十九歳の夏、その日は月がまん丸でおせんべいのようだった。
私は気になる男性と電話をしながら外を歩いていたが、単純に月が綺麗だなあと思い、それといって考えることもなく「あぁ、つき」と言っていた。
「え?」と聞き返されたが、月の美しさにぽーっとなっていた私は「つき」とだけ返していた。
彼の「すき?」という言葉で我に返り「違う違う、月、月がね、綺麗だよ」と慌てて言った。月が綺麗だと言ったついでに告白しただなんて、後々笑い話になってしまうと思った私は、必死で月の話ばかりした。
二十一歳の冬、その日は月が絵本から飛び出してきたようだった。
私は陸上部の練習で、学校の周りを走っていた。誰かがトイレに行きたいと言い出したので「駅のトイレのアナウンスって、発音おかしいよね」と言ってみた。分かってくれる人が数人いて、多機能トイレが滝のおトイレに聞こえるという話題で盛り上がった。
少し息がきつくなり、会話が途切れた時、誰かが空を見上げ「ちょっと見てよ、今日の月すごい」と言った。金星と木星が目のようになり、月が口のようになっていた。疲れていることを忘れ「これはすごい、顔だよ、顔」とみんなで空を仰ぎながら走った。後から知ったことだが、スマイリームーンという名前がついていたらしい。
二十二歳の冬、その日は月がいつもより透き通っているようだった。
私はなんともいえない疲れを感じながら家へ向かっていた。上り坂にさしかかり、はぁと息をついた。坂を見上げると、ちょうど月がみえた。
ほぼ毎日みているはずなのに、何故かいつもより澄んでいて、綺麗にみえた。そうだ、今日はブルームーンの日だったなと思い出すと、体が少し軽くなったような気がした。
電話をしていようが、トイレの話をしていようが、疲れていようが、月は輝きを放ち、私たちの道を照らし続けてくれる。
月の力とは、不思議なものだ。