駄で無益な戦いが世界のいたる場所で起こってるということも忘れてはいけないですね